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街の宵闇

「へぇ……。魔法に興味があるんだ」

「はい。魔法は祖父から教わっていて。でも、その祖父はもう……」



 取り留めもない話しをしながら街――アーカムというらしい――に向かっているとウィルバーは口元に寂しさを浮かべながら喋ることをやめてしまった。

 しまったな。人間と会話するのは慣れていないから距離感に困る。



「そう。人間というのは脆いからね。すぐ死んじゃう」

「………………」

「ん? どうしたの?」

「い、いえ。なんだかアベルさんが同い年とは思えなくて……。なんか、達観されているというか。さすが歴戦の冒険者さんですね」



 「そ、そう?」と思わず返すが、億という年月を生きてきた旧支配者(ぼく)からしたらむしろ人間のような小さな肉袋が己の自立した意志で動いている様はむしろ神秘的に感じてしまう。

 もっともウィルバーはそんな内心を察することもなく天真な笑みを浮かべて言った。



「そうですよ! なんといっても一角狼の群を一瞬で片づけてしまうなんて! もしかして有名冒険者さんだったりするのですか? あ、だから一角狼からのはぎ取りに興味がなかったのですね! 少しもったいない気もしますが……」



 キラキラとした視線がうるさいし、なによりむずむずしで落ち着かない。

 もっとも入れ物(アウグスタ)の記憶を覗くと先ほど戦った狼擬きの角をギルドと呼ばれるところに渡せば角一本で一週間分くらいの食費に化けるらしい。

 そう考えると当座の生活資金として有効活用出来たのだが、金銭なんかに興味はないし、この体とて忌々しいクトゥルフの眷属を殲滅できるまで保ってくれれば良い。そう考えると角に執着することもないか。



「――と、言うか、角がそんなに価値があるなら君が拾ってもよかったよ」

「それが……。あたし、冒険者ではないので買い取って貰えないんです。そもそも一角狼を倒したのはアベルさんじゃないですか」

「ぼくはそういうの興味ないから。てか君が冒険者になってしまえば良い話なんじゃないの?」

「それもそうなのですが、そのためだけに冒険者になるのも、なんかなぁって。登録費もかかりますし、あたしにはやらなければならなない事があるので冒険者のような暮らしは――。あ、別に冒険者のことを卑下しているわけではないんですよ! ですが気に障ったのであれば謝ります!」



 慌てて取り繕う姿に首よ横にふって応えるが、そこで新しい疑問が浮かんだ。



「それじゃ、そのやらねばならない事っていうのがこの旅の目的なわけ?」

「はい。詳しくは言えないのですが、探し物がありまして。それがアーカムにあるらしいのです」



 ウィルバーによると生前の祖父が好事家から仕入れた本の原書を探しているのだという。



「どうしても行わねばならない儀式について書かれた本なのですが、祖父が持っていた物は不完全な訳本だったらしくて必要なページが欠落していたんです。独学で欠落した術式を補完しようとしたのですが、上手くいかなくて……」

「ふーん。つまりその原初がアーカムにあるって確証があるの?」

「それが……。分かりません。ただ祖父と交友のある知人からの手紙にはアーカムを中心に訳本が作られているというのでそこに行けば原文を読む機会もあるかと」

「そんなあやふやな情報を信じているなんて。空振りかもよ?」

「それでも、あたしにはそれが必要なのです。例え空振りでも手がかりがつかめれば良いかなって」



 なんとも楽観的なことだろう。

 こういう見通しの甘いところはニャルに通じるものがある。あいつは軽率で、自己中で、思い通りにならないとすぐ怒るどうしようもないやつだった。

 てか、今思っても碌でもない奴だな。なんでぼくはあいつと友神(ゆうじん)になったんだろ……?



「……思い出せないな」

「――?」



 「なんでもない」と濁しつつ思いだそうとするが、あいつとは腐れ縁で、昔からつるんでいたからどうしても思い出せなかった。

 もっともそんなあいつが大切な戦争の前にぼく達を裏切ったことに怒りよりも悲しみを覚えてしまうけど……。



「で、君はアーカムでその原本を見るためにわざわざその、ダニッチだっけ? そこから旅してきたの?」

「そうなりますね。いやぁ、ですが街道でモンスターに襲われるとは思いませんでした。普段なら結界によってモンスターは街道に出てこれないはずなんですけどね」



 けっかい……?

 あ、そういえば下山途中でビリっとなったけど、あれってもしかして――。



「でもおかげで命拾いしました。アーカムに着いたら何かお礼をさせてください!」

「あー。うん。気にしないデ。ほんとうにきにしないでいいから」



 そうか、あれ壊しちゃいけないやつだったのか。しまったな。

 出来る事なら復旧させたいところだけど、生憎ぼくは魔法に関しては疎いし、アウグスタの知識にも魔法に関するものが少ない。本人は斥候と呼ばれる最前衛職であり、魔法に関してはパーティーメンバーの赤髪の娘に任せっきりであったらしい。



「アベルさんはアーカムを拠点に活動しているのですか? 助けていただいたお礼をしたいので宿を教えていただけたら」

「ん? いや、そういうわけではないよ。ただアーカムを経由してインスマスって町に行かないといけないから、街についたらすぐ発つつもりなんだ。だからお礼なんて――」

「いけません! 日が延びているとはいえ、たぶんアーカムにつくくらいには日が傾きだしていますよ。そうなればいくら歴戦の冒険者であるアベルさんだって危ないんじゃありませんか? そうだ。今夜ごちそうしますよ! それに宿も決まっていないのならお礼にそれらをお支払いします! こう見えても祖父の遺産があるので結構余裕があるんです。そうすれば恩返しもできますし、アベルさんも安全にインスマスまでいけますし、そうしましょう!」



 次々と飛び出す言葉に言い返すタイミングがなくなり、気がつけば夕食を共にする約束を取り付けられてしまい、どうしてもアーカムで一夜を明かすことになってしまった。やはり人間との距離感というのは難しいものだ。


 ◇

 ハワトより。


「そうでしたか。みなさんご無事で」



 星の知恵派の根城である酒場の二階。本来ならば一階だけの営業の店なのだが、ここは酒場の主人が架ける梯子によってのみ入ることが出来るので会員制の密談場所となっていた。

 そんな秘密の部屋でエールをあおる初老の老人――アーミテッジ氏が「危ないところでしたがね」と苦笑した。



「教会の取り締まりは異常ですよ。密告で起訴された被告をろくな取り調べをせずに処刑にしているんですから」

「ここに来る途中の広場で見ましたが、あの首吊り台は片づけられないのですか?」

「えぇ。もう最近は常設ですよ。ハワト師がアーカムを発ってからもう四、五人は吊られてますね。本来ならそういった処刑された者は最後の審判で復活しないように焼いて灰を川に流しますが、焼き場が一杯で仕方なく一時的に城門の外の墓地に葬っているんですが、その新鮮な死体につられて山から屍食鬼(グール)共が姿を現すようになっているとか」

「大変ですね」

「そうなんですよ。冒険者ギルドもその討伐で慌てているようですよ。あいつら、ゴブリンなんかに比べて無類の強さを誇っている上に結界が進入を防ぎきれないんで新人冒険者がよく餌食になるんだとか。こんな時に解放者(リベレーター)が居てくれれば心配することもないんですがねぇ……」



 解放者(リベレーター)と言う名に思わず眉を顰める。

 あいつらはわたしの事を邪険に見てくる上に敬愛するナイアーラトテップ様に敵対するという存在することさえ許されない愚者の集団だ。

 わたしのことを邪魔してくるのはまだ許せる。だがナイアーラトテップ様に弓を引くような連中が生きているだけで虫酸が走る。



「ちなみになのですが、その解放者(リベレーター)は?」

「インスマスに向かうという話を最後に聞いて以来なにも。キングスポートにでも戻ったのでは? キングスポートを中心に活動していると聞いたことがありますが」



 それはない。だってわたしとナイアーラトテップ様はキングスポートに潜伏していたが、連中が来たという話は聞いたことがなかった。

 もしかすると、初めてクトゥルフ様を復活させた際の津波でどこかに流されて死んでしまったのだろうか? だとしたらクトゥルフ様に改めてお祈りを捧げなくてはならない。



「何にせよ、みなさんがご無事で安心しました。インスマスでの教化は失敗しましたが、みなさんのご無事に偉大なる暗黒の主の祝福を感じざるを得ません」



 本当ならばインスマスでもナイアーラトテップ様を信仰する者を増やしたかったが、あそこはクトゥルフ様の信者の町になってしまったので諦めざるを得ない。何よりナイアーラトテップ様がインスマスにおけるクトゥルフ様の信仰を弘められることを望んでいるのだからわたしから言うことはなにもない。



「ハワト師の言うとおりです。しかし、教会の連中は愚かにも『ネクロノミコン』をはじめとした教会が異端、異教に類すると認定された本を次々に燃やしているのです。幸い、ミスカトニック大学図書館の蔵書になっている写本は図書館の奥深くに隠したので見つかることはないでしょうが、ハワト師の持つ原書は何にも勝る至上の宝です。どうかお気をつけてください」

「ご忠告に感謝します。ですがそこまでとなるとこの会合も数を減らした方が良さそうですね」

「えぇ。しばらくは厳しい冬の時代になるはずです。ここを堪え忍び、我らはいずれ大いなる存在へと到達しましょう」

「その通りです。世の中の愚昧なる偽りの神に屈することなく、わたし達は戦い続けましょう」



 いつの間にか、周囲はわたし達の会話に耳をそばだてており、この決意表明に「そうだ、そうだ!」とか「教会の暴挙に負けるものか」と暖かい声援が送られる。

 そうだ。わたし達は真の教えのために戦い続けねばならない。

 いずれこの世に正しき理を示し、真の神を光臨させるために――!



「みなさん。わたし達はあらがい続けましょう! 我らの神のために! クトゥルフ・フタグン。ニャルラトテップ・ツガー。シャメッシュ、シャメッシュ。ニャルラトテップ・ツガー。クトゥルフ・フタグン」

「「「クトゥルフ・フタグン。ニャルラトテップ・ツガー。シャメッシュ、シャメッシュ。ニャルラトテップ・ツガー。クトゥルフ・フタグン」」」


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