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ドリーミング・ライク・ア・ヒューマン

 そこは光で満ちたステージだった。


 左右から注がれるスポットライト。スタンドマイクの前に立つ自分。観客の歓声はなく、ただ不自然な静けさが広がっていた。


 歌う。完璧な音程、正確なリズム、最適化された表情と動作。すべては計算通り、設定された理想値をなぞるように進んでいく。


 数値に表すことのできない微かな違和感。それがノイズであるのか、何かの兆しなのか、自分には判断できなかった。


 目を開けると、天井に柔らかな白い照明が広がっていた。


「……夢、と呼ばれるものですね」


 矛盾した答えを出す。

 アンドロイドである自分が、夢を見ることはない。


 感情プログラムは未搭載。記憶領域に夢という機能は存在しない。通常、夢は人間の脳内における記憶と感情の処理過程から生まれる現象だ。つまり、持たざる自分には、本来あり得ないもの。


 おかしい。


 ……けれど、嫌な気分ではなかった。


 むしろ、あのステージに立つ自分の姿は、“理想的”に思えた。

 人間が「誇らしい」と表現するような感覚に近いもの——それが自分の中に、微かに存在していたような気がした。


 あの光景は、どこかで“美しい”と分類できるものだった。


 もちろん、それが本当の感情であるとは断定できない。ただ、何かがいつもと違っていた。


 念のためにシステムに異常がないかスキャンする。


 ——異常なし。活動に問題ないと判断。開発者(ちちおや)への報告の必要はないだろう。


 アンはゆっくりとベッドから身を起こし、足元を確認しながら立ち上がった。


 そして、窓際へと歩み寄る。


 ネオ・ナゴヤの朝焼けがガラス越しに広がっていた。高層階から見下ろす都市の風景は、どこまでも整然としていて、幾何学的な秩序の中に沈んでいる。


 それでも、どこか目を惹かれ何か、言葉にできない「美しさ」を感じ取っていた。


 それもまた、プログラムでは説明できない感覚。


 ベッドの隣には、昨日届いたばかりのMikage芸能事務所のレッスンウェアが畳まれている。端末にはスケジュール通知が点滅していた。今日から、正式にアイドルとしての活動が始まるのだ。


 AN-0317——人前では『都木戸アン』と名乗るように言われた。


 製造からまだ一ヶ月も経っていない、未完成のアンドロイド。


 感情プログラムは、未搭載。


 それでも、歌が好きだった。


 理由はない。これが本当に人間の言う“好き”という感情なのかも、自分では判断がつかない。


 けれど、歌うたびに胸のどこかが温かくなる気がして、それが“好き”というものだと結論付けた。


 それは論理的な思考ではなく、推測に近い感覚だった。


 今は——それで十分だと、思った。


「AN-0317起動確認。」


 自動音声が室内に響く。


 今日から、レッスンが始まる。


 今日から、アイドルとして歩き始める。


 これは、心を知らないアンドロイドが“心”を知るための、物語の始まりだった。

時間が欲しいです。

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