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体づくりは大事です

 



「エミリア様…もう、無理ですぅ…」



「泣き言を言うな。この程度でへばっていたら後がもたないぞ?」



「ひぃん…」



 時刻は太陽が一番高くにある頃。

 ポカポカ陽気に少しひんやりとした風の吹く日。

 聞こえるのは乱れた少女の息遣い。

 こんな白昼からムフフな事を…している筈もなく。



「もう無理ですってば〜〜!!」



「うだうだ言わずに走れ!あと十周!!!」



 そうです。走り込みです。

 では何故、魔導師を目指す少女は走り込みをさせられているのか。

 遡ること数時間前ーー。



「…まずあれだな、アリス。お前絶望的に体力が無さすぎる。体づくりをしようか」



「へ?体力…ですか…?」



 アリスはキョトンとした表情で首を傾げている。

 だが、魔導師にとって体力はとても重要な要素なのだ。


 魔力が底抜けにあったとしてもそれを扱う為のある程度の体力が無ければ、先に体力切れで結局魔術を使えなくなってしまう。

 それに、実際の戦闘等では敵に詰められないよう駆けずり回りながら魔術を使わねばならない。

 その為一流の魔導師にとって、体づくりは抜く事の出来ない必要な教育課程(カリキュラム)なのである。


 そして少しの間見てきて思ったが、ドジっ娘の呪い云々の前にアリスには体力が無い。

 少し重い物を持ったらすぐ息切れするし、軽く走っただけでへたり込む。

 故に今彼女に一番必要な事は体づくりなのである。


 体力の重要性を一通り説き、アリスを屋外へと引っ張り出す。

 いい天気だ。絶好の体づくり日和。



「それじゃ、アリス。まずは村の周りを二十周からな」



「……え」



「はい!始め!!!」



 こうしてエミリア先生による、スパルタ体力強化授業が始まったのでした。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「もう…無理…っ、立てませぇん…」



 ゼェハァと呼吸を乱しながら地面にへばりつくアリス。

 まぁ、初日にしてはちゃんと二十周走りきっただけ褒めてやろう。

 本来ならここから更に筋トレ…と繋げていくのだが、この様子ではそれは出来そうにもない。



「お疲れアリス。今後慣れてきたら、走り込みの後に筋トレも追加するからな。

 とりあえず今日は少し休憩を挟んでから座学にしようか」



「はひ……」



 顔に書いてある。今後増えるのか、と。

 増えちゃうんです。これが。


 満身創痍で溶けているアリスを魔法で浮かせ、家の中へと引きずり入れる。

 人型の時ならこんな華奢な少女くらい片手で担げるのだが、いかんせん、今はハムスターだからな。


 家の中はほのかに甘い香りで満たされていた。

 香ばしいりんごの香りとシナモンの香り。



「あら、お疲れハムちゃん、アリス。

 丁度おやつのアップルパイが焼けたのよ、いかが?」



「ふむ、貰おうか」



「!アップルパイ…!!」



 家の奥から出てきたマーサは、手際良く乱れたアリスの三つ編みを直しながら、私達にニコッと微笑みかけた。

 別に好きに呼べば良いとは思うのだが、マーサは私の正体がわかってからも“ハムちゃん”と呼ぶ。

 非常に違和感満載でいつも反応するのに一コンマくらいの間が生まれてしまう。

 早く慣れよう。


 食卓の上に、ホカホカのアップルパイと、芳醇な香りの紅茶が並ぶ。

 私の飲み物だけはホットミルクだ。きな粉と蜂蜜を少々混ぜたやつ。

 生前から飲み物はこれしか飲まないと決めている。



「いっただきまーす!」



 元気なアリスの声で、皆アップルパイへと手を伸ばす。

 アリスは「う〜ん、甘い幸せぇ」と顔を緩みに緩ませながらアップルパイを頬張っている。


 私も一口、小さな獣の手でしっかりとアップルパイを握り、齧り付く。

 うん。甘い。美味しい。


 思えば生前、もう何十年と人の手料理という物に触れてこなかったな。

 自分が人の為に料理の腕を振るう事も無かったし。


 こんな私でも、家族というものがいた時期もあった。

 どこまでも優しくて、気難しい私の事をよく理解してくれる旦那。

 笑顔がよく似合う、人の気持ちに誰よりも寄り添える一人娘。


 もうずっと昔の事だから、あまり思い出す事も少なくなっていたのだが。

 この家の空気にあてられて、柄にも無く感傷に浸ってしまった。


 旦那はもう、亡くなっているだろう。

 魔力の多くない人だったから。

 娘は私に似て常人より多くの魔力を宿していた。

 もしかしたら今もどこかで、平和に暮らしているのかもしれない。



「エミリア様?どうかしましたか?お手が止まってますが…」



「いや、何も無いよ」



 気付けば手が止まってしまっていたようだ。

 アリスが心配そうな顔でこちらを覗いていた。


 余計な事を考えるのはやめよう。

 今は腹を満たし、疲れを癒し、午後の座学に備えるとしよう。


 私は机の上のアップルパイに再び手を伸ばし、黙々とそれらを頬袋へと運んだ。




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