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第六話 兄弟は利用される


もう彼らを牢に閉じ込める必要はなくなった。運命は勝手に軌道を修正するだろう。闇の魔女シュルパナカーは興味を失ったかの様に姿を見せなくなったのである。兄弟と夫婦は突然外へ釈放されてしまう。


けれどそれは監視され続けられることを意味していた。彼らが神の敷いたレールに戻ろうとする時、再び邪魔が入るだろう。どこに居ても魔女の目は兄弟の動向を何処からか観ていた。


その兄は陽の光を浴びて心がボロボロになっていることに気がついた。脚に纏わりつく白い犬が心配しているかのような表情で自分を見ている。弟がこんな状態では帰るにも帰れない。絶望が彼の心に影を差した。そっとしゃがみ込み、弟を抱きしめる。


そんな風に項垂れていると両肩に手が置かれる。それはバンサとカルシャだ。痩せこけた頬が引き攣ってうまく笑う事が出来ていない。けれどそれは自分を励まそうとしているのだと何となく理解できた。その気持ちだけは伝わる。そんなガリガリの熊男が言う。


「とりあえず飯だ。今後のことはその後話そう」


肩に置かれた手に優しい力が込められる。兄は返事をする気にはなれなかった。ただご飯はすぐにでも食べたいとは思った。だから首を縦に振る仕草だけはしたのである。


昼は食堂。夜は大衆酒場。一般庶民がこぞって通う地域密着型の食事処は「ゴストーズ」に決まりだった。バンサがその店に久々の姿を見せると店主はその変わり果てた彼の肉体を見て驚くようなリアクションをしたのだった。そして手に持って磨いていたグラスを床に落として割ってしまったのである。


その後、テーブルに料理を運ぶ店の奥さんは口を固く結び涙を浮かべながらカルシャの話を「うんうん」と頷きながら「わかる」とばかりに聞いていた。飯をさっと掻き込んだバンサは店主と共に店の奥に引っ込んだ。後からも彼の帰りを聞きつけた男達が同じように集まっている。兄は殺気立ったその目が自分に向けられているものではないと理解はしていたが睨まれたような気がして胸騒ぎを抑える事が出来なかった。


それに気付いた奥さんは「皆んな貴方の見方よ」と言って旧友カルシャが連れてきた見知らぬ裸猿の子供を落ち着かせようとした。そんな言葉は耳で聞いて心に響かない。犬となった弟リョウスケはご飯を食べた後ずっと兄の膝の上で寝息を立てている。その安らぎが唯一の心の救いだった。


兄は想像せずには居られなかった。自分達がこんな風に助けられながらも苦しい思いをしている。この世界の悪い奴らは思っていた以上の極悪人だ。そんな非道な人間に拐われた幼馴染のまぁちゃんはさぞかし酷い目に遭っているのだろうか。怖い。涙がポロポロと溢れてきた。テーブルに額を打ちつける。激しく泣く時はいつもこんな仕草をしてしまうのである。


店の奥はタバコの煙で満たされていた。それは男達の殺気を具現化させたかのように空間にピリピリとした雰囲気を充満させている。


その中でも一際目立つオーラを纏ったコヨーテの獣人はバンサに詳しい情報を求めていた。


「バンサ。奴らが俺たちを嗅ぎつけたわけじゃないって何故そう言い切れる。あのガキと犬はなんだ。本当の事を言え」


バンサは思った。自分は疑われていると。魔王の犬である憲兵に捕まった仲間は皆何かしらの容疑をかけられて殺されるか一生牢屋の中に閉じ込められる。それに対して生き残り、ここに戻って来た仲間の例は一つもない。その事実に疑問を持つのも無理はないだろう。大方、自分は裏切ってレジスタンスの情報を売った。更にスパイになったと、そう思われていると予想した。その疑いは晴らさなければ今後の活動に支障をきたす。バンサは正直にこれまでの一部始終を語る。


「…と言う訳だ。シュルパナカーは子供達に何故かすごく執着していた。2人が何処で何をしているのかもわかるのかもしれない。だからあの子らはこの国を救う鍵を握っているんじゃないかって俺は考えている」


けれどコヨーテの獣人は過激な思想を持っていた。それならばとすぐに物騒なことを思いつく。人は身を守るためだけに武器で武装する考えを持つ者ばかりではない。中にはそれをいつか試すため、力を誇示するために引き金を引く事ばかり考えている者も少なくない。この男はそう言う類の人だ。


「何甘いこと言ってんだ。お前まさか…裏切ったんじゃないだろうな?怪しすぎるぜ」


男は仲間に「おいお前ら」と合図を出した。すると初めから示し合わせていたかのように数人がバンサに向かって詰め寄る。バンサは「やめろ」と言うが聞く耳を持たない。何人かは「何をするつもりだ」と止めようとするがコヨーテの獣人が「お前らも同じ目にあいたいか?」と聞くと黙ってしまう。


そしてバンサは仲間だった者に拘束された。すると表の方も騒がしくなる。抵抗する声だ。しばらくするとカルシャと子供を捕らえた仲間が店の奥に入ってきた。白い子犬が助けようとその男の足に喰らいつく。けれど力及ばず蹴り飛ばされてしまう。コヨーテの獣人が指示を出した。


「そのガキを使ってクソどもの寝ぐらに乗り込む!奴らに捕まった仲間を助けるぞ!」


作戦に賛同した者に発破をかけて扇動した。野郎共は(いき)り立ちぞろぞろと店を出て行く。最後に男はバンサに言った。


「これが上手くいったらお前を信じてやるぜ」


それを捨て台詞に兄弟は彼らの無謀な作戦に巻き込まれるのであった。

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