ep花咲燐子『ひとりきり』
「……撮影、撮影っと。あーもーギリギリじゃん……」
レッスンスタジオを出たあと、駅へと向かう人通りの少ない歩道を、小走りで進む。
片手には事務所支給のロゴ入りスーツケース。肩にかけたトートバッグの中ではスケジュール帳と台本がガシャガシャと音を立てていた。
──落ち着いてるように見えた?
──ううん、違うよ。ほんとはめっちゃ焦ってた。
イヤホンから流れてくるのは、かつて自身が所属していたユニット【FizzyPoP】の楽曲。
偶然にも今の自身の内心と被るような歌詞に笑ってしまう。
(“完璧なパフォーマンス”──か)
その言葉が、脳裏から離れなかった。
あの子──都木戸アン。トオルが連れてきた新人アイドル。IDCにも登録予定らしい。
まだ少ししか話してないがちょっとズレてて、態度も淡々としてたけど……でも、わかる。
技術は、本物だった。
歌声に一切のブレがなかった。
ダンスも、無駄がなく、動きが流れるように美しかった。
それでも──なぜだろう。
勝てると思った。
……いや、思いたかっただけ、かもしれない。
何度も自分に言い聞かせた。
「まだ負けてない」って。
でも、もしあの子が歌への“感情”の乗せ方を身に着けたら??
ダンス技術に“想い”が加わったら──
(やだなぁ、あたし、先輩風吹かせちゃった……)
自分でもわかってた。
さっきの言葉は、半分は本音。でも、半分は“牽制”だった。
「“今のアンタには負ける気がしない”──ね。……ふふっ、よく言うわよ」
駅前のモニターに、自分の名前が流れていた。
“次週リリース予定、燐子1stソロシングル『Deep Dive』”の告知。
──そう、あたしは今、個人で活動してる。
もう、ユニットのリーダーじゃない。
自分のステージは、自分で守らなきゃいけない。
(……それにしても。あの子、なんでアイドルになったんだろ?あの見た目ならモデルとかいろいろスカウトされそうだけど…)
たぶん本人も、まだわかってない気がする。
でも、そんな子が“感情”を知ったとき──
「やっぱ、まだちょっと……冷えるわね」
そう呟いた自分の声が、街の喧騒でかき消える。
★★★
電車が到着する音がホームに響く。
燐子は一歩、前へ進んだ。
(ねえ、アン。アンタは……あたしのこと、超えてくれるのかな)
本日2話目燐子視点