虚栄
前回、昔話に耽った事を書いたせいか最近、昔の事を思い出すようになった。その中でひとつ書きたい話があったから今日はそれを書こうと思う。
もはや俺がいくつだったかも思い出せないが乾いた空と秋めいた風を覚えている。
その日は友人数人と住宅街の公園で集まって子供らしく、隠れんぼやら鬼ごっこやらをやっていた。
ある時、坊ちゃん刈りの子供がこんなことを言い出した。
「お店屋さんごっこをしよう」
いつもの遊びがマンネリ化していた子供らは全員がその提案を承諾した。
子供らの中で一番背の高いやつが「お店を開くなら品物が必要だ」と言った。俺らは全員子供だった、だからこそ子供らしい低レベルの遊びを嫌った。やるなら大人たちがやっているものに近づけたい。皆皆一斉に家に帰って菓子や本や玩具を持ってきて、数十分もしない内には商店街に店一つ構えられるのでは無いかと言うほどの商品が集まった。
次に眼鏡をかけた奴が言った。「物を買うにはお金がいる」しかしこれに至っては本物を集めてくる訳にもいかない。各々ノートを一枚破って、それを丁寧に切り分け、百円から千円までのお金を作った。そのお金は均等に数十人の子供に分けられた。
そうしてついに俺らのごっこ遊びが始まった。皆公園の端から端まで至る所に店を構え、菓子や玩具を売る。ある子供は自作の漫画を、ある子供は紙芝居を。宿題を代わりにやるなどと言っていた店は初日で無数の子供が押し寄せて、それから見なくなった。
俺は最初に配られたお金を持って贅沢の限りを尽くした。片手に飴を舐めて買った漫画を読んで、他の子供が提供する娯楽を見て回る。
そうすれば当然の如く、金が尽きる。また何か買うには金を稼がなければならない。しかし俺は決して店を構えなかった。
常に搾取する側でいたい。他人に頭を下げてまで自身のものを渡すなんて当時の俺には何よりも恥ずかしく滑稽なものに思えてしまっていたのだ。
しかし、ずっと金を使って遊び倒したいとも思う。欲とプライドがせめぎ合い勝者でないまま、翌日になった。その日もごっこ遊びは続いていた。
俺は無一文で公園を歩いた。昨日買った飴も本も今は指をくわえて見ていることしか出来ないと思うと寧ろ今の方が情けない気がして、やはり店を構えようかと言う心が表に出始めた頃だった。
公園の一番隅で商売をする子供がいた。その子供は俺らの中でも有名な貧乏な家の子だった。
だから家から菓子などを持ってこれるわけもなく最初に分けられたお金で他の子供の店から商品を買い、それを買値より少し高く自分の店に置いて何とか無一文にならずに済んでいるようだった。
俺はしばらくそいつを見ていた。偶に通りかかる子供に必死な顔で買ってくれとせがむそいつの姿を見ていたら悪寒が走った。
到底、店を起こそうなんて気は無くなった。
だが日に日に俺の欲は強くなる。このごっこ遊びも日が経つにつれて肥大化し、遂には他校の子供も集まる程になっていた。しかし俺は無一文のまま、物欲だけが高まっていく。お小遣いも僅かだった俺は実際の店で腹いっぱい買える訳が無い。
ともすればここの公園でどうにかするしかないのだが、店を構えたくもなければ乞食なんてまっぴらだ。盗みも考えた、しかし一回他の店から品を盗んだ奴が囲まれて憎まれ口を吐かれている姿を見た俺はその考えを振り捨てた。
毎日、最初の頃、豪遊した感覚を忘れられずに公園を回る。決して一文無しだと悟られないように偶に品物を吟味する様子を見せたり気に入らないと首を横に振ったりする。表面だけ繕ったって心は困窮したままだった。
ある朝、俺はニュース番組見ていた時、ゲームセンターで偽札を使おうとしたやつが捕まったと言う話を聞いた。一聴してピンと来た。俺はなんて賢いんだろうとこの時ばかりは自身の無い才能を何回も撫で回した。
偽札を作ればいいのだ。大人の世界ならバレるかもしれないが子供の目ならいくらでも騙せるだろう。
自身のノートを破って記憶を頼りに一番高い千円を描く。何せ最初金を作った時もこうして手書きで書いたのだ。一枚一枚出来が違うし新しく描いたってバレるわけが無い。
次の日、数十枚の千円を持って公園に行った。初日行った飴を売る子供の店でそれを使う、その時ばかりは鼓動も早くなったが子供の目は所詮だった。笑顔で俺にお釣りと飴を渡してきた。
そして俺は公園一の金持ちになったのだ。
毎日、金を描いては公園で菓子を買った。ゲームをした。漫画を読んだ。大人の言う勝ち組とはこのことを言うのだと体を持って実感した。
アイディアひとつで豪遊できる。店で金を稼いでいる奴らが須らく滑稽に見える。馬鹿な奴らはああやって金を稼がないといけないのか。哀れ哀れ。
まぁそんな生活も長く続く訳が無い。毎日金を作って使っていれば当然の如く、皆の金が潤う、すると商品が売れる、子供の持つ商品なんて限りがある、値段がどんどん上がっていって遂にはひとつまたひとつと店が公園から姿を消した。
この頃ちょうど、このごっこ遊びの熱も覚め始め、遂に公園には誰一人集まらなくなった。
俺はカバンに紙を詰めて、公園に立っていた。誰か来るかもしれないなんてこの時は思っていた。
しばらくして公園の近くを見慣れた顔の子供が通った。俺はそいつに店はどうした?やらないのかと問うと白けた顔でこう言った。
「もういいよ、僕は塾があるから」
そいつが去った後、俺はカバンに詰めた千円価値があった紙切れを両手で空に放った。
こんな面白いことをそうそうに辞めるなんて馬鹿な奴らだと笑った。
北風が放った紙をまるで雪のように運んでいく。見ている俺は虚しさだけだった。
他の奴らはきっと、このごっこ遊びで社会で生きていく術を学んでいたんだろう。そんな中、俺はせっせと偽札を描く腕だけを磨いていた。
未だに俺はその時から足踏みしたまま、先に進んでいないんだろうと思う。