婚約破棄という前提 三
そんなごく常識にケチをつけて恥をかいたら満足するかと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
「それに、私の療養中もろくに顔を見せなかった! 見舞品と称して送りつけてくるのは毒花ばかり! そんなに私を殺したかったのかしら!? 冗談じゃないわ!」
冗談じゃない、はこちらのセリフだ。
キリエの両親、前国王夫妻が亡くなった原因は、不遇にもエメと同じ流行り病だ。急逝のため、ろくに引き継ぎの準備も進んでおらず、王の座を継いだ兄ともども忙殺される日々を送らざるを得なかった。普段の仕事に加え、兄が受け持っていた分もこなさなければならなかった。
あまりに多忙すぎて、両親の死を悼む余裕すらなかったらしい。ようやく落ち着いてきたつい最近まで、ひどくやつれた顔をしていたのをアルシュは間近で見て知っている。
同じ病で両親を一度に亡くし、愛する婚約者まで失うかもしれない、という恐怖。看病にも行けず、快復を祈り続けるしかなかった心中はいかほどだっただろう。
それなのに無理を押して見舞いに来い? わがままにも程がある。
蝶よ花よと可愛がられ、流行り病に倒れて生死を彷徨い、峠を越えてなお記憶に障害が残ってからは、貴族としての一切の責務を割り振られていない彼女がキリエを詰る権利はない。
それに、毒花を送りつけた、だって?
一体、どこの誰に何を吹きこまれたのか。アルシュは己のこめかみが引きつるのを感じた。
キリエが毎日届けさせた花は、無論毒など持たない種だ。それどころか涼やかな芳香で体の調子を整えてくれる、れっきとした薬草花である。
エメが払いのけたこの花束だってそうだ。パーティーは非常に体力を使うイベントだ。健常人でも終わった後はくたくたになる。彼女は病を乗り越えた現在でもなお、完全な健康体ではないと聞いた。薬草花の力を借りて、少しでも負担を減らしたいキリエの気遣いそのものだというのに。
そもそもこの花の種を手に入れるために、彼がどれほどの危険を冒し、労力を払ったと思っているのか。
今でこそカルブンクルス城内での栽培に成功しているが、この種は元々険しい高山の崖にしか生えていない。文字通りの高嶺の花だ。
婚約者のために危険をかえりみず命をもかけて採取し、今後のためにと尽力したキリエの優しさを、肝心の本人が疑惑の目で見ているとは。