32話 居場所になれますか④
「ただいま……って何してるの?」
大学から帰ってきたマコトさんは、頭を重ねて器用にリビングを覗いているトーテムポールこと、俺と瑞希と久美ちゃんに恐る恐る尋ねてきた。どうやらマコトさんも午後の講義が休みで、早く帰ってこれたようだ。
「あれ……です」
指でリビングを指さしながら、マコトさんに伝える。
「あれ?」
器用にマコトさんもトーテムポールの隙間からリビングを覗き込む。
「絵梨と……絵梨のお父さん?」
「知ってたんですね?」
「えぇ、前に絵梨から話を聞いたことあったから。でも、どうして日本に……確か海外に住んでいるって話だったけど」
覗く人数が3人から4人に増えている間にも、リビングでは親子喧嘩? が続いていた。
「絶対に嫌。アメリカに行くなんて」
「そうやってお前は大きな声を出せばいいと思って」
「それは……」
「もうお前もいい年なんだ。駄々を捏ねていればいいわけではないことくらい理解できるだろう」
「うるさい。うるさい。もう帰って」
そう言って絵梨ちゃんがリビングを飛び出そうとすると
「ちょっと待って」
マコトさんが急いでリビングに飛び込んでいった。
「マコ姉……」
マコトさんの姿を見て、絵梨ちゃんも立ち止まる。
「貴方は?」
「私は絵梨と一緒にこの寮に住んでいる七海マコトといいます」
絵梨ちゃんのお父さんの問いかけに、マコトさんは応える。
「それはいつも絵梨がお世話になっています。それで七海さんでしたよね。親子のプライベートな会話を盗み聞きしてまでなんでしょうか?」
絵梨ちゃんのお父さんは澄ました顔でさりげなく、嫌味を言ってくる。
「勝手に話を聞いていたのはすいません。でも少し強引ではありませんか?」
「強引?」
「えぇもう少し絵梨の気持ちを考えてあげてもいいと思うのですが?」
「それならご心配なく、私は全てを考えて、絵梨をアメリカにつれていこうと考えています。貴方も人の親になったら分かる時がくるはずです」
父親も絵梨ちゃんに似て、というよりも絵梨ちゃんの元になっているほど、かなり頑固のようだ。
「マコ姉、こんな人に何を話しても無駄よ」
絵梨ちゃんはそう言って、リビングから出ていく。
「絵梨、ちょっと」
すぐさまマコトさんは、絵梨ちゃんを追って行き、リビングには父親が一人取り残されている状況に。
「あのー……絵梨ちゃんもあんな様子ですし……」
おそるおそる声をかけてみる。
「そうですね。また改めて来ます」
そう言うと、父親は立ち上がって一礼すると寮を出て行った。
次の日、絵梨ちゃんは今日も学校を休んだ。
「ごめんなさい。絵梨のことお願いしますね」
申し訳なさそうにマコトさんは言うと、モデルの仕事に出かけて行った。数か月前から決まっていた仕事で、どうしても休むわけにはいかなかったようだ。
リビングに戻って朝食の食器を片付けていると、絵梨ちゃんが部屋から起きてくる。昨日に比べて今日は早く起きてきたようだ。それにしても絵梨ちゃんの服はパジャマでもなく、制服でもなく、よそ行きの服に着替えられていた。どこかに出かけるということだろうか。
「おはよう。朝ごはん食べられる?」
俺の問いに、絵梨ちゃんは黙って首を振る。
「そっか」
「ねぇ……」
お盆に載せた食器を持ってキッチンに向かおうとした瞬間、背中に声を掛けられる。
「ちょっと付き合って……くれない?」
そういい終わると振り返ることなく絵梨ちゃんは玄関へと向かって行く……うん? 付き合ってくれって……言ったような……それって、そういうことだよな。自問自答すること数秒、着ていたエプロンを脱ぎ捨てると俺は急いで絵梨ちゃんを追いかけた。
寮を出た絵梨ちゃんは、行き先を教えてくれる素振りもなく坦々と歩いていく。
俺もその後ろを、ただ坦々と付いて歩いていた。もちろん俺たちの間に会話もない。後ろをついて歩いている姿は、一歩間違えればストーカーのようでもある。もし警察に職質されたとき、絵梨ちゃんは助けてくれるのだろうか。もしかして無視して置いていかれたり……ちょっと不安になってしまうのは俺だけではないだろう。
しばらくして駅が見えてくる。どうやら電車に乗るようだ。
行き先は、鈍行電車の切符にしては値段の高い、初めて聞いた遠くの駅。
電車に乗ると絵梨ちゃんは入り口付近の空いている席に座った。横を少し空けているのは俺に座っていいよという意味なのかもしれない。
「……よし」
怒られるの覚悟ですばやく横に座る。もちろん肩が触れないように絶妙な距離感でだ。
「……」
隣に座ってから10秒……20秒……電車が走り出しても、隣からは何もない。怒ってもいないし、嫌でもないようだ。チラッと隣に視線を向けると、絵梨ちゃんは、興味がないといった感じで黙ったまま座り続けていた。深く考えた自分が恥ずかしくなってしまう。
沈黙のまま、電車はどんどん田舎に向かって走り続けていく。
同じ車両に乗っていた乗客が全員いなくなっていく中で、目的の駅に到着すると、絵梨ちゃんはスッと立ち上がり、ホームに降りていく。
「さて……どこ行くんだろう」
未だに行き先の分からないまま、俺は絵梨ちゃんに続いて電車を降りた。とりあえずついていくことしかできないのだ。
降りた駅は小さな木造の駅で、外に出ると小さな商店が並んでいる風景が広がっていた。
商店沿いの道を歩いていくと、角に花屋が見えてくる。
迷うことなく絵梨ちゃんは、その小さな花屋に入って行った。目的の場所はここなのだろうか? でも花屋に行くなら別に電車に乗らなくてもいいはずである。余計に謎は深まるばかりだ。
「いらっしゃい」
並んだ花を眺めていると、店主であろうおばさんが奥から出てきた。
「あら、絵梨ちゃんじゃない。今回は早いのね」
「はい。時間が出来たので……」
「えっと、そちらは彼氏さん?」
俺を見ながらおばさんは言う。
「違います。ちょっとした知り合いです」
「あ、そうよね。ごめんなさい」
絵梨ちゃんの言い方におばさんも、これ以上追求してほしくない意思を感じとったようだ。
「そうだ、いつものでいいわね」
「はい。お願いします」
いつものという言葉におばさんは並んでいる花を抜き取って包みだす。さすがの慣れた手つきで、数分程でおばさんの手には綺麗に彩られた花束が出来上がっていた。真ん中には、季節はずれの小さなひまわりが一つ咲いた。
「おばさん。ありがとうございます」
「持つよ。これくらい」
お金を払っている絵梨ちゃんの代わりに花束を受け取る。
「そうだったわ。あとこれ、預かっていたもの」
お釣りと一緒に、おばさんは小さなピンクの手提げ袋を奥の棚から取り出して、絵梨ちゃんに渡した。
「いつもありがとうございます」
「いいのいいの。常連さんにはサービスよ」
花屋を後にして、太陽が照らす坂道を二人で登って行く。
坂道を登りきると、終着点のようにそこには趣のあるお寺があった。
ここまでくればさすがの俺にも絵梨ちゃんの目的が分かる。
お寺の境内を通り過ぎ、奥の墓地へ。たくさんのお墓が並んでいる中を、絵梨ちゃんは一目散に進んでいく。目指す先には葉月家の墓が佇んでいた。
「ここにお母さんが眠ってるの」
絵梨ちゃんはお墓の前に来ると、花束をそっと添える。
「お母さんはヒマワリが大好きだったから」
「そうだったんだ」
それで花屋で買った花束の中に一つ、ヒマワリの花が付け加えられていたのだ。
花屋のおばさんから受け取った袋の中から線香を取り出すと、同じように入っていた100円ライターで線香に火をつけていく。左手で風にかき消されないようにして。
「線香が入ってたんだ?」
「急に会いたくなる時もあるから……いつもおばさんに預かってもらってるの」
その言葉に知らなかった絵梨ちゃんの一面を垣間見えた気がした。
「今日は月命日だから……あの人はきっとそんなこと覚えてないだろうけど」
あの人というのは、間違いなく父親のことだろう。線香に火をつけ墓前に供えた彼女は、じっと黙って目を閉じたまま手を合わせる。今は亡き母親にきっと何かを伝えているのだろう。
背後から石を踏む足音が聞こえ振り向くと、そこには花束をもった絵梨ちゃんのお父さんの姿があった。手にもった花束の中には一本のヒマワリが咲いている。さすがは親子、いや当たり前か。月命日も好きな花もしっかり覚えていたのだ。
「……お父さん」
手を合わせたままだった絵梨ちゃんも気づいたようだ。
絵梨ちゃんのお父さんは持っていた花をお墓に供え、じっと数秒拝むと、何も言葉を交わさないまますぐさま元来た道を歩き出した。
「何も言わないのね」
ピタッと脚が止まる。
「話すことはないからな」
そう言うと父親は再び歩き出そうとする。
「持って帰ってよ」
絵梨ちゃんの悲痛な声に父親も思わず振り返る。
「こんなもの置かれたってお母さんは喜ばないわ」
父親をまっすぐ見据える。その手は少し震えているように見えた。
「いつも何も言わないで、自分勝手で、仕事仕事って……お母さんが死んだ時だって……」
絵梨ちゃんの目には涙が滲んでいく。
「話してあげたらいかがですか?」
家族だけの話。黙っていようと思ったけど、泣いている絵梨ちゃんの姿を見ていたら、言わずにはいられなかった。
「またキミか。部外者は口を挟まないでもらいたい。それに絵梨をアメリカに連れて行くことにした理由の一部はキミにもあるのだから」
「……それは」
グサッとくる言葉である。
「何よ勝手に……私だって……私にだってここから離れたくない理由だってあるのに」
「たいした理由ではないだろう」
「だからそれを勝手に決めないでって言ってるの」
お互いがお互いの言葉を聞こうとしない。だからなのか二人の間は平行線を辿るばかりである。これでは解決するものも解決するわけがない。どうしたら……気が付けば俺は瞬時に座り込むと父親に向かって頭を下げていた。安易な考えかもしれないけど……こんなことしかできないから。
「お願いします。俺が出て行きますから。彼女はどうか寮にいさせてあげてください」
俺が頭を下げたくらいで絵梨ちゃんが寮にいることができるなら、俺の頭など軽いものだ。
「やめてくれ。キミにいくら頭を下げられても私の考えは変わらない。絵梨はアメリカに連れて行く。それだけだ」
そう言うと振り向くことなく去っていった。
残されたのは涙の枯れた絵梨ちゃんと、座り込んだままの俺だけだった。




