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婚約破棄という前提 二



「エ……、エメ?」



 困惑に満ちたキリエの声が婚約者の名を呼ぶ。美しき乙女の突然の怒りに、会場は一瞬で静まり返っていた。そのせいで、低く耳触りのよい声がよく聞こえる。

 愛しいもののためにと自ら選び抜いた花々を、何の前触れもなく拒絶されれば誰だってとまどう。どうしたのか、とわけを問う。

 燃えるような緋色の髪を後ろに撫でつけ、顕にしたキリエの整った顔がみるみる曇っていった。己に対する無礼な態度に気分を害したのではなく、婚約者の内情を慮っての表情だ。

 幼い頃からの長いつきあいによってアルシュはすぐに察したが、目の前の婚約者様は違ったようだ。

 何よ、その顔。そう言わんばかりに眦がギリギリとつり上がっていく。つり目が過ぎて、最早不細工の域にあった。仮にも公爵の称号を冠する御令嬢が作っていい顔つきではない。

 そして、エメはビシリと人差し指を突きつけた。指先が指し示したのは、アルシュである。



「婚約者である私を放っておいて、どこの誰かもわからない女をエスコートしているなんて、一体どういうつもりかしら!?」



…………はい?


 突飛な言葉に目が丸くなった。何を言い出すのか、この人は? そう思ったのはアルシュだけではない。キリエも、周辺の貴賓達も同様だろう。

 王族貴族の婚約パーティーや結婚式においては、主役は異性の肉親にエスコートしたりされたりしながら相手と顔を合わせるのが一般的である。

 しかし半年前に両親を亡くし、きょうだいも兄が一人のみであるキリエには姉も妹も存在しない。

 苦肉の策として白羽の矢が立ったのが、家族ぐるみでつきあいのある幼馴染のアルシュだ。キリエとはお互いきょうだいのような感覚であるし、アルシュも一応『姫』である。身分的にもつり合っている。

 アルシュがキリエの腕に手を添えっぱなしにしているのも、それが上流階級では正しい作法と定められているからだ。断じて男女の仲を疑われたり、なじられるようなことではない。

 むしろ、主役が互いにエスコートしたりされたりする方が異常である。婚前から肉親なしで寄り添い合うのは、ふしだらだ。


 しかしエメはそう思わなかったらしい。ふと、彼女の近状情報が脳裏を過ぎる。

 そういえば流行り病による後遺症で、王族貴族の常識と今までの記憶が一切飛んでしまっているのだったか。それでこんな当たり前なことも知らなかったのだろう。キリエがエスコートしていいのは、妻となる自分だけだと思いこんだらしい。

 誰か彼女にそこら辺の常識を教えなかったのか。アルシュは呆れた。

 失った常識を補強するために世話役をつけていた、とはキリエを介して聞いた覚えがあるのだが。職務怠慢が過ぎやしないか。




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