勇者の想い 【月夜譚No.146】
この笑顔の為に頑張ってきたのだと、そんなことを思った。
大陸の中程に位置する国。民は裕福ではないが決して貧困もしていない、穏やかな暮らしをしていた。
その暮らしが壊されたのは、三年前のこと。強大な力を持った何者かが、国内の町や村を破壊し始めたのだ。民は家を失い、命を落とした者もいた。
当然すぐに騎士団が動いたが、強大な力の前では為す術もなく、大敗に終わった。国が壊されていくのを、指を咥えて見ているしかないのかと絶望しかけたその時、立ち上がったのは一人の少年だった。
彼は生まれつき、魔法の能力に長けていた。五歳になる頃にはほぼ全ての魔法を扱えるようになり、八歳には大抵の大人に勝ててしまうほどの力を得ていた。
しかし、今までその少年の存在は知られてはいなかった。というのも、彼自身が目立つことを嫌い、両親や親族が悪意ある他の者から少年を守る為に能力のことを隠していたからである。
弱冠十五歳の少年は、国の為、民の為に魔法を使った。そして七日七晩の戦闘の末、国の脅威は倒された。
平和を取り戻した国を俯瞰して、民の笑顔に少年の口元も綻ぶ。この景色がずっと見たかったのだ。
壊されたものを直すには、まだ時間がかかる。けれど、人々の笑顔はその隙間を埋めてくれるだろう。
天へと昇っていく自身の身体に抵抗もせず、ただいつまでも、少年はその笑顔を見つめていた。