婚約破棄という前提 一
「──あなたとの婚約を破棄させてもらうわ!」
これは一体、何の茶番だ。
はたき落とされた花束がぱさりと小さな悲鳴をあげた。よく磨かれた大理石の床に、空のように青い花弁が無残に散る。
この時のために慈しまれ、大事に大事に育てあげられた努力の結晶が、ガラスのように透いたヒールに潰された。踏みにじられて、断末魔の代わりに薫る最後の芳香。微かに漂うそれに、カッと怒りで目の前が焼かれるような錯覚を覚える。
そばであれこれ助言していたアルシュですら激しい憤りを覚えたのだ。隣に立つ幼馴染のキリエが、今にも倒れそうなほどに顔を青ざめさせているのも無理はない。
カルブンクルス王国の第二王子キリエとアダマース国の公爵令嬢エメの婚約が、満を持してついにお披露目となった。
会場に選ばれたのは、婿側のキリエが身を置くカルブンクルス王城のホールである。この日のために床や窓がすみずみまで磨かれ、色鮮やかな花で飾りつけられ、目でも舌でも楽しませる料理がこれでもかとばかりに並んだ。
盟友国より馳せ参じた貴賓は多かった。家を三つ建ててもまだ余裕がある広さを誇る空間が、仕立ての良いドレスと礼服で過不足なく埋まるほどには数がいた。
事は、本日もお日柄よく、とパーティーの始まりが告げられた直後であった。
「いい加減にして!」
喉を裂かんとばかりに、大音声の金切り声が突如ホール中に響きわたる。
当然、貴賓達は何事かと目を向けた。一瞬にして四方八方から注目を浴びたのは、主役の片割れである公爵令嬢エメである。
彼女の祖国アダマースでのみ採掘される希少な宝石ダイヤモンドをふんだんにあしらった純白のドレス。プラチナブロンドの波打つ髪は美しくまとめあげられ、瞳と同じ淡いピンク色の髪飾りがアクセントをつけている。
最高峰の化粧を施した顔は『光の乙女』の通り名にふさわしい汚れなき麗しさを体現していたが、その表面に乗った表情は決して穏やかとはいえなかった。
憤怒の形相でせっかくの美貌を台無しにした彼女が睨むのは、もう一人の主役である第二王子キリエと、その隣に並び立つアルシュ。
場面はちょうど、左腕に手を添えたアルシュと共に歩み寄ったキリエが両手に抱えた花束をエメに贈ろうとし。強烈な叫び声とともに荒々しくはねのけられ、床に取り落としたところであった。