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はしがき

今宵は網戸越しに見える月があまりにも美しく見えたから、不意に小説を書こうと思った。

似たような思い付きから様々なものに手をつけてきた俺だが未だ小説というものを書いたことがない。勝手を知らず、書きたい題材もないからまずは自身のことを言葉にしてみようと思う。調べた所、私小説と言うらしい。

俺という下らん非才がこれまで生きてこれた処世術…非才理論とでも言おうか。そんなものでも下手なピエロ位には人を楽しませられるかもしれない。乾いた自己顕示欲を満たすにも丁度いい。

俺は過去に捨てた思い出を今更大事そうに掘り出し始めた。


まずは自分のことから語ろうか。昔からどの分野であれ、人より秀でた才能を咲かせたことは無い。特技は?と聞かれ俺の口から出る言葉は決まって睡眠だ。俺が戯け笑ってそう言うと反応は人様々、笑い返してくれる奴もいれば勝手に憐れむ奴もいる。ただ俺はどちらも尖った自尊心で刺し殺してやりたい思いを抱えて愛想笑う。

俺には才能がなかった。何をやっても凡の凡。指を刺されて笑われるほどならまだいい、程々には出来てしまうからタチが悪い。常に他人から見て背景に溶け込むような色の無い人間だったのだろう。

俺には才能がない。ある日教師にそう言った。すると教師は「お前は才能が無いと言うがそもそも努力をしているのか?水をやらなきゃ花が咲かないのと同じだ。努力をしなければ才能は現れないぞ」俺はこの教師が何も分かってないと心中嘲笑した。

俺には才能が無いのだ。それはつまり努力する才能も無いという事だろ。努力できる人間なら特技は睡眠だなんて寝ぼけた事など言わず、努力だと胸を張って言ってやれるんだ。羨ましくて仕方ない。

俺には才能が無い。俺がそれに気がついたのはもう高校卒業間際だった。自らそれを突きつけた時は自分の将来が闇に落ちたのを全身で感じた。

しかしまともな人間なら非才を受け入れ、自分が出来る精一杯を尽くして生きようと思えるんだろう。俺はそんな都合よく出来ていなかった。

俺には才能が無い。ただ、人一倍自尊心が強かった。幼い頃から他人に負けなくない、他人より優っているものを掲げて他を蔑みたい。今も昔も非才の俺を慰めるのは自分より下の奴が慌てふためく姿だった。

しかし最近は俺より下の奴が中々居ない。同年代の奴らを見てみる。例えある分野で俺が上でも他で圧倒的差をつけられている事が常だった。

ならばと年下を見てみる。極端に乳母車に乗る赤ん坊と俺を比べる、全てにおいて負けることは無いだろうがただ一つ、一寸先は闇の将来を持った俺ではこれから何でも出来る赤ん坊には敵わない。

自尊心を癒すものが無くなってきた俺が最近、救いを求めて見るものがある。夕方の報道ニュースだ。政治や天気にはてんで興味が無い。俺が見るのは犯罪関連で逮捕された奴のニュースだ。

殺しや盗み、性犯罪や薬物乱用。ここには俺より下の人間擬きが流れるように紹介される、ニュースキャスターが淡々と事件の概要を語る。俺はそれを聞いて罵倒、嘲笑、叱咤、様々な武器を持って乾いた自尊心を潤す。

しかしこの方法は数分後、我に返った自尊心で更に自尊心を痛めつけることになる。何せ犯罪者と比べてるんだ、上っ面では正義感とやらを振りかざして犯罪者を罵ってはいるが、本当は利己的感情の為。

己の為に他人を貶めているという点においてはその犯罪者共と何ら変わらないじゃないか。

自分を俯瞰して見てみるといつもそう思って惨めな気になる。しかし俯瞰された俺の方は変わらずニュースを見ては犯罪者を罵る日々だ。

どうしてこんな生きづらい性格を持って生まれてきてしまったのか俺には到底分からない。この際犯罪者に堕ちることが出来れば、地の底に落とされれば自分を変えることが出来るかもしれないが、俺には才能が無い。勿論、真人間の道から外れる勇気という才能も、無い。

俺には才能が無い。俺には才能が無いのだ。

だからきっと生きていく才能も無いんだと思う。


今、雲ひとつ無い夜空からの淡い月明かりで、庭の彼岸花が枯れていることに気がついた。興味が逸れた、続きは明日にする。

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