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第一話 志を果たしていつの日にか帰らん(四)

 畑でひとしきり泣いた僕は、目を真っ赤にしながら家に戻った。

 母が長年守り続けてきた家はそれ自体がまるで喪に服するかのようにシンと静まり返っていた。

 仏壇にある母の柔らかな笑顔の遺影の前に座って家の中を見回した。

 お世辞にも大きいとは言えない家の中が、際限なく拡がる宇宙のように思えた。

 「母さん、母さん。母さん何処?」

 母さんが亡くなったことを未だ信じられない僕はあらゆる場所に母さんの姿を追い求めた。居間、台所、トイレ、風呂場、農機具庫、果ては家の外にまで。

 「母さん!母さん!母さん何処?」

 「拓ちゃん!」

 突然の声に我に返った僕は声のする方向に振り向きながら叫んだ。

 「母さん!」

 でも、叫び声の先に居たのは、隣の中村のおばさんだった。

 「拓ちゃん大丈夫?」

 「おばさん、母さんは?母さんがいないんだ。母さん何処に行ったんだろ?母さん探さなきゃ。」

 「拓ちゃん、キヨさんは亡くなったの。お通夜もお葬式も済ませたでしょ?」

 「いや!母さんは死んでなんかいない!だって昨日電話で話したもん!」

 「拓ちゃん。昨日はお葬式だったでしょ?火葬場にも行ったよね?」

 「でも……電話で……」

 必死に母との死別を否定するぼくを中村のおばさんは優しく宥めてくれた。

 「キヨさんが亡くなったのがショックなのは分かるわよ。私だってショックだし、信じられないもの。寂しくて仕方ないもの。でもね、キヨさんが亡くなったからと言って、キヨさんがこの世に居なかったことにはならないでしょ?一人の素晴らしい人間として、一人の素敵な女性として、拓ちゃんの母親として立派に生きてきたことに変わりないでしょ?」

 「………」

 「キヨさんはこの世には居なくなっちゃったけど、私たちの心の中にはずっと生き続けてるのよ。どれだけ時間が過ぎようと私はキヨさんのことを忘れない。拓ちゃんだって忘れないでしょ?」

 「………」

 「私はこれから毎日キヨさんを心で感じながら、心で会話しながら生きていこうと決めたのよ。だから、拓ちゃんにも心で感じながら、心で会話しながら生きていって欲しいの。」

 「………」

 「辛いだろうけれど前を向いて生きていかなきゃ。そうじゃないと亡くなったキヨさんに申し訳ないし、キヨさん心配してあの世でゆっくり休めないわよ!あれだけ頑張って生きてきたんだもの。少しはゆっくり休ませてあげなきゃ!」

 そう言うと中村のおばさんは僕の肩を優しく叩いて帰って行った。

 中村のおばさんに励まされた僕は、なかなか立ち直ることは出来なかったが、それでもなんとか初七日を済ませ、東京に戻った。東京に戻ると母が亡くなる前の生活が待っていた。朝起きて会社に行き、帰りにコンビニで弁当を買って家で食べる。そんな単調な日々が続いた。母の住んでいた家と畑をどうにかしなければならないのだが、未だ決めかねていた。そんな時のある夜、何気なくテレビから流れてきた歌に心を奪われた。

 


     志を果たして いつの日にか帰らん 

     山は青き故郷 水は清き故郷

  


 脳裏に母の顔、母が長年守り続けてきた家、母が丹精込めて耕していた畑、そして

 「拓郎、ちゃんとご飯食べてる?」という優しい母の声が浮かんだ。

 僕は母が住んでいた家に戻る決心をし、東京に別れを告げた。

 

 僕は今、母が残してくれた畑と生きている。

 心に母を感じながら生きている。

 母と共に生きている。

 

 完

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