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僕はわがままで 人間を裏切った  作者: しーしい
第三章 交差
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第一節 飛竜グレイイン

三章始まります。綺亜とリシャーリスの運命は交差して、離れて行きます。

 タスク河岸で、グレイインは朝の上昇気流を掴んだ。高度を上げた飛竜は旋回しながら、魔王城と城下であるイアン市に長い影を落とす。


 グレイインは魔王レンの乗騎である飛竜だ。まだ若い飛竜と聞くが、全長三十五メートル、全幅五十メートルの巨体が数十年で育つ訳はなく、齢は千に近い。


 「綺亜、寒く無い?」


 前の(くら)に立ったレンが風防眼鏡を調整しながら聞くが、今更遅すぎた。


 「寒い」


 早朝に、僕とレンは魔王城の飛竜の塔からグレイインに乗って飛び立った。

 今朝は北風が入って空気が冷えており、下着の数を一枚増やしたのだが不十分だった様だ。


 僕が人間を裏切ってから二週間ほどしか経っていない。ほぼ一週間の訓練で、飛竜を使った任務に臨むのは相応に急ぎの用事があるからだ。


 魔王城には何故か(・・・)僕の身体にぴったりと合う臙脂色の鎧があったので、それを身に着けている。鋼の小札(こざね)を臙脂の紐で繋いだ古風な鎧だが、残念な事に胸甲に比べて風通しが良すぎる。羽織った革製の上着を持ってしても、寒さは緩和出来なかった。


 「戻ろうか?」


 レンは鞍の座面に座ると把踏桿(はとうかん)に手を戻し、心配そうな顔をして振り向く。


 飛竜の(くら)は馬の(くら)とは全く違う(と言える程度には、僕は馬の騎乗を覚えさせられた)


 馬の場合、背に(くら)を乗せ、(あぶみ)に立ち、手綱(たづな)で操る。


 飛竜の場合、首に(くら)を縛り付け、突き出された四本の把踏桿(はとうかん)に両の手足でしがみ付く。


 十分に育った飛竜は騎手二名で騎乗するが、その場合(くら)は縦列で互いに身体が重なり合うほど近距離で乗る(馬の二人用(くら)よりは密着していない)


 「レンが問題無いならば、僕も平気だよ」


 どきりとする程耳元で、僕は意思を伝えた。


 レンは不可侵の存在だ。寒くても凍え死ぬ事はない。レンの鎧も風通しの良い古式で作られており、レンの妃で同様に不可侵の存在と成った僕の軍装もそれに習っているだけなのだ。


 「今仕立てている物は直してくれるかも」


 「レンの物と大きさだけが違っていた」


 今身に着けている鎧は、上等だが装飾を欠いているので仮の物である。正式な物は手間のかかる細工を施すので、数年がかりの予定で作り始めた。

 魔王と、魔王の妃である僕の装備に差を付ける訳には行かない。

 不可侵の身体を持つ魔界の支配者と成るのは、決して楽では無い様だ。


 「でも私のを塗り直す際に、対の意匠で追加の蒔絵(まきえ)を施したいと……」


 グレイインに乗っても寒く無い軍装は望みが薄い。



 グレイインは速度を増して、イアン市の外港であるテンセン市の湾口に出た。

 少し首を上げるとその縦長の瞳孔で、レンの顔色を窺う。


 「グレイイン、予定通りに月を通り抜ける」


 レンの言葉はグレイインには聞こえていない。実は騎乗している飛竜に指示する方法は少ない。

 飛竜は高度な知性を持ち、魔族語を解する。今回の冒険について、すなわち月を抜けて魔界と人間界の間を飛び越える挑戦について、グレイインと一週間以上も打ち合わせをしてきた。


 しかし飛行しているグレイインは後方の音がよく聞こえない。また馬と違ってハミを噛まず、手綱(たづな)を付けられない。

 グレイインは必要な時に目線を向けてくるので、それに応じたジェスターや口の動きで指示を伝える。グレイインとの飛行は高度な共同作業だ。


 紫水晶の剣を回収するのが今回の任務だ。

 放置しても良いはずなのだが、残念ながら紫水晶の剣が僕を呼ぶ。

 荒涼としたカイラル山山頂に放置した紫水晶の剣を、何度も思い出す(・・・・)。この世界の神々や水晶剣の意志に逆らわない方が良い。

 世界の滅びを確定させた者として、回収は避けられない運命にある様だ。


 紫水晶の剣は、人間界にある三本目の水晶剣だ。予備の水晶剣で使い手の資格は勇者とされている。僕は今でも聖剣の主であるので、紫水晶の剣の潜在的な主でもある。


 紫水晶の剣が存在するカイラル山は未踏峰だ。しかもかつて人間がそれを得ようとした試みのせいで、垂直に切り立った孤立峰に成っている。


 今は飛竜のみがカイラル山に登れるが、人が乗れる飛竜は人間界には生存していない。

 しかし、魔界の飛竜が通れる大きさの転送座は形成出来ない。月を通して魔界と人間界の間を通り抜ける方法が唯一の手段である。


 「綺亜、いい?」


 「構わないよ。それに僕の用事だ」


 寒さに身を小さくしながら、(くら)の座面の心地よい場所を探す。

 (くら)の右側にはレンの黄水晶の剣が固定されているが、左側にはもう一本の水晶剣を固定する架台が作られている。今は紫水晶の剣に流用する聖剣の(こしらえ)が入っている。


 運命が支配するこの世界で、何故と問うのは無粋かも知れない。


 僕がレンの妃と成って以降、倉庫からあつらえ向きの鎧やら椅子やら冠が発見された。

 始まりの時より十万年紀の間、魔界の支配者は魔王レンただ一人しか存在しなかったにも関わらずだ。


 ともかく最初から二本目の水晶剣の架台は存在した。

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