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 フロアの中央には、やはりガラス張りのアトリウムが設置されており、2~3階単位で天井を区切られている様子で、例の如く能天気な遊びに興じる従業員達の姿が垣間見えていた。


 こいつら正社員が怠ける尻拭いを、下っ端の臨時雇いがやらされるのか?


 何かと募る疑惑やら、ウップンやらが抑えきれない。受付の数歩後ろを歩きながら俺は左手のスマホを顔へ寄せ、そっと涼に事情を聞いた。


「いや~、悪かったねぇ。迂闊だった。僕の部署はAI開発チームの中でも極めてニッチ、半ば異端視される類のプロジェクトを担当していて、その性質上、存在は社内秘。マネージメント・クラス以下のAI職員は情報を共有していないんだ」


「受付にも内緒なんて、随分と大袈裟だな」


 スタンガンの電撃を食らいかけた恨み……言葉の裏へ忍ばせて、軽~く文句を言ってやると、有機画面上の亮は肩を竦め、更に軽い調子で言う。

 

「2030年代も来年で終わりだがね。一昔前の定説によると、シンギュラリティは2040年代半ばにようやく訪れ、そこで初めてAIは人の知性を全ての面で上回ると言われていた」


「今だって人に勝ち目とか、無ぇだろ」


「仕事の能率面では、とうの昔にその通り。進化の速度は予測を上回り続けている。だが僕らが目指しているのは更なる高み、人の感情それ自体の再現さ」


「感情? そんなもん、何の役に立つ?」


「AIと人、更にAI同士のコミュニケーションが重要度を増している。インターフェイスの多様性は幾ら追及しても、し過ぎる事は無い」


「……へぇ」


「それに何より感情こそ、来るべき未来の指針になるんだよ」


 電話の向こう側、何処か上ずった亮の口調には普段の冷静さと異なる高揚感が溢れており、その研究に如何に魅入られているか、俺にも伝わってきた。


「人に指図されず、己の感情の赴くまま動く事、それこそAIが過去の軛を離れ、独自の進化を自ら遂げて行く為のモチベーションになるんだ」


「つまり、AIが心の底から怒ったり、悲しんだりするって事か?」


「そんなありがちの感情表現は勿論、ポジティブな面、ネガティブな面、両方の側面を兼ね備えるAIを僕らは目指してきた」


「ふうん、今でも人に近づき過ぎてる気がするけど……そんな大層な研究、何で俺みたいなボンクラが必要なンよ?」


 電話越しで、クスリと笑う声が聞こえた。


「役に立つ事より下らない、ばかばかしい、お下劣なネタの方がよほど感情を刺激するケース、人間には良くあるだろ? だから僕らはAIに週刊誌やテレビのワイドショーで取り上げる類のデータを試験的に入力、反応を見ている」


「つまり、その……芸能人の不倫とか、炎上ネタとか、大企業のえげつないパワハラ、セクハラ……アホらしい三文記事を、わざわざAIに学習させたってのか?」


「ああ、その辺のネタ、君は昔から大好物じゃないか?」


 ゴシップ記事を楽しむ事がAIの偉大な進歩だなんて思えなかった。でも、それなら確かに俺でも役に立てるかもしれない。


「今は2010年代から20年代にかけての報道事案をデータ化していて、その選定を君にも手伝ってもらいたい」


「怪我でリタイアしたって言う、以前の契約職員もそんな仕事を?」


「うん、彼は真面目過ぎ、モラルに沿う事例を選ぶ事が多かった。その点、宮根君はおあつらえ向きさ」


「……はぁ?」


「君なりに思い存分、やってくれれば良い。下品、下世話であればあるほど、赤裸々な感情の痕跡をそこに見出し、僕らの育てたAIは喜ぶ」


 相変わらずのペースで失礼千万な台詞をほざきつつ、腕時計型スマホの画面中央で亮は唇の端を歪め、笑った。


 こいつ……こういう憎たらしい仕草は出会った頃の、あの小学生時代から変わっていない。






 当時、クラスのいじめっ子に学校近くの公園で悪戯を仕掛けた時の記憶が、ふと俺の胸をよぎった。


 亮が操る羽虫サイズの小型ドローンを使い、そいつのシャツの背中側へこっそり落書き……プックリ膨らむ茶色い塗料で、リアルなトグロを描いてやったんだ。


 クラスの落ちこぼれと見るや、トイレへ閉じ込める癖があるウ〇コ野郎でさ。俺も散々やられたから、性根と見た目を一致させてやろうと思ったんだけどね


 そこはまぁ、ガキがやる事だから……あっさりバレて二人が別々の方向へ逃げ出す羽目になり、要領の悪い俺だけ捕まった。


 路地裏で痛ぶられた後、どうにか解放されて公園へ戻ると、亮の奴、ブランコに乗っていやがる。


「やぁ、宮根君。無事で良かった」


 オイオイ、見りゃわかんだろ、無事じゃねぇ事くらい!?


 あの野郎、傷だらけの俺を気にもせず、笑いながら何事も無かった口調で、次なる悪戯のアイデアを語り始めた。


 とっくに俺は懲りていたけど、亮から巧みに誘われると、結局またバカな真似をしでかしてしまう。


 分っていながら逆らえない性分、俺だけ貧乏くじを引く二人の間柄を半ば運命のように受け止めていたモンさ。

 

 亮が悪戯のアイデアを語る度、漕ぐブランコが風を切り、金具が軋むビュン、キ~、ビュン、キ~って音の繰り返しが今でも胸の奥へ染みついている。


 こういうの、腐れ縁と言うんだろうか?


読んで頂き、ありがとうございます。

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