どうでもいいからランチしてた
細かいところはフィーリングでサラッと読み流してくださいまし。
こちらは前作『そんなことよりランチにしたい』の続編にあたりますが、奇を衒ったオチなどは一切ありません。予めご了承ください。
お馬鹿さんが意外と人気でレギュラーをもぎ取った記念のような、そんなささやかな馬鹿話であります。
馬鹿な子ほど可愛い。
そんな錯覚をご存知でしょうか。ええ、きっぱりと錯覚です。敢えて断言致しましょう。
錯覚ですわ、そんなもの。
或いは一時的な錯乱でしょうか。どちらにしても碌なものではない勘違いにして思い込み、馬鹿で手の掛かる子供ほど愛おしいと思わなければやってられないくらい兎にも角にも腹が立つ―――――少なくとも、私にとっての婚約者は、この王国の王子様とやらは、そういう類の存在でした。ええ、本当に業腹なことに。
とは言え、その王子様とやらは今まさに、私の目の前でしょんぼりと通り雨に降られたずぶ濡れの捨て犬よろしく辛気臭い顔で項垂れている真っ最中なのですけれどね。ほほほほほ、あー、いい気味。
「改めまして………毎度ご迷惑をおかけします、フローレン」
「まったくでしてよ。反省なさって」
謝罪は寛容に受け入れて、これ見よがしに溜め息をひとつ。
感じる愉悦はころころと喉の奥で転がるくせに、お高く留まった私の声は随分とまぁ刺々しいふうに発音されるからまったくもって驚きです。我ながらすごいわ。何かしらこれ。地味に特技と誇った方がいっそ面白いかしら? などとくだらないことを考えつつ、ソファにふんぞり返ったついでに豊かな胸を張ったりします。ここぞとばかりに嫌味を込めて力一杯見下しますわよ本当にこの馬鹿王子。
「レオニール殿下。私は再三申し上げましたでしょ? 貴方は仮にも王族ですよ? そんなこともお忘れですか? 権力振り翳してふんぞり返って威張り散らして馬鹿やらかすことだけは忘れないくせに大事なことばかりすっぽ抜けるとはどういう脳構造をなさっておいでで? それとも能無しなんですの? 違うでしょう? ええ、忘れっぽいだけですのよね。不肖ながらこの私、婚約者として長い付き合いですからちゃぁんと分かっておりますとも。はい、では三歩あるいたら記憶を失くすと評判の鶏さんよりお可愛らしい記憶野を持つ殿下にもう一度だけ聞かせて差し上げますわね。傾聴なさい、いいですか? 軽挙妄動は控えなさい、人の話は聞きなさい、何でもかんでも鵜呑みにする前に一度誰かに相談しなさい―――――言ってるそばから耳塞いでないでちゃんと聞きなさいこの駄目王子」
「びぇっ!!!」
びぇって。びぇって貴方。
私たちの間に横たわる重厚な木製テーブル蹴られたくらいでそこまで取り乱さないでくださいな。ソファにしっかり腰掛けたままハイヒールで足を痛めないようにいい音出してテーブル蹴るのって結構技術要るんですのよ? なにせ下が絨毯ですからね。我が公爵家に相応しい毛足の長い高級品の消音効果に打ち勝つのって実は大変なんですの。分かってます? 分かってます殿下? 何ならもう一発蹴っておきます? がぁん! っていい音させますか? 私の―――ぶっちゃけ淑女にあるまじき―――足癖の悪さを知らないだなんて言わせませんわよこの馬鹿王子、誰のせいだと思ってますの本気で。
「ふ、フローレン。淑女が、テーブルを蹴るのは、よくない………行儀作法云々とかではなくそのうち足を痛めてしまうぞ」
「誰のせいだと思ってますの。三秒以内におっしゃって」
「私です。私のせいです。本当に毎度毎度毎度毎度すみませんでしたごめんなさい許してください軽挙妄動は慎みます人の話はちゃんと聞きます何でもかんでも鵜呑みにしません―――――でも今回は実行に踏み切る前にちゃんと相談したんだぞ?」
「誰にですか」
「イアンとヘンリーとザック」
「それって全員あの場で馬鹿やらかした面子ですよわね、ぽっと出の女にいいように転がされて私やそれぞれの婚約者に言い掛かりつけて悪し様に罵って婚約破棄しようとしたら論破されて逆転負けしたのに往生際悪く騒ぎ立てて、挙句通りすがりのリューリ・ベルにけちょんけちょんに言い負かされて皆様の“愛するアレッタ”とやらの秘密が公になった途端助けもせず距離を置いてすごすごと引き下がった、貴方と同じ立ち位置に居たあの情けない取り巻きABCのことですわよね!」
言い切りましたわ! ナイス滑舌。途中で何を言っているのか自分でもよく分からなくなりかけましたが概ね問題ないでしょう。どうせ長台詞過ぎて殿下は半分も理解出来ていません。でも言います。堂々と噛まずに言い切ることが大切なのです。
なお、イアンとヘンリーとザックなる高位貴族の令息たちは、彼らの婚約者にして私の学友でもあるご令嬢方がきちんとそれぞれ引き取って帰りました。というか、文字通り引き摺る勢いでにこやかに連行していましたね。どう料理するかは個人の自由ですので私そこには関与致しません。
私の担当はこの目の前に居る肩書き“王子様”ことお馬鹿さんグループ筆頭馬鹿なのでここぞとばかりに締め上げます。
まぁ、今はたじたじになってソファに委縮していますが基本お馬鹿さんなので復活も早いのですけれど。
「そういうのは“相談”ではありません。もう面倒なので言い方を分かり易く変えますわ―――――次からは私に言いなさい。返事は?」
「わかった。これからはちゃんとフローレンに聞く」
素直にこっくりと頷く彼に、仮にも王家の長子たるものがこんな様子で大丈夫なのかと今更ながら不安になります。大丈夫じゃないからこその婚約者・私なんですけれども。いろいろ修正を試みましたがこれは駄目だと見切ってからは根回しと説得の日々でした。自分で何とかした方がいろいろと手っ取り早かったのです。のびのびと育て過ぎましたかね。根は悪い人ではないのだけれど、純粋なまでの愚直さを保ち続けるある意味お人好しなのだけれど、如何せんお馬鹿さんなのです―――――それはもう、致命的なまでに。
「大体、私との婚約を破棄したとして本当にあの田舎娘と一緒になれるとでもお思いでしたの? 考えが浅過ぎるのではなくて?」
「いや? そこは一応理解してはいたぞ? あのアレッタに王妃なんか無理だとは流石の私でも思っていたし、そもそも私自身がフローレンの力添えでどうにかギリギリ王子としての体裁を保っているような存在だしな。なにせ碌な才能がない。打たれ強さは取り柄と言われるがそんなものは国を率いるに際してあまり役には立たんだろう。本当にお前との婚約を破棄していたら、王位継承権を取り上げられて何処ぞの適当な領地にでも一人押し込められただろうさ。流石に現王の直系を市井に下すわけにはいかんし、下手に種をまかれても困る。アレッタとは誰か別の者が一緒になると踏んでいた」
あら、いやだわ。意外と分かってましたのね。
余計に呆れてしまいますけど。
「レオニール殿下………そこまで読めてて、なんで、あんな馬鹿しでかしましたの、貴方」
軽い眩暈を覚えながら噛んで含める口調で問えば、お馬鹿さんは肩を竦めて「だって初恋だったんだもの」と馬鹿げたことを言い出しました。張っ倒しますわよこの馬鹿王子。
「張っ倒しますわよこの馬鹿王子」
「フローレン、たぶん心の声漏れてるぞう―――――まぁ、地位ある者として生まれ落ちながら絵本の中で見た初恋に人生を賭そうとする馬鹿は、お前のような賢い女に張っ倒された方が平和であるのは確かだが。いっそお前が王族だったらこの国も安泰だったのになぁ。苦労を掛ける。いや、ホントに」
「………あら、なんて殊勝で気色の悪い。私ども貴族の令嬢なんて見てくれだけの腐った果実では?」
「やだ………フローレンすっごい根に持ってる………」
「卵の殻と糞尿で演出された“初恋”に舞い上がって突っ走った馬鹿に『嫉妬に狂った醜い女』として断罪されかけた私ですわよ? 根に持つでしょう。普通に考えて」
「とは言ってもな、フローレン。お前、普通じゃないじゃないか」
それはおかしい、と馬鹿が言います。
「まずこんな馬鹿を見限らずに許して実家に招いている時点でもう相当におかしいだろう。お茶菓子まで出てくるとは思わなかったぞ―――――肝心のお茶が一向に出てこないからうっかり食べて口の中がボッソボソになったのだけれど、まぁ、それは置いておくとして」
この王子様は馬鹿にしては珍しく、己の力量を知っていました。己を馬鹿だと知っている、馬鹿だと認めている馬鹿でした。反省の色が見えないわけではなくその点においてだけは心の底から本当におかしいと主張している真っ直ぐさに、私は目を細めました。
「だってお前、本当に嫉妬はしていたじゃないか―――――小さい頃から持っていた玩具を余所者に取られてちょっと腹立つ、くらいの小さな癇癪だったろうが。爪の先くらいは怒っていた。なのに私たちを泳がせて、嬉々としてアレッタを煽っていただろう? わざと反抗出来る程度に」
フローレンが本気で怒っていたなら、私もアレッタも他の者も皆等しく破滅していたさ。もっと劇的な悲惨さで。
なんてこともないように、あっけらかんと言うお馬鹿さん。あまつさえ肩さえ竦めた仕草で、心の底から本当に、そうだと信じている口振りで。
事実その通りだったので、呆れて物も言えません。
「だから、それが分かってて、なんで貴方は馬鹿のまま全力で突き進むんですの………?」
「なんでって………惚れた女の子が泣いてるのに、動かない男が何処にいる。アレッタもアレッタでおかしいなと思う言動はまぁそれなりにあったものの、愛だと思っていた以上は彼女を信じてやらないでどうする」
カッコいいこと言ったつもりですか貴方。
こめかみにイラッとしたものを感じて私の掌が軋みました。頭が悪いわけではないのです。どうしようもない馬鹿ですが、根底にあるのは善性なのです。悪い人ではないのです。悪くはない、けれどけして良くもない―――――ただ思い込みが激しくて、愚直なまでに突き進んでしまうブレーキの壊れたお馬鹿さん。それがこの人。レオニール。私の婚約者たる王子様はえっへんと偉そうにやたらと胸を張っています。
「身分がどうこう言う以前にそんな腑抜けた婚約者はお前だって願い下げだろう」
「あら、素晴らしい開き直りですこと。私に婚約破棄を突き付けてきた殿方の台詞とは思えなくてよ」
「どうせ潰されると分かっていたさ。私がフローレンに勝てた試しなんてないし。それでもアレッタの気が晴れるなら構わないと思っていた」
「あら―――――貴方、私に見捨てられないなんて随分な思い上がりですこと」
いつでも見捨てて差し上げてましてよ、と意地悪な悪役のような声で高慢ちきに笑ったら、レオニール殿下は事も無げに私の顔を見て言いました。
「だろうなぁ。見捨てて踏み潰したあとで、もう一度拾って遊んでやろうという顔だ」
あら、いやだ。バレています。
珍しく察しの良いお馬鹿さんにはご褒美でも差し上げあげましょうかね。
「殿下にお見せしたいものがありますの」
ぱんぱん、と軽く手を打ち鳴らして室外に控えていた侍女を呼びます。しずしずと入室してきた古参の侍女は抱えていた箱をそっとテーブル上に置いて、恭しい所作で丁寧に蓋を取り払いました。そしてそのまま退出していきます。滑らかな流れ作業でした。
さて、残された箱の中には金色に輝くティアラがひとつ、所在無さげに納まっています。
覗き込んでいた殿下の目がぱちぱちと瞬きを繰り返しました。
「あ。これアレッタにやったティアラだ。リューリ・ベルの言った通り燃えてはいなかったんだなぁ」
「というか、普通に持ってましたわよ。あの子」
「ん? アレッタのやつ、すぐに換金しなかったのか? 狂言はてっきりそれ目的かと」
「ボイル金は希少物質ですもの、古着や古道具のように気軽にそこらで売れやしません。しかも特注の一点モノなんてあっという間に足がついてしまいますわ―――――彼女、根性は人一倍でしたけれど性格は大雑把なようで。持て余してお困りのご様子でしたし、高値で買い取って参りました。田舎娘には過ぎた品ですもの」
「押収しない優しさが怖いな」
「あんな騒ぎを起こしては―――――いいえ、どちらかと言えば染髪剤の“材料”が知れ渡ってしまった以上、学園にはもう居られないでしょうからね。遠巻きにされるやらヒソヒソ噂されるやら、既に相当肩身が狭かったようで………田舎に引っ込むと言うのなら、先立つものが必要でしょう?」
「抜け目がないなぁ、フローレン。まぁ、アレッタなら田舎に戻っても逞しく生きていくだろう」
「肥溜めに自ら突撃していくガッツのあるお嬢さんですものね」
「それ地味にトラウマ案件だからちょいちょい抉るの止めてくれない………?」
「お断りしますわ。反省なさって」
ぴしゃりと殿下の懇願を斬って箱ごとティアラを押し付けます。返されてもなぁ、と困り顔のお馬鹿さんはちらりと私の顔色を伺い始めました。箱の中身を指差して、彼は小首を傾げます。
「フローレン、これ要るか?」
―――――はァ?
危ない。危うく喉元からドスの効いた低い声が飛び出すところでした。寸でのところで堪えましたけれど、私のこめかみに青筋が浮かんだのは致し方ないことだと思うのです。ええ。本当に。こればっかりは本気で。
「馬鹿なんですの、殿下」
「だよなー。アレッタの髪に乗ってたティアラなんて流石に欲しいわけないか」
ソファに背中を預けながら当然のように嘯く彼。他意の欠片もない声でした。真っ先に気にするべき他の可能性などについては微塵も思い付いていないような、能天気極まるお気楽加減に臓腑の底が冷えていきます。
古式ゆかしい方法で染めた髪に飾られていたティアラなんて誰だって不快感を持つ、それも確かにありますけれど―――――それ以前の問題でしょう馬鹿だとは知っていますけれど何処まで果てしなく馬鹿なんですか?
何処までも配慮に欠けた発言に神経がささくれ立っていきます。婚約破棄の茶番を演じたときよりずっとずっと凶暴な気持ちで荒れ狂う感情の波を宥めつつ、ふっと肩の力を抜きました。
「………リューリさんがこの場に居たら、痛快にぶった切ってくれたのかしら」
遠い北の地からやって来た彼女―――性別が有耶無耶になるくらいに整った美貌を持ちながら、それに似合わない観察眼と鋭利なまでの洞察力と物怖じしない直球さでぽんぽんと小気味良くお馬鹿さんたちを撃退してくれた―――“狩猟の民”のリューリ・ベル。あれは嬉しい誤算でした。思い出したら気分が良くて、口元が綻んでしまった私に殿下が怪訝な目を向けています。
「なんで今リューリ・ベルなんだ?」
「そんなもの、自分で考えなさいな」
うっかりと拗ねたような物言いになってしまったのが我ながら不覚で不愉快で、私は苛立ちを隠すことなくテーブルの上に鎮座まします箱を引っ掴んで投げ付けました。勿論、目の前のお馬鹿さんにです。あまりの唐突さに悲鳴を上げてソファから落ちた馬鹿王子にいくらか溜飲の下がる思いで踵を返した私の背を、殿下の言葉が追い掛けて来ました。
「なんだ? フローレン、なんで怒ってるんだお前?」
「五月蠅い! 用は済みましたのでもうお帰りになって!!!」
ハウス!
飼い犬に命じる感覚で自国の王子様相手に吐き捨てて、私は肩を怒らせないよう苦心しながら部屋を出ました。後に残された殿下はと言えば、ティアラ入りの箱をお腹に抱えた状態で床に尻餅をついていたそうです。
まったく、お馬鹿なお間抜けさんですこと。
_________
「っていうことがあったんだけど、リューリ・ベルお前どう思う?」
「何で私に聞こうと思った?」
真顔でそんなことを聞いてくる相手にこいつ頭おかしいのかな、と心の底から湧き上がる面倒臭さをどうにか堪えて真顔で返す、私の手には具材たっぷりのサンドイッチが握られていた。
食堂である。お昼時の、がやがやと賑わう食堂である。見た目は華やか厚みはしっかりのサンドイッチセットにありついていた私の前に颯爽と現れてナチュラルに相席した挙句国家秘密を打ち明けるような雰囲気を醸しながらしょーもない話を振って来たのは、この間ここで一悶着あったレオニールなる王子様だ。
どの面下げて平然と私の前に現れやがったと舌打ちしたのにめげもしない。
「ていうかお前、なんでそんなに私に冷たいんだ? 迷惑をかけた件についてはちゃんとごめんなさいしたし、お詫びに食券一週間分デザート付きで進呈しただろう? 気前良く謝罪を受け入れて全部水に流してくれたのに、何だって今そんなにも眼光鋭いんだ。ちょ、怖い、美形の真顔怖い止めてその真顔止めて」
「ぶっちゃけた話とにかく面倒。私はただただランチがしたい。ひとりで」
「なんだろう、口調は似ても似つかないけどこの歯に衣着せない雑な感じがすごいフローレンと似てて落ち着く………」
「うわ………ここまで粗雑に扱われてるのにそう言っちゃえる神経がすごい………馬鹿だけどメンタル無駄に強い………こわ………」
「でもフローレンの方が辛辣」
「うん、薄々気付いてたけど実はフローレンさんと仲良しだろお前。一応言っておいてやるけどさっきからフローレンさんに婚約破棄迫ってたヤツが吐く台詞じゃないからな王子様」
面倒臭いから帰れ帰れ。サンドイッチを齧る片手間に虫を払う仕草で王子様を追っ払おうとしたものの、相手は頑なに首を振ってその場を動こうとはしなかった。本当にどっかに行って欲しい。さっきから周りの視線が痛い。学園にその名を轟かせる奇跡レベルの馬鹿王子が辺境民を掴まえて何をしでかそうとしてるんだと戦々恐々している気配がする。フローレン嬢は何処へ行った。
「婚約破棄とか冤罪吹っ掛けても結局許してくれたのに、全部片が付いてからなんであんなに怒ってんだろ………なぁ、リューリ・ベル。どう思う?」
「だから何で私に聞く………?」
ハーブティーで口の中をさっぱりさせつつ呟けど、王子様は何処吹く風だった。こちらの質問に答える気はないが自分の質問には答えてもらう気満々の顔でこちらをじぃっと見詰めてくる。止めろ。見るな。サンドイッチはやらんぞ。
「あ。そのタマゴチキンサンド美味そう」
「銀鶏卵と銀鶏の親子サンドだけど食いたいのかお前」
「そんなピンポイントでこっちのトラウマ抉ってくるメニューあんの!? やっぱり隣の牛カツサンドが良い!!!」
「ふざけるな誰がやるっつった!!!!!」
過去かつてない剣幕で眦を吊り上げて怒鳴るが早いかサンドイッチを回収し、牛カツサンドをもぐもぐと一気に食べ尽くす私である。王子様があー! とか叫んでいるけど知ったこっちゃない自分で買え。限定サンドイッチセットだから今日はもう売ってないけどな! 前回はともかく今回は断固としてランチを堪能するぞ私は!!!
「ぐぬぬぬぬ、王族に対するこの仕打ち………貴様許さんぞリューリ・ベル………!」
「無駄にカッコつけんの止めろってフローレンさん言ってなかったか?」
「そうそう、フローレンの話だった」
あっさり矛を納めるあたりがよく分からん切り替えの早さだった。もぐもぐ海老クリームコロッケサンドを咀嚼しつつ、もしかしてこれは本当に答えるまで居座られ続ける流れではないかと背筋に嫌な汗が伝う。不快な理想像を押し付けて来たお花畑娘のような実害はまぁないのだけれど、なんとなく嫌な予感がしていた。ところで人の迷惑考えないでひたすら突っ走るあたりが改善されてないぞ王子様。こんな暴走特急ほっといて何処行っちゃったんだよフローレン嬢。
「で。どう思う? リューリ・ベル」
堂々巡りかよ。そのへんすごいお貴族様っぽい自己中さで腹立つ。
溜め息混じりに周囲を見渡したところで誰も関わりたくないらしく片っ端から目を逸らされた。おい。コレお前らの国の王子様だろうが! 王国民でもない私にさらっと押し付けるのは止めろ!!!
しょうがない。話を聞き流していた手前いまいちよく分からないけれど、一応拾っていた情報を元に会話に付き合ってやることにした。本当に、しょーもないけれど。
「あー………あれだろ? 例のティアラを要るかどうかで機嫌損ねたって話だろ?」
「そうそう。例のティアラの話。だってティアラだから私が持っててもしょうがないし、だけど良い品ではあるから捨てちゃうのも勿体無いし………フローレンがもらってくれるのが一番良いと思ったんだけどなぁ」
「売ればいいじゃん。後腐れなくて」
「せっかく自分でデザイン案出して作らせた特注品なんだから出来れば誰かに持ってて欲しいじゃないか、気持ち的に」
「いや王子様の気持ちなんて私の知ったこっちゃないし」
たぶんフローレン嬢的にも知ったこっちゃないと思うわそんなモン、と吐き捨てて、銀鶏卵の肉と卵で作られた親子サンドを齧る。柔らかい肉に甘い味付けの卵、相性の良さは絶妙だったがそれを眺める王子様は複雑そうな顔をしていた。その面やめろ。お前のトラウマとやらは何処ぞのお花畑がしでかしたことであって鶏さんたちに罪はない。
「………やっぱりアレッタの髪を飾ってたティアラなんか嫌だったんだろうなぁ。染髪の材料的な意味で何となくじゃなくても汚い気がするし」
いや、いやいやいやいやいや。
というか、それ以前の問題だろう。あるだろもっと大事なこと。分かってんのか王子様。分かってないよなこの野郎。馬鹿にも限度があるだろう―――――私にだって想像つくぞ。
自分が半目になっているのも構わずもうストレートに言うことにした。
「そもそも他の女にプレゼントしたモン使い回されて嬉しい女って居るのか?」
それな―――――ッ!!!!!
みたいな勢いで王子様の後ろのテーブルに居た女子集団が唐突に立ち上がってこくこくと激しく頷いている。よくぞ言ってくれました、みたいな称賛の眼差しが四方八方から突き刺さってあまりの同調圧力的空気に私の方がドン引いた。言いたかったんなら最初から自分たちで言って欲しい。私に丸投げしないで欲しい。なんだ。王族に遠慮して口を噤んでいたクチか。さっさと誰かが指摘してやれば私のランチタイムは平穏無事だった筈なのに!
「………………」
王子様が硬直していた。ある意味アレッタの秘密を知った時よりも驚愕の表情で固まっていた。再起動に時間が掛かるなら私はこのまま席を立つぞ、と十秒程待ってみたところでようやく復活したらしい王子様然とした顔立ちの王子様は、今にもぶっ倒れそうな青白い顔で私を見ながら力なく言う。
「ちょっと馬鹿って罵ってもらっていいか………穴があったら埋まりたい………」
「入りたい、が正しいんじゃないのか?」
「なんでこっちの言葉に慣れてないのにそーゆーことは外さないのお前………」
完ッ全に失念してたみたいな感じで項垂れる王子様。後ろのテーブル席から無音でバーカバーカと罵っているお嬢さんたちの鬱憤は一体どこから来ているのだろう―――――あ、違うわ。よく見たらあの人たちあの時フローレン嬢と一緒に婚約破棄されかけてた面子だ見たことある。
「そーりゃーなー………怒るわ………………いくらフローレンでも怒るわ」
「平謝りしてフローレンさんにちゃんとプレゼント見繕えよ。ティアラは売ってその分の金も上乗せしてすっごい趣味の良さげなモンを誠心誠意謝ってから贈れ。でないと無理だ。この手の諍いは根が深いし対応を間違えると尾を引くぞ―――――理由はさておきうちの両親が本気出して揉めた時は外で野宿した方がまだマシだってくらい家の中が冷え冷えと………うわ、思い出したくもないのに悪寒が………おばちゃーん! あったかいお茶ボトルでください!」
「極寒の大地で野宿検討する程ヤバかったのお前ん家の夫婦喧嘩!?」
王子様のツッコミなんのその、さりげない流れで席を立った私はそのまま食堂のおばちゃんがサーブしてくれた温茶入りのボトルを受け取り代金をカウンターに滑らせてそのまま出口を目指して走った。我ながら鮮やかな離脱である。日々の狩り暮らしで足腰が鍛えに鍛え抜かれた“狩猟の民”の全力疾走、凍り付いた『針氷樹海』で行う割と命懸けの障害物競争では負け知らずだったこの私にスタートからして出遅れた王子様如きが追い付ける道理はないと思え!
「ちょっと待て、フローレンのプレゼント選ぶの手伝ってくれお願いします!!!」
「馬鹿野郎! 他人の手を借りて選んだ品なんぞで女性の機嫌が治ると思うな!!! 馬に蹴られて私が死ぬわ!!!!!」
「だから何でそういう表現には無駄に詳しいんだお前!?!?」
走りながら振り返ることなく断固拒否の意思を表示し、何事だとざわめく食堂を突っ切って華麗な独走ゴールを決めた。急旋回で左に曲がって階段を一気に駆け上がり、ある程度の距離を稼いだところでゆっくりと止まって周囲を見回す。
―――――よし、撒いた。
厳密には誰も追い付けないどころか追い掛けられもしなかったわけだが、この程度の全力疾走では息ひとつ切らさない強靭な肺なのでやれやれと余裕で頭を振る。
「ふっ―――――勝った」
何と戦っていたのかは自分でもよく分からない。温茶で喉を潤しながら冷たいのにしておけば良かったかなー、と次の講義が行われる講堂へと移動していた私は、すっかりうっかり失念していた。
私が錬金術科と知られているから次の講義の開講場所で普通に待ち伏せが可能であると、講堂の真ん中で人の迷惑顧みず堂々と仁王立ちしていた王子様を見るまで綺麗さっぱり忘れていた。
くそう、なんか負けた気がする。
学生ってスケジュール決まってるから待ち伏せされると逃げらんないよね、という事実を初めての学園生活でまったく考慮していなかった北の民リューリのうっかりさん(正直王子様とかよりも食堂のおばちゃんたちに一番敬意を払っているという)
何やかんや馬鹿王子様を見捨てないフローレンさんはちゃんと許してくれました。謝りにお宅訪問した際にもお茶はやっぱり出ませんでした。