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感情の始まり

今日確認したらブックマークが増えていました。してくださった方本当にありがとうございます。すごくモチベーションアップにつながります。もっと多くの人に見てもらえるよう毎日投稿頑張ります。相変わらず仕事終わりに書いてるのでそこだけご容赦ください。ストックを作れる人うらやましいです。

「……うわっ、やばッ!」


 小休憩中。レッスン室に控えめなアラーム音が鳴り響いたかと思えば、燐子が慌ただしく携帯端末を確認して、目を見開いた。


「私、今日撮影入ってたんだった……!」




 すぐさま荷物をまとめはじめる彼女に、声をかける。


「俺、現場まで送ろうか?」


「んー……ありがと。でも、今日の現場近いし大丈夫よ。あの子のそばにいてあげて。アンタの担当なんでしょ?」


 そう言って、燐子はアンの方を見やる。


 アンはいつもの通り、姿勢よく直立していた。



「アン、技術はすごかったわ。歌だけなら──正直、私より上かも。……だけどね」


 言葉を切って、彼女は軽くウインクする。


「今のアンタになら、負ける気はしないわ」


「……そうですか」


「また暇なとき、レッスン付き合ってあげる。一応?先輩だし、頼りなさい」


 燐子はどこか満足そうに笑ってみせた。



 彼女の声はやわらかだったけれど、その目はどこか鋭く──いや、ステージに立つ時と同じ、澄んだ眼差しをしていた。




 ひらひらと手を振って、燐子はスタジオを後にする。


 その背中を見送りながら、俺はふと思った。

 ……あれが、頂点を知る者の覚悟ってやつなのかもしれない。




 数分後、スタジオは静けさを取り戻していた。


 さっきのレッスンの映像を端末で確認しながらベンチに並んで座る俺とアン。



「……歌も、ダンスも、どっちもすげーよ。ほんとに完璧だった」


 口を開いて、率直な感想を伝える。




「ありがとうございます。再現率はダンスが92%、ボーカルも音程・リズムともに誤差範囲内でした」


 アンは数字で返してくる。正確無比。だからこそ──物足りない。




「……でも、それだけじゃダメなんだよな」


「“足りない”という評価でしょうか?」


「足りないというか……“何のためにやってんのか”が、見えてこなかった」




 アンは一瞬、まばたきをした。


 ほんのわずかにだけ、いつもより動作が遅れた気がする。




「ワタシは、指示されたから動いています。父やマスターの判断によって、最適な行動を──」


「違う、そうじゃない」




 俺の声が、少し強くなったのがわかった。

 焦りじゃない。けど、伝えなきゃいけないと思った。




「“命令”とか、“求められてるからやってる”じゃなくてさ。

 お前自身が──“やりたい”って思ってるのかどうか、ってこと」




 沈黙が落ちる。

 アンは黙ったまま、スクリーンを見つめていた。




「……ありません」


 やがて、小さな声でそう返ってきた。


「ワタシには、誰かに“見られたい”や、“伝えたい”などの考えはありませんでした。

 ただ、機能を果たすためにパフォーマンスを行ってきました」




 予想通りの答えだった。

 だけど──どこか、胸に刺さった。




 缶コーヒーのプルタブをカチリと弾く。俺の悪い癖。




「今日、燐子のパフォーマンス見たろ? 率直にどう思った?」




 アンは一瞬だけ考えてから、すぐに答えた。


「はい。ダンスこそ高水準をキープされていましたが、歌の部分に若干の苦手意識があるようです。何度か原曲のキーを外していました」



 思わず苦笑いする。


「ははは、それ燐子には言ってやるなよ? あいつ、あれで結構繊細なんだよ。……お前のパフォーマンス見て少し焦ってたしな」


「……燐子さんは、大手芸能事務所L3芸能事務所でのユニット活動とIDCユニット部門での2連覇をしているという記録があります。脱退した経緯は不明ですが新人相手に焦るとは考えにくいです」


「いろいろあったんだ。だからこそ、あいつはステージに本気なんだよ。“誰かに響くものを”って──心から思ってる。だから、それがパフォーマンスに出る」


「それが何かまではわかりませんでしたが、確かに彼女には、ワタシにはない“何か”が、ありました」




 ──その言葉に、確かにわずかな感情の“揺れ”があったように聞こえた。




「マスター」


「ん?」




 アンが、静かにこちらを見た。




「……“やりたい”という感情は、プログラムでは再現できないものなのでしょうか?」



 俺は肩をすくめた。



「さあな。俺は技術者じゃないし、理屈で答えられることじゃないけど──

 “やりたい”ってのは、最初から感情じゃなくてもいいと思う」


「……?」




「たとえば、“誰かに褒められたい”とか、“負けたくない”とか、“誰かの力になりたい”とか。そういう感情ってさ、小さなきっかけの積み重なりだと思うんだよ」



 アンはそっと目を伏せた。

 長いまつげの影が、静かに頬をかすめる。



「ワタシは、“感情”はわかりません。……でも、“やりたいと思う自分でいたい”とは、少しだけ思います」




 その言葉に、俺はゆっくりとうなずいた。


 それは矛盾した言葉かもしれない。

 でも、矛盾してるからこそ──人間らしいと感じた。




 まだ名前のない衝動。

 それは、感情とは呼べないかもしれない。




 だけど──間違いなく、“アン自身”から生まれたものだった。 

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