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第五話 兄弟は変えたれた


強い運命を持つ者を殺める事は出来ない。触らぬ神に祟りなしとはそれを上手く表現した言葉だ。人は定められた未来をなぞらえることで生かされている。そう言っても過言ではないのだ。故にそれを見通せる力を授かったシュルパナカーは一線を越える事は無いだろう。しかしリスクを冒してでも兄の評価を得なければならない。だから自分に降り掛かる災いを最小限に抑える努力をするまでだ。


憲兵に連行され留置所に連れてこられた兄弟と夫婦。それが牢に入れられる様子を魔女は水晶を使って間接的に確認していた。人数は全員で4人。裸猿の男の子が2人にその大人の女が1人。そして熊男が1人。予言に猿は居たが熊はいない。コイツは殺しても問題ないだろう。しかし水晶で見る未来は完全ではない。思い出したかのように後から別の因子を割り込ませるケースは良くあるのだ。全く神は気まぐれである。どんな時も気は休まらない。


服装見ると大人はこの街の住人であることが直ぐにわかる。着ている服がこの地域の産業である特徴的な綿織物であるからだ。けれどその子供はどうだ。見慣れないという感想では片付かないほどハッキリとした異文明の様相(ようそう)だ。


発色の良い染料にかっちりとした肌触りの布。薄さのわりに丈夫である事が一目でわかった。けれどその答えを魔女は知っている。それは魔王ラヴァクシャが人身売買店で買ってくる裸猿の服によく似ていた。子供たちの着ているそれは異文明どころか異界の産物だった。恐らく人攫いが使う犯行ルートからこの世界に侵入したと推測出来る。厄介なことをしてくれた。


そうやって思慮を巡らせていると良い事を思いついた。殺さないまでも違うものに変えてしまえば運命を遅らせる事は出来るかも知れない。それには良い方法がある。時間は少しかかるが自ら手を下さずとも彼らが勝手に罠に嵌ってくれるだろう。神の怒りに触れないギリギリのラインである。


それから数日間、執拗な取り調べが続いた。食事を与えられず水だけは飲めた。夫婦はその仕打ちに苦しみながらも耐えていた。けれど流石に子供たちはもう限界に近い。


そんな時を見計らってようやく食事が出てきた。それは一杯のスープ。異様で独特な匂いを放ち色も良くない。泥のような液体だ。普段なら絶対に口にする事はないだろう。配給口にヨロヨロと近づいた弟リョウスケはそれを見て愕然とした。こんなもの食べれるわけがないのだ。明らかに危険な匂いがして本能的にそれを拒絶する。


だがその日以来、朝昼晩の食事としてそれは配給されるようになった。食べなければ次の時に引き下げられるだけだ。4人は精神的にも肉体的にも追い込まれていった。


そして遂に我慢出来なくなった。大人であるバンサがまずそれを口にした。不味い。色の濃さとは裏腹に味が殆どしない。極限の空腹なら美味しく感じる可能性はあったがそんな都合の良いスパイスは効かなかった。けれど食べれなくはない。


弟リョウスケがそれを見て決心する。食べなければ死んでしまう。思い切ってそのスープを口に入れた。目が細められる。その表情からも、やはり不味いことがわかった。でも腹は満たされる。兄も仕方なく食べようとしたその時だった。


(すく)い上げたその皿を突然払い飛ばされたのだ。地面に落ち破片と共にスープが撒き散らされる。見ると弟がそれをしでかした犯人だとわかった。けれど胸を押さえて苦しんでいる。兄は慌てる。その背中をさすって「大丈夫か!」と声をかけた。次第に着ているTシャツの中ががモコモコと膨らみ始めた。夫婦もその異変に気付く。やはり普通のスープでは無かった。


弟の骨格は徐々に変形し人の姿を失っていく。白い体毛が全身から生え四足歩行に適したフォルムに変わる。どうする事も出来ない。兄は泣きながら必死に弟を抱きしめる。けれどとうとう白い子犬の姿に変わり果ててしまった。


どういう事だろう。バンサは食べても何ともなかった。けれど弟は変貌してしまった。明らかに裸猿を狙った罠である。ただ犬にする理由がわからない。


そんなパニックの最中、奥から青い色の肌をした女性が高いヒールをカツカツと鳴らしながら歩いてくる。それは大変グラマラスな体型で露出度の高い格好をしていた。それを見たバンサが気付いたように言う。


「闇の魔女シュルパナカー…」


シュルパナカーと呼ばれたその女は不敵な笑みを浮かべている。作戦成功と言った具合にご満悦のようだ。それは手品の仕掛けを明らかにするかのように語り始めた。


「どうだい獣になった気分は?私が作った特製スープは効果覿面(てきめん)だろう。やっと食べてくれて嬉しいぞ」


バンサはそれを無視してもっと重要な説明を女に求めた。


「コレはどう言うつもりだ!私たちが何をしたと言うのだ!こんな小さな子供に…。お前は狂っている!」


その通りだとシュルパナカーは思った。何の説明もしていないのだからな。であるならば、少しは釈明でもしておこう。彼女はそう思った。


「そのガキが悪いのだよ。こんな世界に来たのがそもそもの間違いだからね。私はただ運命を試しているだけだよ」


何を言っているのかさっぱり理解できない。けれどバンサの思っていた通り子供たちが何かとんでもない運命を背負わされている。それだけは理解できた。

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