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第二話 兄弟は帰れない



日本では一年間に8万人以上の行方不明者が届出られるという。コロナウィルス感染症で死亡するケースよりも多い。言葉の通りその原因と所在も不明となっている。ただその全てに人知れた理由があるのかは確かではない。


子供は人身売買の対象になりやすい。様々な需要が幼い少年少女の存在を欲している。そんな悪事の片棒を担ぐ人攫いと客を繋ぐ仲介人は大量の在庫を抱えてそれがどれ程の利益をもたらすかヨダレを垂らしながら計算していた。


その顔は人間のものではない。豚のように平べったい鼻に馬のように長い顔。体は人のようで手があり二足歩行だが肌は獣の毛で覆われていた。


するとそこへ品の良い華美(かび)な服装を着た青い肌の男がやって来た。背後に柄の悪い用心棒を二人雇っている。それは獣の顔をしていた。ただ先頭の雇い主の男だけは腕を6本持っている。


仲介人は手でごまをする仕草をして下品な笑みを浮かべた。来店した客は上客のようである。そして待ってましたと言わんばかりに大袈裟な接客をし始めた。


「やぁ旦那様ぁ…。良くいらしてくれましたぁ。注文の品はちゃーんと届いておりますよぉ。フヘヘ」


もう既に前もって何かを買い付けているようだ。男は「見せろ」とぶっきらぼうに答える。仲介人は「こちらでございます」と暗く薄汚い檻の山を通り過ぎ、暖簾(のれん)の先へ案内した。それを潜ると明るく清潔感のある掃除の行き届いた空間に出た。赤と金の装飾が目立つ特別な部屋のようである。


そこに錠前と鎖で封鎖された観音扉があった。商品が盗まれないように厳重に守られている。それも客の満足度を高めるためだ。鍵の束を出して一つ一つ解錠する。その間も男は腕を組み落ち着かない風でつま先を何度も上下させた。


仲介人が両の手で二つのドアノブを掴み手前にあざとく引いて見せた。それはまるで宝箱を開ける瞬間のようなしつこい演出である。けれど男のつま先がそれで止まる。その部屋の奥に眠らされた幼い少女の姿を確認した。目が細められる。何か思う事があったのだろうか。けれど直ぐに頬は緩み満足の表情を見せるのであった。


一方、路地裏の先に続く光の方へと兄弟は進む。手を繋ぎ恐る恐るだ。賑やかい騒がしさが人の気配を感じさせる。興奮か恐怖か鼻息が荒い。


日光で線引きされた路地の向こう。日陰の中から、あともう一歩踏み出せば世界は(ひら)ける。どうする。どうしよう。2人は目で語り二の足を踏んでいた。


行き交う獣人は目線をこちらに向けるが興味を持たない。大丈夫なような気がしてきた。兄は固まる弟の手を引っ張って日の当たる場所に出た。


石畳に荷馬車。馬ではなくラプトルのような恐竜が牽引している。人は全て獣の顔。見た事のない世界。心細さは新しい刺激で一瞬和らいだ。上ばかり見ていると後ろから声がかかる。


「コラ!裸猿(はだかざる)!そんな所でボサっとしてんじゃねぇ!!」


大荷物を抱えた牛の巨漢が2人に「退け!」と乱暴に押し退けた。兄は弟を背後に庇う。そうしてやり過ごした。特に危害を加えてくる風でもない。ただ苛ついていただけだ。


車道と歩道が区切られている。車輪がどこを走るのかひと目でわかる。何度もそこを通ったのだろう。石畳に溝が出来ていた。


何処へ向かえば良いのか。誰も頼ることができない。まさかこうなるなんて。(いさ)んで入った扉の向こうは人攫いの秘密の隠れ家では無かった。それよりも壮大な別世界へと続く異界の門だ。弟が道端で泣き出した。


「にいちゃーん…」


もう子供には、既に限界が来ている。正直に言えばこれまでだろう。大人を呼んだ方が良さそうだ。兄は自分達の手に負えない問題があるのだと判断した。一度引き返してお母さんに話そう。そう思っていた。


「ない…」


兄弟は絶望した。扉は既に何処にもない。跡形もない。引き返した先は別の光りが差す向こう側だ。そこも同じである。もう帰る術を完全に失った。


兄は泣きたくなった。けれど弟を巻き込んだ罪悪感と守らなくてはいけない責任感の方が勝った。一回り小さな手をグッと強く握る。


弟もその手から伝わる気持ちが心に強く響く。こんな状態では余計な心配をかけてしまう。その方が良くない気がした。それでフラッシュバックしてほんの少し昔を思い出していた。


はじめての潮干狩りに干潮(かんちょう)の砂浜に来ていた。本当は初めてじゃないらしい。けれどもっと昔は覚えていない。楽しくて家族のことなど忘れて何処までも行ける気がして何度も叱られながらもめげずに遊び歩いた。


気付いたら知っている人は誰もいなくなっていた。父も母も兄も一緒に来ていたまぁちゃん家族も見渡す限り何処にもいなかった。楽しい世界が急に恐ろしく見えた。それはもう泣き叫んだ。人目も憚らずに醜態を晒した。もうダメだと思った。とにかく怖くて歩いた。


周りは心配して自分を見ていた。けれど誰も近づいてこない。そして肩に手を置かれて振り向く。そこには兄がいた。


「リョウスケ!何回も呼んだのに!」


兄は何処かへ無謀に歩いて行く弟の背中をズッと追いかけていた。何度も名前を呼んでいた。弟はパニックで何も聞こえていなかったのだ。それで自分がより遠くに行っている事など気が付いていかなかったのだろう。


怒った風に手を強く引かれ反対方向に歩く。兄もほぼ迷子だ。それでもその時は2人一緒なら帰れる気がした。今もそうだ。にいちゃんと一緒ならきっと、どんな困難も乗り越えられる。強い兄弟愛がそこにはあった。

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