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20話 マネージャーになりました⑤



「美味い。これも美味いな」

 さすがは金持ち社長のパーティーなだけあって並んでいる料理はどれも高級食材をふんだんに使った物ばかり、こんな機会でもなければ食べられないようなものだ。ボディーガードだって少しくらいサボっても怒られないだろ。


「あ、そのお肉貰えますか?」

 テーブルの横の鉄板で焼かれるお肉を、専属のシェフからもらう。これも油がのっておいしそうだ。いただきまー……うん? アツアツのうちに食べようとすると、胸元のポケットが震える。

 誰かから電話だろうか? 片手でお皿を持ったまま、ポケットからスマホを取り出すと、画面に表示され名前は瑞希だった。


「もしもし。どうした?」

「ちょっと気になって。しっかりマコ姉のボディーガードやってるの?」

「やってるよ。今だってちゃんとマコトさん……を……あれ?」

 さっきまでスタッフさんと話していたはずなのに、いつの間にか会場からマコトさんの姿はなくなっていた。


「どうした? もしかして料理に夢中でマコ姉を見失ったとか」

「ギク……」

 まるで見ていたかのように、言い当てられてしまう。


「まさか本当に見失ったんじゃないだろうな」

「えーっと……はい」

「バカヤロー」

 鼓膜が破れてしまうかのような怒鳴り声が電話先から聞こえてくる。


「なにしてんだお前は」

「ごめんごめん」

「ごめんで済むか。早く探せ」

「りょ、了解しました」

 電話を切ると、急いでマコトさんを探すために会場内を走り回る。すると、入り口付近でオロオロしている佐藤さんの姿を見つけた。


「佐藤さん。どうしました?」

「や、柳瀬さん……七海さんがいないんです」

「やっぱり。俺も探してたんです。どこか心当たりはありませんか?」

「わ、わかりません。トイレに行っている間にいなくなっていたので……すいませんすいません」

 何度も謝る佐藤さんの目は真っ赤で、今にも泣きだしそうだ。まるで俺がいじめているかのようで、ちょっとやめてほしいけど。


 テンパる佐藤さんを慰めていると、近づいてくる人影があった。

「あのー……」

 そこにはホテルの従業員らしき男性が立っていた。


「七海様のお連れの方ですか?」

「はい。そうですけど」

「七海様でしたら、先ほどお連れの佐藤様からお呼び出しがあり、上のホテルの部屋に行かれましたよ」

 従業員の言葉に、視線を佐藤さんに戻す。


「え? そんなこと……し、してないです」

「ですが、佐藤様と名乗る男性から鍵を受け取り、七海様にお渡しさせて頂きました」

 佐藤さんが嘘をつく理由がない。となると……。


「クソ。ボディーガード失格だ。どこの部屋ですか?」

「1106号室です」

 部屋の番号を聞いた瞬間、俺はエレベーターに向かって駆け出した。




………………………………………………………………


「近寄らないでください。大きな声を出しますよ」

 壁際に追いやられたマコトは、しっかりとした声で言う。震える手を後ろ手に隠し、おびえていることが分からないようにするためである。


「大きな声を出しても誰も気づかんぞ。ここは防音もしっかりしている。グヘへ」

 欲望をむき出しにした社長は、出入口を背にしてジリジリと追い込むように擦り寄っていく。


 ビービービー。突然部屋の中に来客を知らせるベルの音が響く。


「……誰か来てますよ」

「そんなもの無視無視。今はマコト、お前だけに集中したいからな」

 唾液の音が聞こえてくるかのように舌舐めづりをすると、再びマコトとの距離を詰めていく。


「もう諦めて、私のものになりなさい。うん? どうした?」

 目の前で逃げ惑うマコトの視線が自分ではなく、自分を通りこしてその先を見ていることに、社長は違和感を感じる。


「なぜ後ろを見ているんだ? え……うわ、なんだなんだ」

 社長が振り返ると、玄関のほうから白い煙が漂ってきていた。

 ビービービー。それと同時に玄関のベルも鳴り始める。

「なんなんだ……火事か……トラブルか。お、俺はまだ死ねん。死にたくないんだ。逃げろ逃げろ」

 気が動転した様子の社長は、煙をものともせずにマコトを残して玄関へと逃げていった。


「助けてくれー……ぐわ」

 無様に逃げていく社長は、玄関を開けた瞬間にアヒルのような声とともに、気絶してしまった。


………………………………………………………………




「イテてて……頑丈なセクハラ社長だな」

 目の前では半裸姿の社長が大の字で転がっている。

 部屋の前でブザーを何度鳴らしても扉が開くことはなく。最終手段として、廊下に置いてある消火器を使って玄関の隙間から白い粉をまき散らしてやったのであった。

 おかげで思ったとおり、慌てたセクハラ社長は飛び出してきた。あまりに急だったので、思わず殴ってしまったのは不可抗力である。


「マコトさん。大丈夫ですか」

 見事に気絶しているセクハラ社長を飛び越えて、部屋の中に向かう。そこには窓際の壁に背をつけたマコトさんの姿があった。


「弘樹君」

 俺の姿に気づいたマコトさんは駆け寄ってくる。そしてそのまま俺の腕の中に。え? どういうこと? もしかして今マコトさんが俺に抱き着いている……。あまりのことに脳の処理が追い付かない。


「あ……あの……」

 よくわからないけど、腕の中のマコトさんをしっかり抱きしめてみる。その身体は小刻みに震えていて、強そうに見えてもマコトさんだって女の子であることを実感させられる。

 俺の不注意でこんな怖い目にあわせてしまった。そんな俺にできることは、震えがなくなるようにしっかりと抱きしめることだけ。


「あの……痛いです」

 あれ? 気持ちが昂りすぎて強く抱きしめてしまったようだ。


「あ、ごめん」

「いえ……あの……」

 目が合ってしまうと、二人して照れてしまう。


「七海さん……大丈夫?」

 白い煙が舞う中を佐藤さんが泣きながら現れる。


「大丈夫です。間一髪、弘樹君に助けてもらって」

「グス……よかった」

「でも……どうしよう?」

 マコトさんは現場を見渡す。改めてみると一面真っ白で粉まみれ、そこにセクハラ社長が半裸で気を失って転がっている。異常な光景だ。自業自得だけど、社長の顔には俺に殴られた跡がはっきりと残っていた。これはさすがに置いて逃げれないだろうな。


「お二人は早く行ってください」

「え?」

「お二人がいると、特にマコトさんは人気モデルですから面倒なことになります」

 写真か何か撮られて、SNSにでも挙げられた日には、言い訳もできないくらいのスキャンダルになってしまう。


「でも……それだと弘樹君は?」

「俺は……自分がやったことの責任は取らないといけませんから」

「そんな……それなら私も一緒に」

「駄目です」

「でも……」

「いいから行って下さい」

 必死に残ろうとするマコトさんの肩を押し返し、佐藤さんに託す。


「佐藤さん。マコトさんを頼みます」

「はい」

 力強く頷いた佐藤さんはマコトさんを連れて部屋を出て行く。


「さて……カッコつけたのはいいけど」

 残された弘樹の前には、酷い現状とセクハラ社長……そして耳には従業員が走ってくる足音が聞こえていた。

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