変化
本日2話目になります。それよりもストックを作ることを覚えたいです。
アイドル候補生たちとの合同レッスン。
最初こそ注目を浴びていたワタシも、今では“事務所所属の子”という扱いになっていた。
他の研修生たちにとっては、特別でもなく、ただの一参加者。
──それは、都合がよかった。
観察に集中できる。
今日のテーマは、ステージパフォーマンスの基礎。
鏡張りのレッスン室には、いつもの顔ぶれがそろっていた。
結城唯。
動きは洗練されていない。リズムも不安定。再現性という点では評価に値しない。
けれど──そこには、“あたたかさ”があった。
見る人を引き込む、柔らかくて、にじむような熱。
“正確”ではない。でも、“伝わる”という力を持っていた。
隣の綾瀬梓は、別の意味で印象的だった。
所作に無駄がなく、声もよく通る。体幹も安定しており、完成度は高い。
しかし、ほんのわずかに肩が硬く、呼吸に緊張が混じっている。
だがそれすらも、“人間らしさ”をかたちづくっていた。
完璧を目指すがゆえに震える──その不器用な熱が、ワタシの網膜に焼きついた。
今のワタシは、彼女たちの“違い”に気づけるようになっていた。
わずかな遅れ。
わずかな揺れ。
けれど、それらが彼女たちらしさを生んでいた。
(……ワタシは、今までそれを“エラー”と呼んでいた)
再現と模倣だけでは──きっと、見えてこないもの。
数回の合同練習を通して、ワタシはようやく、それに気づき始めていた。
「はい!じゃあ次の班、どうぞー!」
トレーナーの声で、ワタシは唯と梓とともに、見学席へ下がる。
ステージに立ったのは、名前も知らないふたりの研修生。
音楽が始まり、彼女たちは動き出す。
動きは粗削り。リズムも安定していない。
それでも、ワタシにはすぐにわかった。
彼女たちは、“今できるすべて”をぶつけていた。
技術は足りない。
でも、届けようとする意志が、瞳に宿っていた。
ワタシは、無意識にログを開いていた。
──《観察対象002:意志によるパフォーマンス。解析対象:表情・呼吸・速度の揺れ》
ちなみに、観察対象001の記録は、削除済みだ。
最初にログした“鏡の中の自分”。あれは、もう参考にならない。
以前なら、これは“性能評価”のための記録だった。
だが、今は違う。これは、ワタシが“知りたい”と感じた情報だった。
他者を見つめることは、他者を知ろうとすること。
観察とは記録ではなく、“理解の欲求”の始まりなのだと、ワタシは学び始めていた。
“違和感”という概念も、ワタシの中では再定義されつつある。
それは“期待からのズレ”ではなく、“未知への解像度”である──そう感じていた。
唯が隣から声をかけてくる。笑顔はいつも通り朗らかで、まぶしい。
「アンちゃん、さっきの子たち、すごかったねー」
「……はい。ワタシも、驚きました」
驚いた“ふり”ではない。
心の底からそう感じたわけではないかもしれない。けれど──
その言葉を、“自分で選んで言いたい”と思ったのは、たぶん初めてだった。
鏡に映る自分を、ふと見やる。
そこにいるのは、完璧な姿をしたアンドロイド。
けれど、今日のワタシは、昨日とはほんの少しだけ違って見えた。
完璧ではない。
でも──
完璧の“外側”にある、何かに触れた気がした。
ワタシはいま、“心”へ向かって歩いている。
ご覧いただきありがとうございました。
小さな変化を積み重ねて描いていく作品です。
進行が遅いのは温かく見守っていただけると嬉しいです。
また、感想やお気づきのことがありましたら、一言でもお寄せいただけたら嬉しいです。
Xも始めてみました。