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31話 居場所になれますか③


………………………………………………………………………………


「……ママ」

枕に顔を埋めたまま寝言のように絵梨は呟く。隙間から見える頬には涙の流れた跡が残っていた。


「夢……か」

 起き上がった絵梨は制服のまま眠っていたことに気づく。マコトと喧嘩した後、そのままベッドで泣いていたのだ。


「そっか。昨日、マコ姉と喧嘩……したんだ」

 昨日のことを思い出しながら、絵梨はベッドから起き上がると部屋を出る。

 寮の中は薄暗く、リビングにもどこにも人の気配はなかった。


「みんな学校か……」

 ふと見るとリビングのテーブルの上には、おにぎりがラップに包まれて置いてある。

 横にはメモが置かれており、マコトの字で『昨日はごめんね』と書かれていた。


「マコ姉……」

 ラップを外しておにぎりを一口。

「おいしい」

 昨日から何も食べていなかったせいでお腹だけは空いている。みるみるうちに絵梨は2つあったおにぎりをペロリと食べきっていた。ちょうど食べ終わったころ、玄関から扉の鍵を開ける音が聞こえてきた。


………………………………………………………………………………




「ただいま」

 スーパーで買い込んだ荷物を片手に玄関の扉を開けると、リビングに電気がついているのが見えた。


「お、おかえり……」

 少し罰が悪そうに出迎えてくれたのは絵梨ちゃんだった。テーブルの上にあった、おにぎりもなくなっているところを見ると、しっかり食べてくれたようである。うん、食欲があれば問題ないな。


「起きてたんだ。マコトさんが作ったおにぎりも食べてくれたんだね」

「……うん」

「そうだ、まだお腹空いてる? ちょっと早いけどお昼にしようか?」

「……うん」

「急いで作るね」

 リビング横の壁にかけているエプロンを急いで羽織ると、キッチンへ。スーパーで買い込んだ荷物を冷蔵庫に押し込みながら、お昼のメニューを考える。何がいいだろう? 絵梨ちゃんが好きな物……あんまりイメージがわかない。そういえばいつも美味しそうに食べている姿を見たことがないかもしれない。うーん……好き嫌いはないと思うけど……。


 冷蔵庫を覗きながら、あーでもないこーでもないとしばらく悩んでいると

「何しにきたのよ」

 玄関から絵梨ちゃんの声が聞こえてくる。それも怒鳴り声のように大きな声である。


「え……何?」

 冷蔵庫の扉を勢いよく閉めると、急いでキッチンを飛び出し、玄関に向かう。するとそこには、怒鳴り声の張本人絵梨ちゃんと、対峙するように向かい合うスーツ姿の男性の姿があった。


「ちょっとどうしたの?」

 慌てて二人の間に割って入ろうとするも

「貴方には関係ないわ」

 と、完全に頭に血が上った様子の絵梨ちゃんに一蹴されてしまう。心配して止めに来ただけなのになんで俺が……。


「どうして貴方がここにいるの?」

「少し用があってな。絵梨こそ学校はどうしたんだ? 今日は平日だが……」

 男性はそう言って腕時計を見る。

「学校が終わるには早くないか?」

「それは……」

 マコトさんと喧嘩してズル休みをしているとは言えるわけもなく、困ったように絵梨ちゃんは口を閉じる。


「あ、あの絵梨ちゃんは朝から風邪ぎみだったので、大事をとって学校を休んだんです。本当です」

 横から俺は必死に助け舟を出す。


「風邪か……それならしょうがない。それでキミは?」

「あの……俺、えーっと私はこの寮の管理人の柳瀬弘樹といいます。失礼ですけど貴方は?」

「私はこの子の父親です」

「うぇ?」

 思わず喉の奥から変な声が出てしまう。


「え? お父さん? え? 絵梨ちゃんの」

 男性の顔を見た後、絵梨ちゃんの顔を見比べる。確かにそう言われてみると、少し似ていないこともないような……そうでもないような。


「いまさら父親面しないで」

「いまさらも何も……私はだな。まぁいい。しかし驚いたな。この寮は男子禁制で、管理人も女性のはずだったが」

 そう言って絵梨ちゃんのお父さんの視線は俺に向けられる。まるで理由を説明しろと言われているかのように。


「あのー……実は前の管理人がケガをして。俺はその代理で……」

「いくら代理とはいえ男を管理人にして、女生徒達と一つ屋根の下で暮らさせるなど……もしものことがあったら理事長は何を考えいるんだ」

 その考えには賛成だけど……一つ屋根の下に暮らしている張本人としては何も言えない。


「やめてよ。そんなこと……勝手に」

「当事者のお前が、この管理人を庇うのか」

「それは……違うけど」

 二人の会話は悪い意味で弾んでいく。


「あの、ここでは近所迷惑になるので一応……リビングへどうぞ」

 今にも一触即発しそうな二人を一旦リビングへ誘導する。いつまでも玄関で言い争われても困るだけだ。


「紅茶です。どうぞごゆっくり」

 無言が支配する二人の空間。俺は来客用のちょっと値段のいい紅茶を置くと逃げるようにリビングから出て行く。あまりの重たい空気に一秒もいたくはなかった。


「たっだいまー」

「ただいま」

 タイミングがいいのか悪いのか、玄関から瑞希と久美ちゃんの声が聞こえてくる。こういう日に限って学校が早く終わる日なのだ。


「お帰り。二人とも一緒だったんだ」

 リビングを気にして、少し小さな声で二人を出迎える。


「ちょうどそこで久美と一緒になって。うん? 何してんだお前?」

「えーっと……ちょっとね」

 とりあえず視線で二人にリビングで何かあることを伝えてみる。


「リビング? 誰? あのおじさん?」

「知らないの?」

「見たこともない」

 当たり前かもしれないけど、どうやら瑞希は絵梨ちゃんの父親を知らないようだ。


「……絵梨姉のお父さん」

 驚いたことに久美ちゃんは知っていたようだ。


「久美ちゃん知ってたんだ」

「……うん」

「なんで知ってるんだ。久美」

「……前に絵梨姉の部屋で見かけた。3人で写ってる写真を」

「3人って。もう一人は?」

「女の人……たぶん絵梨姉のお母さん」

 久美ちゃんの話に、病室での祖母の言葉が蘇る『あの子は寂しいだけ……』


 リビングでは、絵梨ちゃんが沈黙を破って口を開いた。

「黙っていてもしょうがないから聞くけど、何しにきたの?」

「何しに来たか……。せっかく5年ぶりに会いにきた父親に、その態度はないんじゃないか?」

「いいから答えて」

 覗き見しているこちらにまではっきり聞こえてくるほど、絵梨ちゃんの語気は大きくなる。


「まぁいいさ、担当直入に言う。一緒にアメリカに行こう」

「え? 何言ってるの?」

「そのまま意味だ。私と一緒にアメリカに引っ越すんだ」

「な、なんでよ?」

「日本で学んでいてもいいことはないだろう。学力的にも人間性においても。それにどこの馬の骨ともしれない寮の管理人と一つ屋根の下で暮らしていることを含めてもだ」

「勝手にきめないで。ずっと……ずっと放っておいたくせに」


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