表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/44

婚約破棄という前提 九



 だからだろう。脳裏にそれが閃いたのは。

 悪魔の囁きにも近いはずなのに、最良の案だと思えたのは。



「……キリエ。よく聞け」



 髪を梳きながらゆっくりと言葉を紡ぐ。いやに喉が渇いたが、生唾を飲みこんでごまかした。



「確かに、お前は尽くしてきた婚約者に捨てられた。カルブンクルス王にも罪人の烙印を押された。今のお前には何も残っていない」


「……」


「だが本当にそうか? お前にはたった一つだけ、残っているものがあるだろう」


「…………え?」



 キリエの顔が緩慢に上向いた。泣き腫らして真っ赤に染まった双眸がアルシュを映す。

 涙に濡れた頬をそっと片手で包んだ。逸らすことは許さないとばかりに覗きこむ。



「今、お前の目の前にいるのは誰だ? ん?」


「…………アルシュ……」


「そうだ。お前の、キリエの親友で悪友で、きょうだいのようにともに育ってきた幼馴染だ。そして、私はサプフィールの王族の人間でもある」



 アルシュは笑みを作った。それは悲しみに暮れた者を慰めるものではなく、悪どいことを思いついた悪い大人の顔だった。



「今の私の身分は『姫』だ。何もかもを失って、王子ではなくなったお前よりも偉い。だから、命じようではないか。──キリエ、自害するくらいなら私の国に来い」


「え……」



 目に見えてキリエが戸惑った。

 抱きこんだせいで髪型が崩れ、前髪が額にかかっている。元々の童顔もあいまって迷い子のようだ。

 そういう表情は相変わらず可愛い。脳裏の端で思いつつ、アルシュはさらに言葉を重ねた。



「言っておくが、返事は『はい』か『イエス』しか受けつけないからな」



 強引な言い草だとは、アルシュ自身も理解している。だが力づくででも目の届くところに置いておきたかった。

 これ以上にないほど不安定になっている幼馴染を、敵陣と化したこの国に置いたままにはできない。例え牢に閉じこめられたままだとしても、目を離した隙に呆気なく命を絶つだろうから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ