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Call of Dreamlands ――異世界の呼び声   作者: べりや
外伝:          の福音書
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外伝:          の福音書・中

実は土曜日更新分なのですが、本日は奇しくも聖木曜日だったため急遽投稿いたしました。土曜日はオークの方を更新いたしますのでご了承ください。

 あれから数日。街は過越しの祭りを祝う熱気に包まれていた。

 そんな浮ついた空気と裏腹にわたしの心はどよんと曇り、足取りも重かった。



「これがこの重みのせいであれば、楽だったのになぁ」



 ワタシの腰には先生を密告した対価として三十枚もの銀貨が詰められており、三か月分の給金に相当する重みがあるのだが、足取りの重さはそれだけではない。

 先生は司祭様達から危険思想の持ち主と危惧されていた上、先生を慕う弟子達がローマに反旗を翻さないかと危機感を持っていたがためにワタシの密告を心待ちにしていたようだ。

 そんな先生を売ったことに罪悪感もあるし、あれ以来次々と浮かぶ”もしも”や”万が一”という様々な疑念が重く心にのし掛かってくる。



「ダメよ。ワタシが一番先生を理解していたと思ったのに……」



 だと言うのに――。

 だと言うのにワタシは先生を疑ってしまった。

 もうどんな顔をして先生に会えば良いのか分からない。

 だが今日は先生の発案で一軒家を貸し切り、大事な晩餐会を催すから絶対出席するよう求められてしまった。



「はぁ……」



 先生のご提案を断ることなんて出来ない。

 故に足取りが重くなってしまう。

 それでも会場についてしまうと、その入り口に他の出席者と思わしき先生の弟子達がすでに集まっていた。



「なんだ、おまえ。来たのか。金庫番は呼ばれていないと思ったぞ」



 その中からいきなり敵意をむき出しにした言葉が長身巨躯の男がワタシを睨みつけてきた。



「あぁケファさんでしたか。てっきり岩かと思いましたよ」

「その減らず口でまた金をかき集めて来たのか。“金持ちが神の国に入るよりもラクダが針の孔を通る方がまだ易い”って先生の話を忘れたのか?」

「それを言うなら貴方だってその腰に吊ってる剣はなんですか? 先生は“自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい”と仰っていたではありませんか。だというのに武器を所持するのはどうなのでしょう?」



 「これは先生をお守りするためのものだ」と不愉快そうに鼻を鳴らす姿にもう一言二言いってやろうかと思ったが、その前に家から先生が姿を現した。



「ふむ。どうやら皆、集まってくれたようですね。なによりです」



 その日の先生はいつも通り血のように赤い服に青い衣を羽織った姿でワタシ達を出迎えてくれたのだが、何故か先生は壷を脇に抱き抱えていた。

 それに疑問を抱いていると先生はいきなり座り、「では足を清めましょう」とおっしゃられた。常に外では革のサンダルを履いているため砂埃で足が汚れてしまうので家に上がるには足を洗わねばならないのだが――。



「まずケファ。貴方から」

「い、いや、先生! 足を洗うなんて普通、()()のすることではありませんか! むしろオレに先生の足を洗わせてください!」

「いえ、よいのです。今日は大切な日ですから。さぁ」



 先生の言葉に圧されたケファがびくびくと先生に足を洗われる。

 それが順に続き、ある妖艶な女性の番になる。

 先生の手指先がそいつの指先をすくたびに女性的な快感を見せる姿に言いようのない不愉快さがこみ上げてくる。



「ではマリア。これで終わりです」

「――ッ。ぅふう。先生はお上手ですね。とても気持ち良かったですよ」

「貴女にそう言っていただけるのなら光栄です。では最後に」



 女は名残惜しそうに先生に微笑みかける。それに思わず作っていた握り拳から血が流れそうなほど力がこもってしまっていた。



「さぁ。次は貴女ですよ」

「し、失礼します」



 先生に促されるままに足を出すと濡れた指が絡まる。



「んッ。ぁぅ。ぅひ……」



 まるで舌先のような先生の指は妖艶に動き、心地よさとくすぐったさがこみ上げて体を熱くする。

 それらが歓喜に変わろうとする瞬間、先生は「私はいくらになりました?」と問われ、一気に心が凍り付いた。



「………………。……銀貨三十枚です」

「ほぉ。そうでしたか。だいたい奴隷一人分くらいでしょうか? もう少し出してくれるかと思いましたが、最高法院(サンヘドリン)もケチですねぇ」

「せ、先生! ワタシは、ワタシは出来ません――」

「――。さぁ終わりました。行きましょう」



 ワタシは言葉を紡ぐ間もなく先生にいざなわれ、家の中に連れて行かされるとそこには焼き魚やスープに焼きたてのパンなどが乗せられた皿が所狭しと並んだテーブルがあり、弟子達が真ん中の席を空けてそれぞれ位置についていた。

 あの席が先生の席だろう。その隣に座ろうとするが、突然先生の弟子の中でも古参のヨハネさんに背中を押されて割り込まれてしまった。

 それに閉口しつつその隣に座るとその右隣にケファが陣取り、わたしをジロリと睨みつけてきた。



「さぁ。みな始めましょう」



 真ん中の席に座り、先生がパンを手に取り、口に運ぶ。

 それを合図に弟子達も食事を始めるのだが、ワタシはどうしても物を口に運ぶ気になどなれなかった。

 せっかくのパンだというのに喉を通らず、スープにそれを浸しながら早くこの時間が終わることだけを祈りながらも、このまま裏切りのことをみなに打ち明けてしまっては? と思いついた。


 ……この秘密の暴露は中々妙案ではないだろうか?

 きっとワタシを嫌うケファは大激怒するだろうが、それでも先生を助け出すことはできる。そうだ。それが良い。それが――。



「あのみなさん! 聞いてくださ――」

「ふむ。この場の中に私を裏切ろうという者がいます」

「――ッ!?」



 ど、どうしてこのタイミング!? それもなんでワタシのことをぼかすのですか!?

 周囲を見渡すと他の弟子達も訳が分からんというように互いを見やり、自分ではないかとか、どういう意味なのだ? と問いかけあっている。

 このお方はいったい何を言っているのだろう?

 ――いや、その前にワタシはどうしてこの方に疑問を抱いている? 先生の言葉は絶対なのだから疑う余地などあるはずないのに、ワタシは先生を疑ってしまっている。

 あの夜までは先生のことを理解し、信じてきたというのにどうして疑いなど持つようになってしまったのだろう。

 混乱と己の致命的な思考に戸惑っていると弟子を代表してケファが「それは誰なのですか?」と嫌悪を抱きながら問う。

 元漁師である彼は短気であり、体もたくましいため裏切り者を見つけたら即座に殺すつもりなのだろう。



「クスクス。私とともにパンをスープに浸している者ですよ」



 それと共に全ての瞳がテーブルを走り、わたしを見やる。嫌悪と侮蔑の込められた視線に晒されたわたしは咄嗟に「誤解です!」と叫んでいた。

 なにが誤解なものか。その通りではないか!



「金庫番! おまえか!」

「ち、違います! ワタシは違う!! ワタシは決して――ッ!」



 気がつくと頬に温かいものが流れていた。

 悲しいせい? 違う。嘘をついているからだ。

 それは弟子の皆に対して? 違う。ワタシは皆ではなく先生を裏切ろうとしている。先生との約束を反故にしようと、している。それも神の子であり、我らを神の国に導いてくださるメシアを――。



「そうですよね、先生ッ!! ワタシは先生を裏切れません……!」

「………………。それが、貴女の答えですか?」



 はっとした。先生の顔に明らかな失望が浮かんでいたからだ。

 取り返しのつかぬ事をした。――してしまった。

 先生はワタシに期待していてくれたのに。それを――。先生の御心を裏切ってしまった。



「わ、ワタシ、ワタシは――」



 震えが止まらない。

 呼吸は浅く、冷や汗が吹き出してくる。

 だが先生はそんなワタシにいつも通りにただ笑いかけ――。



「大丈夫ですよ。汝のなすべきことをしなさい」

「――ッ」



 居ても立っても居られず、ワタシはただ夜の街へと裸足で逃げ出してしまった。

 ワタシは嫌なのだ。先生がローマ兵に捕まってしまうのも。先生のご期待を裏切るのも。

 だってワタシは先生とずっと、ずっと。ずっと共にありたいだけなのだから。



「そっか、ワタシは先生のことが――」



 自分の中に芽生え始めていたものを口から吐き出すも、その気持ちは薄まるどころかかえって濃くなるばかりだ。

 あぁ、分かった。分かってしまった。先生がいなくなるもの、先生の期待に沿えないことも嫌なのはこの感情のせいなんだ。

 あぁ主よ! 主よ! 主よ!! この罪深いこの身を、お許しください……。



 ◇

【ナイアーラトテップ視点】



「――さて、そろそろ下山するとしましょうか」



 晩餐会を終えた夜更け。街から東へ少し行ったところにあるオリーブ山という小山にて一人、最後の祈りを捧げていた。

 ここは名前の通りオリーブの畑が連なる山であり、麓には“オリーブ油搾り場(ゲッセマネ)”と呼ばれる園があり、そこは程よい瘴気に包まれていたためよく弟子を連れて祈りに来る場所だ。

 今日はケファを筆頭に晩餐会に参加した弟子から三人を選んで園に待たせ、一人で銀河を越えた果て――外宇宙の中心におわす盲目にして白痴の王へと祈りを捧げていた。



「これでもう良いはず」



 全ての準備が整い、あとは大衆が目覚めるのを待つばかりだ。

 いやぁ。根気強く”主の御業”という名の魔法を見せてきただけあって人々の心に確固たる主への信仰が根付いているはず。

 そしてローマに捕まるであろう私を見ることで魔法という即物的で贋作の救済から真の信仰へと覚醒することだろう。それは花が咲くように神を信ずる心が開花し、皆が真に一つになれる日がやってくるのだ。

 一つの神を信じ、人々の心に共通の信仰が宿ればそこから心と心がつながり、それは双方が抱く心の壁さえ通り越した一つの共同体へと昇華される。

 言うなれば海に生じたたった一つの単細胞生物から派生した人間がまた一つのものへと還元されるのだ。


 そうなれば他者への恐怖も怒りも不信も存在しなくなる。

 それこそ人々の救済であり、そのために私はこの乾いた大地へと降り立ったのだから。

 さて、あとは彼女が私を裏切ってくれるかどうか、だ。

 自主的に投降することも出来るが、それをしては弟子達が私を赦さないだろう。だからこそ生け贄というポジションが必要であった。



「クスクス。いつも生贄を求めるのは神のはずなのに私がその生贄になるとは面白い。しかし……。彼女には悪いことをさせましたね」



 おそらく彼女は万の誹りを受けることになってしまうだろう。

 だがそれと同時に誰かが気づくはずだ。

 私のために彼女が裏切ったのだと――。その日が一日でも早く訪れることを祈るばかりだな。



「クスクス。神が神に祈るとは滑稽な。――ん?」



 山を下り、麓に位置する“オリーブ油搾り場(ゲッセマネ)”に近づくといびきが聞こえてきた。

 ――まさか。

 そう思って足早にそこに行くと岩に身を預け微睡んでいる弟子達がいた。

 「なにをしているのです?」と声をかけると彼らはハッと目を覚ました。



「せ、先生? お祈りは終わったのですか?」



 弟子の中でリーダー格のケファが目をこすりながら聞いてくる。



「ケファ。私は確か『私が祈っている間、起きているように』と命じたはずですが?」

「あ……。すいません。先生の血(ワイン)を飲み過ぎてしまったようで」



 彼は冗談ですまそうと言うようにへらへらとした笑みを浮かべながら頭を下げてくる。

 一度だけならば赦しただろう。だが実はこれで三度目なのだ。

 私が主に祈るから起きているとうにと言ったのにこの体たらく……。

 ふと、一抹の不安が過ぎる中、ガシャガシャと鎧のこすれる音が近づいてきた。

 すると槍に盾を構えたローマの兵士が数人と上等な服を来た司祭達。そして――。



「……先生。きっとここに居られるのだと、思っておりました」



 そして黄色い衣をまとった彼女が居た。

 まるでハスター君のようだなと思ったが、残念ながら彼は今の彼女のように震えることなどなかったな、と思い直す。

 彼は怒りにこそ震えど悲しみに震えたことなど一度も――。いや、あったな。私が彼の知性を奪い去る時、彼は悲し気に私を謗ってくれたな……。



「良かった。来てくれましたか」

「はい。先生……」



 彼女は罪悪感の浮かべながらゆっくりと近づいてくるや、いきなりその唇を私のものと重ねた。

 舌をねじ込むような淫らなものではなく、互いの唾液を絡める情熱的なものでもなく、ただ純粋に重ねられた甘い接吻。

 それは一秒ほどの短いものであったが、突然の行為に思わず体が固まってしまった。



「先生。申し訳ありません」

「――? 良いのですよ。私を裏切る事を私は望んでいたのですから」

「いえ、違うのです。先生、ワタシは――」



 その時、彼女の声をかき消すように「合図があった! 接吻をされたあいつが謀反人だ! 確保!!」とローマの兵士が喊声をあげながら突っ込んできた。

 それにまず反応したのはケファであった。



「先生! お逃げくださいッ!!」



 彼は腰に吊った剣を引き抜き、鋭い斬撃を放つやそれは一人の兵士の耳を切り落とした。



「先生! 早く!」

「やめなさい」

「でも――」

「やめなさいと言ったのです、ケファ。剣を持つ者は剣によって滅びるのですよ」



 制止の声に思わずローマの兵士達も足を止めた。あとは彼らに捕まるだけだが、最後に一つだけ奇跡(まほう)を使ってあげよう。



「君。大丈夫ですか?」



 耳を切りつけられた兵士がうずくまり、傷口に手を当てているが、その指の隙間から絶えず赤いものが流れている。

 その彼の手をどかし、傷口を撫でながら「          」と呟けば彼の耳は()()()になっていた。



「これでよし」

「ひぃ!? こ、これは――!?」



 無くしたはずの耳が生えた事に彼は目を見開き、まるで縋るように私を見てくる。

 それに笑みを返し、この兵士達を率いていた司祭に向き直る。



「司祭様。さぁ。どうぞ」

「あ、あぁ。貴様を偉大なるローマへの反逆者として逮捕する!」



 兵士達は若干躊躇いながらも私の手を縄で縛っていく。その時、ふと静かだなと思って周囲を見渡すと“オリーブ油搾り場(ゲッセマネ)”へ共に来ていた弟子達の姿が居なくなっている事に気がついた。

 それに心がざわつくと共に、目に入った彼女の悲しげな顔が焼き付く。



「大丈夫ですよ。例え私が処刑されようと、私は死ぬ事はありません。ですので待っていてください」

「せん、せい……。あの、ワタシは――」

「さぁ行くぞ!」



 再び彼女の声は遮られ、そのまま私はエルサレムの神殿へと連行されていった。

補足

過越しの祭り

旧約聖書の出エジプト記にあるエジプトの地で奴隷になっていたイスラエルの民がモーゼ(海を割ったり、山の上で石の板をもらった人)の先導でパレスチナに脱出した故事を記念する祭り。現在でも祝われる祭りであり、今年は4月20日から27日。


大事な晩餐会

席順はレオナルド・ダ・ビンチに準拠。


金持ちが神の国に入るよりもラクダが針の孔を通る方がまだ易い

マタイの福音書19:24


自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい

マタイの福音書5:44


ゲッセマネ

寝るなと言いつけておいた弟子が寝落ちする場。


聖木曜日

復活祭イースターの前の木曜日のことで最後の晩餐を記念する日でもあります。聖書にはナザレの大工の息子さんが弟子の足をへりくだって洗ったため足洗木曜とも呼ばれております(本文にある通り本来は奴隷が足を洗ってくれる)。

そのため今日このお話を投稿できて宗教オタクな私は非常に興奮しておりますw


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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