もふもふの呪いと少女の呪い
私の名前はエミリア・マナス。千年の時を生き、世界にその名を轟かせた大魔導師だ。
今は優雅にモーニングコーヒーを嗜み、新聞を広げ、世界情勢の把握に勤しんでいるところだ。
え?新聞がやたらデカくないかって?
違う違う。私が小さいの間違いだ。
ちょっと訳あって私は現在愛くるしいハムスターの姿だからな。
それはさておき、どこからともなく鳥のさえずりが聞こえる実に良い朝だ。
そう思い、もう一口コーヒーを口に含んだ瞬間ーー。
「わぁぁ!?」
ドォォンーー!
少女の悲鳴と爆発音。ゴォォ、とほんのり地響き。
こうしてあっという間に私の優雅な朝は終わりを迎えるのだった。
「あのなぁ、アリス」
「…ひゃい」
「何度も言ってるが成功した事の無い魔術を自分一人で練習しようとするな。その度に家の中を修復してるこっちの身にもなってくれ」
「ごめんなさい…でも、今日はなんだか魔法でパンくらいなら焼けそうな気がして…」
「その結果がこれだろ」
黒焦げになった家の一部を魔法で修復しながら、軽い説教を垂れる。
私がこの少女、アリスの使い魔として契約してから早いもので一週間が過ぎた。その間に随分と冷静になり、このハムスター状態にも慣れたもんだ。
魔導師と使い魔。その関係は古来より密接なもので、一人前の魔導師には必ず使い魔がついている。
通常、見習い魔導師が試験に合格し、晴れて一人前の魔導師として昇格する際に師から贈られるのだが、懐いたり等して野生の使い魔と契約する事もある。
今回のアリスのケースもその特例のもの。
まあ私は野生とはちょっと違うし、懐いた訳でも無いが。
それに、今回私達が結んだ契約は私がアリスの使い魔になるという事だけでなく、アリスの師になるというものも含まれている。
師匠で使い魔。
弟子で主。
なんか変な構図だな。まあ、いいけど。
「とにかくだ、くれぐれも私の手助けもなしに成功したことの無い魔術を使うなよ」
「はひ…ごめんなさい…」
このアリスという少女。私に憧れて魔導師を目指しているらしいが、正直実力はまだまだである。
そこに加えて彼女には不思議な呪いが掛かっている。
“何事もドジを踏む呪い”
まったく何処の物好きな変態が掛けたのか知らんが、これのせいで肝心な所でいつもミスばかりなのでいい迷惑である。
ドジっ娘が可愛いという嗜好は理解出来ない事も無いが、それを呪いにする辺り物凄い変態さを感じる。正直考えただけで悪寒がする。
しかもそんなヘンテコな呪いの割に呪いの仕組みはまぁしっかりしてて、私でも簡単には解呪出来ないのである。
実に腹立たしい。
ただ一つ気になっている事がある。
私のこの状態だが、どうやら死の間際に掛けられた転生の呪いのようなのだ。
そしてアリスのドジっ娘の呪い。
解呪を試みて解析した時に思ったのだが、どちらも術式の系統が似ているのだ。
もしかすると同一人物によるものかもしれない。
ダメだ。そう考えたら寒気が。
もふもふの身体をブルっと身震いさせ、クシクシと短い手で顔を掻く。
「エミリア様、寒いですか?」
「いや、ちょっとな。別に寒くは無いんだが。ある意味寒いというか」
「……???」
不思議そうに頭上に?マークを並べるアリスを横目に、小さな頭で思考を巡らせる。
どちらの呪いもだいぶ大層な術式が組まれている。
そして私の呪いだが、これはおそらく掛けられたタイミングからして私を殺害した者の仕業だ。
私に悟られること無く、一瞬で私を死に至らしめた相手…。
「敵は…手強そうだな…」
思わずぽつりと呟いてしまう程に、考えれば考える程、私達の敵は強大な者に感じた。
この私が。伝説の魔導師である私が、手強そうと思う程に。
(あ。ダメ。ほんとイライラしてきた)
何度も繰り返すが私の前世は伝説の魔導師エミリア・マナス。
世界に名を轟かせた偉大な魔導師。私に勝てる相手なんて存在しなかった。
その私を負かし、あまつさえこんなもふもふの姿にし、出会った少女には如何にも変態チックな呪いを掛けている。
これが落ち着いていられるか。ほんとに腹立つ。
「なぁ。アリス」
「はい、何でしょうエミリア様?」
「お前の目標は試験に合格し、魔導師として認められ、母に苦労を掛けないよう、マジクスで仕事を見つけ、母と移住する。
これで間違いないな?」
「…はい。このままこの村に居ても仕事も限られているし、生活はどうしても貧しいです。
父様が居ない分、一人で私をここまで立派に育ててくれたママに、楽をさせてあげたいんです」
どうやらアリスの父親はアリスが産まれる頃に蒸発し、行方不明だそうだ。魔導の心得は無かったが、剣術自慢だった父親が行方を眩ませたのは、近くに出るという大型の魔物の討伐に出てそれっきり。
巷では相打ちにでもなって亡くなったのだろうと言われている。正直私もその線が濃厚だろうとは思う。
そんな事情でマーサは女手一つでアリスを育ててきたらしい。
そしてアリスはそんなマーサに恩返しがしたいと。実に素晴らしい家族愛。お涙頂戴な事情だ。
確かに辺境のこの場所では仕事は少ない。都市に出稼ぎに出ようにも、この大魔導時代では、魔導の心得が無ければ働く場所も殆ど無いのだ。
その為、珍しく魔力を持って産まれたアリスは、その才を伸ばし、魔導師になり、マジクスで仕事を見つけて暮らして行きたいらしい。
改めてアリスの気持ちを確認した所で私のやるべき事も固まった。
私がやるべき事。私とアリスに呪いを掛けた者を見つける。この呪いを解呪する。
その為に、アリスが魔導師になる手助けを精一杯する。
この出会いはきっと偶然じゃない。
きっとこのままアリスと過ごしていれば、必ず黒幕に近付ける。
そんな予感がするのだ。
「アリス。共に頑張ろう。私の持てる全てで君をサポートする。
まずは、魔導師学園の入学試験に合格出来るよう、頑張ろうじゃないか」
「…はい!エミリア様、よろしくお願いします!」
無邪気に笑う赤髪の魔導師見習いと、笑っているようにも見える元伝説の魔導師のもふもふハムスター。
これは、この二人が最高のパートナーであると。
この少女は素晴らしい才を持つ者だと。
そしてこのもふもふの愛玩動物が、伝説級の使い魔であると。
世界に名を轟かせるお話。
そしてその、始まりであるーー。