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 オイオイ、何ゲにハードル高すぎじゃね~の!?


 雨上がりの月曜、午前9時20分に聳え立つ巨塔を正面から見上げた時、俺の胸に溢れた思いはそれ以外に無い。

 

 ここは港区・六本木。高層ビル街の中でも一際目立つ全高203メートル、58階に及ぶ真新しいオフィスビル。


 その全てがたった一つの巨大企業・ガッフルの所有物である。

 

 2010年代に急成長した複数のIT企業が2020年代に経営統合を果たし、人工知能に特化したビジネスモデルを確立。今や完全に世界を牛耳っている。


 その東京支社がここで、重役クラスの年間報酬は平均でも10億、それも円じゃない、ドルだ。


 格差、ここに極まれり。


 しがない貧乏人としては、恨み言の一つも吐きたくなる。

 

 でも、もしこんな所へ就職が叶えば……当年39才にして学歴無し、定職無し、貯金ゼロ。当然、妻子無し。こんな、お先真っ暗な人生さえ輝き始めるに違いない。


 コネがあるなら一発逆転、狙わない手は無いだろ?






 恐る恐る玄関前の物陰から中の様子を覗いてみる。

 

 受付けの女性は可憐なルックスで、来客へ愛嬌を振りまいているが、言うまでも無くAI制御のロボットだ。他のロビーを行き来する職員達もAI仕掛け。


 進化しすぎてパッと見、人と見分けがつかず、額に付けられた有機素材の発行体で判断するしかない。


 まぁ、見分ける必要も無いのだろう。行きかう奴らはことごとく額を鮮やかに輝かせており、それは今どきの大企業では珍しく無い光景だ。


 では、人間は何をやっているのか?


 つま先立ちで身を乗り出し、玄関ホールの奥へ目を凝らすと、特殊ガラスの壁で隔てられた巨大な円柱形の空間が中央にある。


 いわゆるアトリウムと言う奴だ。円柱の内部のみ上階との仕切りを取り払った大胆な吹き抜け構造で、森を模す常緑樹が多数植えられている。

 

 その内部に、ロボットの整然たる佇まいとは明らかに違うでたらめな動きの人影がチラホラ見え隠れした。


 あんな場所で、どんな仕事を?


 そう訝る間も無い。すぐに彼らが働く意思など持たず、単に遊んでいるらしい状況が見えてきた。


 良い大人がやたら真剣な面持ちで鬼ごっこへ興じ、他の場所では隠れんぼに勤しんでいて、まっ昼間から宴会中の奴らさえいる。


 そりゃまぁね、昔からIT企業って奴は従来の大企業と一線を画し、自由な企業風土って奴を殊更アピールする傾向があるけど、こいつは少々やり過ぎだわ。


 呆れる反面、あいつらは俺と違う人種、との感慨を改めて噛み締めた。

 

 AI抜きでやっていけない世界になってから、労働を機械へ丸投げして気楽に過ごす者、収入の糧をAIに奪われて極貧にあえぐ者へと人間は大別されている。

 

 俺は勿論、後者だ。

 

 オギャーと生まれた時点で高い格差の壁に囲まれ、逆らう痛みを思い知らされている世代なので、今更文句を言う気は無いが、あんな能天気な奴らに溶け込める気もしない。

 

 ど~せ、入社なんて夢のまた夢。そろそろ引き下がる頃合いかな?

 

 毎度お馴染み、俺の中のチキンが臆病風を吹かせ始め、そ~っともと来た道へ戻ろうとしたら、こちらをガン見する受付の眼差しに気づいた。


 そりゃそうだわな。最新ビルの完璧な防犯システムとやらが俺みたいな不審者を見逃す訳は無い。


 三名の警備員、いや、額の発行体を輝かせ、マッチョな外観の警備ロボットが駆けつけて来やがる。

 

「失礼ですが、マイナンバーカード等、あなたのソシアルⅠDが確認できるものを御提示頂けますか?」


 完璧な低姿勢で礼儀正しい口調ながら、有無を言わさぬプレッシャーを感じた。


 文字通りの慇懃無礼って奴だな。


 こういう人間的な嫌味を自ずと表現できる点もAIの画期的進歩なのだと友人から聞いた。

 

 正直、全然ありがたくない。

 

 ⅠDカードが見つからず、アタフタしている間、警備ロボットの頭部発光体は警戒を示す赤い点滅に代わった。

 

 腰のホルスターが自動的にロック解除され、銃らしき物の握りがせり出して来る。

 

 標準的な仕様の中距離型スタンガンだ。ワイヤーがついた針状の電極端子を発射する仕組みで、2000年代の初めからアメリカの警官が使い始めたテーザーガンと呼ばれるタイプの進化型。

 

 人を傷つける事が許されない建前のAIにとって、市内で携行が許された唯一の武装であり、殺傷能力は無い。

 

 でも、メッチャ痛いんだよな、アレ。

 

 低所得層の困窮が深刻化するにつれ、切羽詰まった連中のヤケクソめいた抗議デモが拡大している。対抗上、警察は鎮圧用のAIロボットを動員。「逆らう痛みは自己責任」との政府の方針と毎年の規制緩和により電撃の威力が上がり続けている。

 

 一度、好奇心でデモを覗いた時、俺、とばっちりで一発食らったんだが、激痛と共に全身が痺れ、ピクリとも動けなくなった。

 

 ピクピク震えながら、踏まれた蛙みたいに地べたへ張り付いて……畜生、あんなのは二度とゴメンだ。

 

 目の前につきつけられた銃口のプレッシャーでパニックに陥りつつ、マイナンバーカードをポシェットへ仕舞い込んでいたのを思い出して、撃たれる寸前やっとこさ取出し、警備ロボへ手渡した。

 

「宮根正和様……当社のいかなる取引先のデータバンクにも登録がございませんね。勿論、当社の社員でも無い」


 勿論、と言う所に、侮蔑のニュアンスを感じたのは、俺のヤッカミだろうか?


 反感を募らせている場合じゃない。取敢えずトンズラでキャンセルするつもりだった予定を、俺は口にした。


「あ~、俺、これから御社の面接試験を受ける事になってまして」


「面接? 本日、そんな予定があると、どの部署からも聞いておりませんが」


 警備ロボの問いかけを受け、受付ロボが答える。


 彼らはネットワークを通して会話ができるから声に出す必要は無く、敢えて俺に聞かせるよう対話して見せたのだろう。


「いや、あの……そんな筈、無いよ。ここの101階にオーグメント・リサーチ部ってのがあるだろ? そこに俺の友達がいて、そいつの紹介で今日……」


「101階に、そのような部署はございませんが」


「あ、勘違いしたかな? え~、確か、102階? 103?」


「失礼ですが、いずれの階にも、また過去に遡ってみたとしても、そのような部署はございません」


 受付ロボは落ち着いた声音で言い放った後、心持ち首を傾げ、上目遣いで青ざめた俺の顔を見つめた。 反応を伺う小賢しさが、眼差しの奥に垣間見える。


 畜生、楽しんでやがる、このAI!


 焦りに焦って後ずさる俺の胸元へ、再びテーザーガンの照準が向き、「動くな」と警備ロボットが告げた瞬間、俺のスマホ……今時珍しい、腕時計型のオンボロが着信音を奏で始めた。


 発信者の名前を一目見、俺は安堵の余り、その場で尻餅をつきそうになる。


「よぉ、宮根君。今、何処だ? そろそろコッチへ来てくれないと、面接の予定時間を過ぎてしまうぞ」


 間延びした呑気な声で電話越しに語り掛けてきたのは、市川亮と言う俺の小学校からの友人だ。


 ボンクラの俺と対照的な秀才で、国立大の理系を卒業。幾つかのIT企業を渡り歩き、この会社、ガッフルの研究開発部へ腰を落着けてからはプロジェクト・リーダーの重責を担っている。もう勤続7年目になる筈だ。

 

 そして、開発に伴う些事をこなす契約職員が負傷し、欠員ができたからガッフルの入社面接を受けてみないか、と俺へ持ち掛けてきたのもコイツである。

 

「オイ、亮、何とかしてくれ! 予定時間も何も、俺ぁ受付で疑われてさ」


「面接の件、ちゃんと言ったのか?」


「そりゃ勿論、言ってンぞ。でも、信じてもらえないんだ」


「う~ん、君、見た目が貧相で立ち振る舞いも粗野、粗暴だからなぁ、そりゃAIだって警戒するよね」


 実に失礼な事をほざきつつ、亮はすぐ受付へ手を回してくれた。


 警備ロボットが心持ち残念そうにテーザーガンをホルスターへ戻し、回れ右で詰所へ戻っていく。

 

 受付ロボも、スマホの画面に現れる亮の姿を見た途端、ものの見事に掌返し。


「どうぞ、こちらへ。只今、面接試験に関する正式な情報が届きましたので、会場へご案内いたします」


 今や愛嬌たっぷりの受付ロボが導くまま、エレベーターで101階へ行き、降りた後は長い廊下を進んでいく。


読んで頂き、ありがとうございます。


職探しの最中、自然に思いついた題材を物語にしてみました。

これまで書いた物語の中では、一番実現可能性が高いのでは?



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[良い点] うまい、って言うか、面白い!!! [気になる点] 無 [一言] これからの、展開が、想像出来ません。期待できますね。
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