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初レッスン

 翌朝、Mikageプロダクションのレッスンルーム──といっても、弱小事務所なので事務所から徒歩五分の貸しスタジオを間借りした空間にて


 天井は低く、壁面の鏡には古い擦り傷がついていた。防音設備も不十分で、隣のブースからは時折EDM風のビートがうっすらと漏れ聞こえる。


 だが、それでもここが彼女のアイドルとしての始まりだ。



「準備、できました」


 アンが言って、鏡の前に立つ。事前に渡したレッスンウェア、動きやすいよう髪を軽くまとめている。


 その姿勢はすでに完成された一つの作品ようで、無駄な揺れもなくまっすぐだった。




「じゃあまず、今日は実力見るために初級レベルの曲だけど、通してみるわよ。歌いながらもステップはしっかり刻んで」


 そう言ったのは、アンと同じくレッスンウェアを纏いトオルの横に立つ燐子だった。


 Mikageプロにおいて、というか実質日本国内でも“トップアイドル”である彼女は、当然ながらパフォーマンスに自信がある。

 どうやら自ら手本を見せ、アンに振りつけをレクチャーする形でレッスンするつもりのようだ。




「じゃあ、いくわよ。ミュージック、スタート!」




 軽快なアイドルソングのイントロがスタジオに流れる。

 そのリズムに合わせて、燐子が華やかにステップを踏む。


 さすが、と言うべきだろう。キレがありながらも、表情には柔らかさがある。視線、手の角度、膝の屈伸。どれを取っても、“魅せること”に特化した動きだった。




「──はい、次アン、やってみて!」


「了解しました」




 アンは、一度の説明で全てを記憶していた。


 そのまま、音楽がもう一度流れ始め──彼女の身体が動いた。




 寸分違わず、さっきの燐子の動きをなぞっていく。

 腕の角度、足のステップ、重心の移動、表情の筋肉の動きに至るまで。まるで録画された映像をトレースしたかのような“再現度”だった。




 トオルは思わず言葉を失った。


 いや、すごい。すごいんだ、確かに──でも……




 ──怖いほどに“無”であった。




 すべてが理論通りに、美しく。

 けれど、そこに“らしさ”や“個性”と呼べる余白は、一切なかった。




 ひと通り踊り終えたアンが、静かに止まる。


「終了しました。どうでしたか?」




 燐子が目を細め、何かを吟味するように一呼吸置いた。


 そして、はっきりと口にする。




「……機械みたい」




 アンが瞬きをする。


「……はい?」


「いや、あのさ。すごいのよ? ほんとに。ひとつも間違ってない。完璧。トオルからある程度できるとは聞いてたから意地悪でちょっと難し目の曲持ってきたのは悪かったと思ってるし最初っからこんなにできるとは思っていなかったし、だけど……

 何かが抜けてるっていうか……“踊ってる”じゃなくて“動いてる”って感じ?」



 燐子の言葉は、厳しい。けれど核心をついていた。

 実際アンがある程度のパフォーマンスができることは先に伝えていた。



「感情の動きが……足りませんでしたか?」


「うーん……そう。というか、熱がないっていうか。アイドルってね、もっとこう……自分を出してくるの。目線とか、表情とかで」


 アンは静かにうなずいた。だが、心から理解している様子ではない。



 トオルは横で腕を組みながら、苦い顔で頷く。


(わかってた……わかってたけど、やっぱり難しいか……)




 技術が高ければ勝てる──そんな単純な話ではないのが、今のアイドル界だ。


 AI採点だけの技術特化採点ならまだしも、レゾナンス審査が導入されてからは、“感情の波長”すら数値化される。

 つまり、心が動かなければ、点数も上がらない。




「……勉強になりました。燐子さん、ありがとうございます」




 アンは深く頭を下げた。


 その表情は、変わらず落ち着いていて──でも、どこかほんの少しだけ、“悔しさ”に似た色が見えたような気がした。




(……今の、それって……)




 その微細な変化に、トオルは言葉を飲んだ。


 こうして初めてのレッスンは静かに幕を下ろした。



1日2話書きたいし投稿したい

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