もふもふの始まり
それはあまりに突然の事だった。胸の辺りに強烈な熱さを感じ、次に今まで感じた事の無い痛み。気が付けば私の胸には穴が空いていた。それはもうぽっかりと。力なく倒れ込む体。血が沢山出てる、嗚呼私ついに死ぬのか。千年は軽く生きた。魔術の道も散々極めて新しい魔法も沢山編み出した。誰も私に敵わないし、伝説の魔導師とまで言われた。そんな私がこんなに呆気なく最期を迎えるのか。等とうだうだ考えていると、目の前に誰かが立っていた。
「ーーーーー」
何か言ってるけど、もうよく聞こえない。顔も…ぼんやりしてよく見えない。にしてもコイツ何の気配も無かったな。この私に悟られずにだなんて、相当な手練じゃないか。嗚呼悔しいな。負け無しの私が最期に負けて終わるなんて。叶うなら、リベンジしてやりたい。最強のままでいたいな…嗚呼、でも、もう…。
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鳥の声がする。風で草木が擦れる音も。ここは森?私は死んだ筈じゃなかったか。重たい瞼を開き、辺りを見回す。知らない森だ。それに何か、やけにデカくないか、ここの木々達は。心なしか地面も近いし。ここは一体何処なんだ。あの世なんだろうか?にしても喉が乾いたな。死んでる筈なんだけど喉って乾くのか。あ、あんな所に湖がある。何も無いよりマシだ、あれを飲もう。
水を飲もうと湖に近付き、ひょこっと身を乗り出す。水面に自分の姿が見えるーーのだが。愛らしい髭。小さな耳や手足。白くてもふもふとした毛並み。丸っこいフォルム。これ、ハムスターだよな。百人に聞いたら百人全員ハムスターって言うよな?待って何でハムスターが?いやそれより私の動きとシンクロしてないか?このハムスター、まさか、まさか。
「私なのか!?」
そう、私は確かに死んだのだ。そして、どういう訳なのかハムスターとして転生したのだ!元の魔力の影響か、なんか喋れるけどハムスターだ。この世界では多少魔力を備えていれば草でも花でも動物でも何でも喋る。決して珍しい事では無いのでそこは問題無いのだが。
いやにしても何でハムスター?別にハムスターである必要無くないか?最強魔導師とは言わない、せめて普通の人間として転生させてくれよ。なんて酷い仕打ちなんだ神よ…。
「…嘆いていても仕方ない、か」
気を取り直し、周りに気を集中させる。すると、うっすらと人や魔力の気配のする方向があった。このまま此処で野垂れ死にするのは勘弁だ。人の居る場所へ行こう。
てちてちと気配の方向へと歩みを進める。くそ、なかなか一歩が小さくて進まないな。イライラしながらてちてちする事、大体一時間くらいだろうか。だいぶ進んだ気がするのにまだまだ森は開けない。段々と腹も減ってきた。視界がぼんやりする。
「あー…もうダメかも…」
フェードアウトしていく五感。完全に意識が消える直前、誰かの声が聞こえたような気がした。まあ多分、空耳だろう。短いハム生だったけどサヨナラ世界。次は人間でよろしく。