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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ジャイアント悪役令嬢

作者: 曲尾 仁庵

「ジャーハハハハッ!! 泣き叫べ、命を乞え!」


 ネオジャパン・ウツノミヤシティ、午後四時十一分。かつて『旭一丁目』と呼ばれていた場所で、一人の少女が天をにらんでいる。こぶしを握りしめ、唇を噛んで。


「脆い! 脆すぎる! 万物の霊長などと、よく言えたもんだ!」


 少女の視線の先には、車を踏み潰し、ビルをなぎ倒して嗤う巨大なトカゲの姿がある。大きさは二十メートルほどだろうか、まるで人間のように二本の足で立ち、尻尾で、腕で、街を蹂躙する。意味もなく、理由もなく。

 少女は射殺さんばかりにトカゲをにらみ続ける。トカゲに尻尾を叩きつけられたマンションの窓が一斉に割れ、無数のガラス片が降り注いだ。人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。トカゲの耳障りな笑い声が街に響き渡った。


 もうたくさんだ。誰かが死ぬのは。

 もうたくさんだ。誰かが悲しむのは。


「もう、たくさんだっ!」


 少女の叫びが哄笑を引き裂く。トカゲのカメラアイが少女を捉えた。トカゲの額には悪の天才、ドクターギアスの刻印が鈍い輝きを放っている。それはトカゲが、命を持たぬ鉄の獣であることを示していた。

 トカゲの顔が醜い笑みを形作る。トカゲが口を開いた。


「死ねよ、バーカ」


 舌先に集まるすさまじい熱量が少女に狙いを定める。少女の瞳が、悔しさに濡れた。




 かつて、二人の天才がいた。

 一人は人類に絶望し、人類を滅ぼす無数の悪魔を造った。

 一人は人類に希望を見出し、人類を守る一体の神を造った。

 悪魔は無差別に襲い、壊し、殺した。人類の生存圏は大幅に縮小し、もはや『シティ』と呼ばれる一部の都市を除いて人の生きる場所はない。そしてそのシティですら、いつ現れるとも知れぬ悪魔に怯え暮らすことを強いられていた。

 人々は天に祈る。どうか我らを救い給え。しかしその祈りに応える神は、天には存在しなかった。その祈りを受ける神は、地に、人々の傍らにある。その美しき機械仕掛けの神を、人は、悪役令嬢と呼んだ――




「君の言うとおりだ」


 そう言って、少年――羽田由太郎(はたよしたろう)は、少女をその背にかばうようにトカゲの前に立ちはだかった。少女が驚きと、そして羽田少年に迫る死の予感に息を飲む。トカゲの口から放たれた熱線が大気を歪ませながら羽田少年に襲い掛かった! 羽田少年は両手を前に突き出す。手首に着けた腕時計の文字盤が輝き、羽田少年の前に光子力フィールドが展開する!!


「僕たちはもう充分に苦しんだ。だから悲しみは、もう終わりにしなければね」


 羽田少年は少女に微笑みかける。光子力フィールドは熱線を見事に遮り、役割を終え光の粒となって風に散った。少女は呆然と羽田少年を見つめる。羽田少年はトカゲを鋭く睨み据えると、右手の腕時計――時計型コントローラーに向かって叫んだ。


「悪役令嬢、来いっ!」


――ゴゴゴゴゴ


 静かな怒りを表すように、大地が鳴動する。宇都宮城富士見櫓の屋根が左右に開いた。背のロケットがうなりを上げ、その巨体を空へと舞い上げる。

 全高十八メートル、総重量二十二.八トン。その姿はまさに、大地に(そび)える(くろがね)の城。圧倒的な質量を伴い、今、機械仕掛けの女神が宇都宮の地に降臨する――


「現れたな悪役令嬢! 人類最後の希望! つまり、お前を倒せば人類はお終いってことだよなぁ!?」


 ズゥン、と音を立て、悪役令嬢は地面に降り立った。その重さに耐えかね、足元のアスファルトが砕ける。身構え、下卑た笑いを浮かべるトカゲの顔を、悪役令嬢の蒼いカメラアイが捉えた。


「それは違うな、命なきケダモノよ」


 羽田少年は不敵な笑みでトカゲに答える。


「悪役令嬢がいる限り、人類に終わりはない、ということだ」

「おんなじことだろうが! 今日、ここで、悪役令嬢(コイツ)はスクラップになるんだからよぉ!」


 トカゲは悪役令嬢との間合いを詰める。尻尾が独立した生き物の如くうごめき、悪役令嬢に襲い掛かった。羽田少年が時計型コントローラーに叫ぶ。


「パンチだ、悪役令嬢!」

「ま゛っ」


 少年の声に応え、悪役令嬢が右肘を大きく後ろに引き、上半身をひねった。キリキリと鉄の身体が軋みを上げる。たわみ蓄えられた力を一気に解放するように、悪役令嬢は鋭く拳を放った! 大気を切り裂き、悪役令嬢のパンチがトカゲの尾を迎撃する。トカゲの尾は抉れ、ひしゃげ、砕かれて、無数の部品の残骸となって地面に落下した。周辺にいた人々から悲鳴が上がる。


「ちぃっ!」


 忌々しげに舌打ちをして、トカゲが悪役令嬢から距離を取る。羽田少年は再び悪役令嬢に指示を飛ばした。


「小悪役令嬢を射出。市民の安全を確保」

「ま゛っ」


 悪役令嬢の腹部が開き、中から小型の悪役令嬢が次々に姿を現す。小悪役令嬢たちは優雅に地面に降りたつと、テキパキと、しかし気品に溢れた立ち居振る舞いで周辺の市民を安全な場所に誘導する。


「小悪役令嬢、要救助者をスキャン。生命維持が最優先だ」

「み゛っ」


 小悪役令嬢の数体が市民の誘導から外れ、がれきの撤去と要救助者の捜索を開始した。


「けぇっ! くだらねぇことしてやがる! どうせ全員すぐ死ぬってのに!」


 悪態をつき、トカゲは大きく息を吸いこんで胸を膨らませると、口からどろりとした液体を射出した! 羽田少年が叫ぶ。


「悪役令嬢、エレガントパラソル!」

「ヨクッテヨ」


 悪役令嬢が右手を前に突き出すと、手のひらに小さな穴が現れ、金属製の棒のようなものが飛び出した。飛び出した棒を悪役令嬢が握り込む。すると棒の先端から細く尖った十二本の金属の骨組みが傘のように広がった。骨同士が共鳴し、淡い光を放つ。発生した光子力が防御フィールドとなって悪役令嬢を覆った。トカゲの吐いた酸性粘液はエレガントパラソルに遮られ、バチバチと音を立てて蒸発する。

 悪役令嬢の足元では小悪役令嬢たちが同様に小さなエレガントパラソルを展開し、住人たちを、悪役令嬢から逸れた酸の雨から守っていた。酸性粘液が蒸発する際に発生した異臭に顔をしかめ、羽田少年はトカゲに怒りと決意を込めた眼差しを向けた。


「それをさせないために、悪役令嬢はいるんだ」

「……おもしれぇ」


 トカゲは長く醜悪な舌をだらりと下げ、悪趣味な笑いを悪役令嬢に向けた。


「その言葉、証明してもらおうか。オレは今から最大最強の技、プラズマブレスをお前にくれてやる。その温度は軽く一億度を超える、まさに地獄の業火よ。まともに喰らえば悪役令嬢といえども一瞬で蒸発だ。だから避けてもいいんだぜ? ただし、避ければお前の後ろに広がるウツノミヤシティの半分が消滅する」


 ケケケと喉を鳴らすトカゲを、しかし羽田少年は冷静に見据えた。彼は悪役令嬢に呼びかける。


「悪役令嬢、ファイナルモード」

「ま゛っ」


 悪役令嬢の光子機関が躍動し、激しい鼓動を刻む。生み出された大量の光子は悪役令嬢を衣の如く包み、その身体は黄金に輝く。悪役令嬢はわずかに身体を沈めて半身に構えると、狙いを定めるように左の掌をトカゲに突き出し、右肘を限界まで後ろに引いた。その様は気を研ぎ澄ませて弓を引き絞る姿に似て、静謐な気品と強さをうかがわせた。


「やる気だな。さすがは正義の味方。ならばお望み通り、蒸発して死ねぇ!」


 トカゲが大きく広げた口内にまばゆい白が膨れ上がる。羽田少年は静かに悪役令嬢に告げた。


「フィナーレだ。悲しみに幕を引け、悪役令嬢!」

「トウゼンデスワ」


 悪役令嬢のかかとにローラーが現れ、背中のロケットが水平に持ち上がった。トカゲの口から放たれたプラズマブレスが奔流となって悪役令嬢に迫る! ロケットが火を噴き、悪役令嬢は刹那に音速を越えた。悪役令嬢の黄金の拳が灼熱の悪意を切り裂き――


「ば、ばかな……!?」


――トカゲの胸を、貫いた。トカゲの背から突き出した悪役令嬢の手には、赤黒く脈動する機械獣のコアが握られている。悪役令嬢はトカゲから腕を引き抜いた。コアにまだつながっていた数本の配管がちぎれ、部品がパラパラと地面に落ちる。


「……ジャハハハ…ハ……」


 空洞になった自らの胸に手を当て、トカゲはか細い声で笑った。そのカメラアイは、どこか憐れむような光を宿して悪役令嬢を見つめる。


「……オレを倒したところで、滅びの運命が覆ることはない。ドクターギアスの絶望は、お前たちの想像のはるか及ばぬところにある。世界の終わりは確定している。今日生き延びた喜びは、明日の死によって塗りつぶされると覚悟しておけ。……ジャハハハハ、ジャーハハハハハハッ!!」


 悪役令嬢の蒼いカメラアイは何の感情も宿さず、トカゲのコアを持つ手に力を込めた。ガラスが割れるような澄んだ音を立て、コアが砕け散った。それを合図にトカゲの身体が爆発四散する。


「ドクターギアスに祝福あれ!」


 トカゲの断末魔が響き渡る。羽田少年はわずかに目を伏せた。悪役令嬢はトカゲの残骸に背を向け、冷徹に呟く。


「ゴメンアソバセ」


 夕刻の太陽がウツノミヤシティを赤く染める。命のように。悲しみのように。




「……行ってしまうの?」


 夕焼けの中に佇む羽田少年に、少女は声を掛ける。羽田少年は少女を振り返った。その顔はまるで悲しみを隠すかのように優しく微笑んでいる。


「機械獣に苦しめられているシティは他にもあるから」


 小悪役令嬢たちを回収し終わった悪役令嬢が羽田少年の傍らに膝をつき、右の掌を差し出した。羽田少年はその上に乗り込む。


「あの、……これ」


 少女はためらいがちに、手に持っていた袋を差し出した。羽田少年は不思議そうに少女を見つめる。


「これは?」

「宇都宮餃子。おいしい、から」


 羽田少年は一瞬、ためらいの表情を浮かべた。機械獣の脅威に翻弄されるこの世界において、食料は気軽に他人に分け与えられるものではない。しかし羽田少年はすぐに表情を和ませると、丁重に袋を受け取った。


「ありがとう。大切に頂くよ」


 少女の顔がほころぶ。羽田少年は宝物を扱うように袋を胸に抱いた。悪役令嬢がゆっくりと立ち上がる。はるか頭上にある少年に向かって、少女は声を張り上げた。


「助けてくれて、ありがとう!」


 羽田少年は小さく首を横に振る。悪役令嬢の背のロケットがごうとうなり、羽田少年を空の彼方へと連れ去った。あっという間に姿は見えなくなる。寂しさを感じる時間も与えてくれないほどに。


「……どうか、無事で……」


 少女は羽田少年に掛けられなかった言葉をつぶやいた。羽田少年の瞳は、同情も、共感も、無言のうちに拒んでいた。あの少年はこれからも独りで戦い続けるのだろうか? すべての悲しみを背負って、たった独りで。

 少女は少年の消えた空をじっと見つめる。悪役令嬢の航跡をなぞる飛行機雲が、ウツノミヤシティの夕暮れの空に伸びていた。




 かつて、二人の天才がいた。

 一人は人類に絶望し、人類を滅ぼす無数の悪魔を造った。

 一人は人類に希望を見出し、人類を守る一体の神を造った。

 機械獣と呼ばれる悪魔は世界を蚕食し、人々に絶望を振りまいている。それに対抗しうるのは、機械仕掛けの美しい女神のみ。悪役令嬢を駆り、少年は戦い続ける。人類を、世界を守るために。そしてドクターギアスを、彼の父を、殺すために。過酷な運命は少年の心に、深くその牙を突き立てていた――

【次回予告】


 コントローラーが奪われた! 機械獣四天王のひとり、『奸智』のモスキートの策略が、悪役令嬢を冷酷な破壊神へと変える!


「しょせん悪役令嬢は命令に従うだけの道具に過ぎん! 善いも悪いもコントローラー次第よ!」


 モスキートの命令で街を破壊する悪役令嬢。蒼いカメラアイからこぼれる冷却水に、少年は、何を想う――


 次回、ジャイアント悪役令嬢第二十二話。


 『絆』


「なぁ、由太郎。お前にとって悪役令嬢は、ただの戦いの道具なのか?」


 乞う、ご期待!


 なお、来週のこの時間は巨人対阪神戦のナイター中継のため、ジャイアント悪役令嬢の放送はありません。今後の放送予定については新聞、または各種テレビガイドをご覧ください――


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[良い点] 拝読しました。 めっっちゃくちゃ面白かったです。 笑いました。くすっとではなく、はははあっっと大笑いです。真面目に全力で面白い(くだらない? ←失礼)ものを書こうとする曲尾さんに乾杯です…
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