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1話 管理人始めました①


 駅が近づくと電車は少しずつスピードを緩める。膝の上で広げていた手紙を閉じると、俺は荷台の金網から茶色いボストンバックを下ろした。

 ちょうど目的の場所である駅に着いたようだ。


「久々だなーここに帰ってくるのは」


 ホームから改札を抜けると、思い切り背伸びをするように腕を伸ばす。前に住んでいたのは大学に入学する4年前のこと、それから授業やアルバイトの忙しさもあって、結局帰ってくることはなかったのだ。


 4年ぶりの懐かしい風景や建物に感動しながらも、俺は祖母の待つ病院を目指した。一応、祖母の送ってくれた手紙に同封された地図もあったけど、病院は駅から歩いてすぐの場所なので、昔の記憶を頼りに歩いて行くことにした。


「この辺も変わったなー」

 病院への道のりは道幅も広がり、コンビニや大型ドラッグストアなど、今まで見かけなかったお店が立ち並んでいた。


 自分の知っている街並みとの変化で違和感に襲われながらも歩いていると、変わった街並みの中で変わらない大きな総合病院が見えてきた。

 これで病院まで建て替えられていたら、べつの街に来たような錯覚に陥りそうであった。


 2階のナースステーションで病室の場所を聞くと、エレベーターに乗る。

 エレベーターの壁にはここ数年で立てられたらしい新館の館内図が貼られていて、それにまた驚かされてしまう。


「……ここか」

 祖母の病室は、脚の怪我をしただけにしては贅沢な個室であった。

 きっと祖母の性格からして、ぶつかった相手に入院費をがっぽり請求したのであろう。

 自分の祖母でありながら怖い人である。


「こんにちは」

 少し重たいドアをゆっくり開けて中に入る。中には女性の看護師さんと談笑する祖母の姿があった。

 来客が俺であることに気づいた祖母は、右手で軽く手を振ってくれた。


「来てくれたようだね。弘樹」

 ベッドに腰掛けた祖母は、花柄のパジャマに身を包んでいた。


「まぁね。ばあちゃんの頼みは断れないから」

「ふん、うれしいこと言ってくれるね」

 そう言って笑う祖母の笑顔は、4年前と変わらず若々しく見えた。


「静香さんの……お孫さんですか?」

 祖母から体温計を受け取ると、俺と祖母の様子を見守っていた看護師さんが祖母に尋ねた。


「そうなの。こっちは孫の弘樹。みなみちゃんに話した事なかったかしら?」

「お孫さんがいるなんて初めて聞きましたよ」

「あら、そうだったかしら。いやね、歳は取りたくないわ」

「何言ってるんですか十分お若いですよ。静香さんは」

 

 そう言うと看護師さんは俺の方を向いて

「初めまして。静香さんを担当しています、看護師の前田です」

 と、自己紹介をしてくれた。


「あ、こちらこそお世話になっています。孫の柳瀬弘樹といいます」

「ふふ、カッコイイお孫さんですね」

 笑いながら前田さんは祖母にそう言った。


「おや、みなみちゃん、気に入ったなら婿にどう?」

「ちょ、ばあちゃん……」

 祖母の思わぬ発言に戸惑う俺の顔が一気に熱くなる。きっと鏡で見たら真赤になっているだろう。

 そんな光景を前田さんは楽しそうに見守った後、体温計や血圧を測る機械を載せたカートを押して病室から出て行った。


「はぁ……元気そうでよかったよ」

 ベッドの横に置かれた丸椅子を引き寄せると、俺はボストンバックを椅子の横に置いて座る。手紙には足を骨折しただけとは書かれていたけど、実際に会うまでは正直心配だった。


「ありがと。足以外はこの通り元気そのものなんだけど……」

 そう言って掛布団を払いのけて白いギブスに覆われた右足を見せてくれた。


「さすがに片足で寮の仕事は出来なくて困っていたの」

「寮? そうだ、それを聞こうと思ってたんだ。手紙のことだけどさ……」

 寮と言う言葉で思い出した。鞄から手紙を取り出すと祖母に尋ねる。もともと4年ぶりにこの町に帰ってきた理由は、祖母のお見舞いもあったけど、この意味のよく分からない手紙のためでもある。


「読んでくれたの?」

「読んだよ。それでビックリして帰ってきたんだから」

「おや、ビックリとは事故のことかい?」

「それもあるけど……どっちかっていうとばあちゃんが寮の管理人をしていた方だよ」

 手紙の一文を指差しながら俺を言った。

 俺が生まれる前に死んだ祖父の残した遺産と年金で、悠々自適に暮らしていると思っていた祖母が、まさか寮の管理人をしているとは想像もしていなかった。


「当たり前でしょ。弘樹が大学に入学してから始めたんだから」

 悪びれた様子もなく祖母は言う。

「だいたい弘樹が悪いんでしょ。お盆もお正月も帰ってこないで、私を一人にしてるから」

「……それは」

 ぐうの音も出ないほど、痛いところをついてくる。

 確かに大学に通い始めてから、祖母とはメールや電話のやり取りしかしていなかった。だとしても……まさか大学に通っている間に60歳を超えた祖母が、新しく仕事をしているとは思わないだろう……普通。


「それで寮っていうのはなんなのさ?」

「あら、手紙で説明してなかったかしら?」

「一ミリも説明されてないよ」

「……そうだったかしら」

 そう言って祖母はわざとらしく惚けた表情をする。うー……さっきからからかわれているだけで、話が全く進む様子がない……。


「ばあちゃん。いい加減にしてくれよ」

「冗談よ。実は弘樹が大学に入学してから頼まれたのよ」

「頼まれたって誰からさ?」

 祖母にそんなことを頼んでくる知り合いがいただろうか。


「知り合いの理事長さんから」

「ふーん……理事長?」

 理事長という言葉に思わず聞き返してしまう。


「理事長って学校とかのだよね?」

「そうよ。聖蓮学園の理事長さんが会いに来たの」

「せ、聖蓮?」

 さっきの理事長という言葉にも驚かされたけど……聖蓮という聞きなじみのある言葉にはもっと驚かされてしまう。なぜって聖蓮学園と言えば全国にたくさんの分校を持つ巨大学園法人である。よくTVCMも流れているし、確かこの町にも分校があったはず。


「うちの使っていない土地があるでしょ。そこを寮として使わせてくれないかって言ってきたのよ」

「土地……か」

 そう言われると確かに祖母は祖父の残した土地をかなり所有していた。


「それでOKしたんだ」

「そうなるわね」

 随分簡単に決めたものだ……一言くらい相談してくれてもよさそうなのに。

 祖母の大胆な行動に少し拗ねていると、病室の扉が開いた。



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