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Call of Dreamlands ――異世界の呼び声   作者: べりや
未知なる異世界を夢に求めて
5/70

邪神、従者を得る

 異世界にやってきて一週間。やっとこの世界で信者――もとい従者第一号を得る事が出来た。

 まだ二十歳にもならない生娘のような年頃の小娘であるが、信者は信者だ。いや、従者だったな。まぁどちらでも構わぬし、本人に至っては私と言う存在がどのようなものか理解できていないだろう。

 だがそれで構わない。せっかくの従者を得たのだからそれで良しとしよう。



「さて、ハワト。まずはお前に加護を施そう」

「かご?」

「人間の肉は脆弱でいけない。腕を出せ」



 ハワトはおずおずと右腕を伸ばしてくる。長袖のエプロンドレスはよれよれだし継ぎ接ぎも目立つ。髪も透き通るような金の色をした長いものだが手入れが行き届いているとは言えない。そして伸ばされた手は土仕事でもしているのか、浅く日に焼けている上に肉刺が癒えて固くなっていた。

 ふむ、第一次産業の従事者か。それも暮らしは貧しいと見るべきだ。

 先ほどの男達と森の向こうから聞こえる戦いの音からしてどうやらハワトの住居は何者かに襲われていると考えるべきか。

 なんとも面倒なことだが、早速イベント発生というのもテンポがよくて良い。それに一週間も森を彷徨うだけだったのでこの世界に飽き始めていたところだ。ならばイベントに感謝せねばならないだろう。



「あの、ナイアーラトテップ様?」

「ん? あぁ。何でもない。細事に耳を傾けていただけだ。では加護を授けよう」



 さて、どのような加護が良いだろうか? あまり強すぎるとチートになってしまって面白くないし、何より体が負荷に耐えきれずに生命活動を停止するか人間という枠からはみ出すことになってしまう。

 適当な所で私の魔力を使って物理的、魔法的な攻撃を遮る装甲を付与するのがちょうどいいか? それらの固定と今後の術の短縮のために体に直接魔力を打ち込むのが早いか。



「行くぞ?」



 差し出された手に鈎爪のついた触腕が絡めとる。「ひぃ!?」という可愛らしい悲鳴を無視してがっちりと彼女の腕を捕まえるとさらに新たな触腕を手のひらの上に重ね、そこに魔法陣を焼き付ける。



「熱ッ!?」

「動くな」



 反射的に逃げ出そうとするハワトだが、彼女の腕に絡んだ触腕はそれを許さなかった。しばらくもがかれるが、これで直接魔力を刻み込む事が出来た。

 触腕をどかせば彼女の右手の甲には歪んだ五芒星形の中に目が描かれた印が焼き付けられていた。

 それは本来エルダーサインと呼ばれるノーデンスを筆頭とした旧神の印であり、悪しきモノから術者を守るための刻印だ。

 だが今回はその色を反転させた物をハワトに焼き付けた。

 これでこの魔法陣は守護を意味しながらも清浄なモノの手を放れ、私のモノへとなった。我が従者にこれほど相応しい印は存在しないだろう。



「これでお前は例え剣で切られようが傷がつかなくなった」

「あ、ありがとうございます……」



 ハワトはその印をしげしげと眺め、そしてふと我に返ったかのように叫んだ。



「あの、村が! 村が盗賊に襲われているんです! どうかナイアーラトテップ様のお力で盗賊を倒してくださりませんか!?」



 ふむ。想像通りか。人間の村など星の数ほどあるだろうし、一つくらい無くなっても大した事は無いだろうに。



「それは出来ない。それをしては面白くない」

「な!? で、ですが――」

「分をわきまえろ、お前は我が従者だ。従者の言葉に耳を貸さないでもないが、お前の望みが全て叶えられると思ってはならない」

「――はい。申し訳、ありません」



 だがこの後する事もない。ただどこか適当に跳躍して着地した大陸で新たな冒険をしようと思っていただけに予定など皆無だ。

 さりとて私が人間の村を助けると言うのもやる気が起きない。

 ――そう、()()|やる気が起きない。



「私は村を救うつもりは無いが、村を救うお前を助けてやろう」

「わ、わたしを、ですか!? でもわたしはただの村人です。ステータスも低いですし……」

「ステータス?」

「――? 人の力を表す数値の事です。それによって強さや適正が決まるんですが、多くの人はわたしのようにステータスが高くありません。中には鍛錬を積んでステータスを上昇させて冒険者をしている方もいらっしゃいますが……」



 ふむ。そのような物がこの世界にはあるのか。

 なるほど。ノーデンスが言っていたゲームのような世界とは言い得て妙だ。



「そ、それでわたしのステータスでは盗賊の人には勝てません」

「なら盗賊に勝てるよう新たな力を授けよう」



 ずぶりと触腕を腹部に突き刺す。ぐじゅぐじゅと黒い気体とも液体ともつかぬ霧が傷口から溢れ、鋭い鍵爪が体の内をえぐり出していく。確かこの辺りに――。



「おぉ。あったあった」

「な、何ですか? それ?」

「魔導書『ネクロノミコン』だ」



 これは地球に居た頃、アラブの狂える詩人に書かせた魔導書『アル・アジフ』のギリシャ語訳だ。

 もっとも原典である『アル・アジフ』はアラビア語で書かれており、それをギリシャ語に訳した際に誤訳や意訳のせいで世間に出版された『ネクロノミコン』は『アル・アジフ』の神髄を一〇〇パーセント引き出していなかったが、この一冊は私自らがそれを監修して加筆修正した完全版である。

 言うなればもっとも『アル・アジフ』に近い『ネクロノミコン』といえよう。



「これを授けよう」

「あの……。すごくどろどろしてるんですが」

「すぐ乾く。気にするな」



 べちょりと言う音と共に触腕から離れた『ネクロノミコン』がハワトの手に落ちる。それを受け取った彼女がぶるりと震えると共に魔導書を取り落とすのを横目に先ほど脱ぎ捨てた人の皮に体を収納していく。

 ずぶずぶと醜い身から人の身に戻るや、それを見ていたハワトが驚愕に目を見開いていた。



「よいしょっと。ふぅ。どうしました? そのようなアホな顔はやめなさい。我が従者にあるまじき顔ですよ」

「あ、あの……。すみませんでした」



 朗らかに「よろしい」と笑みをたたえ、彼女が取り落とした『ネクロノミコン』を拾い上げる。

 それはいつしか粘着質な体液が消え去り、時代の遍歴を思わせる乾いた皮で装丁された普通の本になっていた。



「はい、どうぞ」

「……ナイアーラトテップ様」

「ん?」

「この本の表紙、人の顔に見えるんですが」

「えぇ。それは熟練の職人により装丁された人皮装丁本ですからね」



 表紙にはタイトルも作者名も無い。ただ縫い合わされた人の瞼と鼻、唇が僅かに隆起しているだけだ。この非常に美しい装丁を作った職人には今でも感謝している。おかげでこれほど素晴らしい品に仕上がったのだから。



「で、どうします? 受け取りますか?」

「それで村を救えるのですか?」

「それは貴女次第です」

「でも……。わたし、魔法なんて使えません」

「それは使えないと思っているからです。人と言うのはどのような世界や星でも魔力をその精神に宿しています。あとはそれが多いか少ないか。しかし今の貴女なら私の魔力を装甲として付与されていますのでそれを外付けバッテリーとして使えば魔法など朝飯前でしょう」



 さぁ従者よ。道は整えてやったぞ。後はお前がやるかどうかだ。先ほどのように絶望を踏破して生を得たように私を楽しませなさい。

 だがここまで辞退されていると、ふと先ほどの威勢は偶然だったのではないかと猜疑が生まれてしまう。

 まぁそれはそれで素早く使い捨てるだけだが。



「あの――」



 またか。一体どうして神がここまでお膳立てしたというのに一々『でも』と言うのだろう。もう面倒になってきたしいっそのこと殺してしまおうか。



「わたし、その、お恥ずかしながら簡単な読み書きはお父さんから習ったのですが、難解なものは到底読めません。どうかわたしに先んじて文節を読んで頂けないでしょうか。わたしはそれを復唱しますので、どうか!」

「――! あぁそう言う事ですか。それは考えていませんでした。なに、恥いる事はありません。安心してページを開き、思うがままに呪文を唱えなさい。さすれば『ネクロノミコン』は応えてくれる」



 私とした事が事を急いていたようだ。そうか、文字を読めないパターンもあったのだな。地球でわたしの信者になりたがる者で文盲は居なかったからまったく想定していなかった。少なくとも何かしらの言語知識を有する者ばかりに魔導書を読ませて破滅へと導いてきたのだから知識の無い者を相手取る事を想定していなかった。これは私とした事が失態を踏むところだった。



「さぁ行きましょう」

「はい、ナイアーラトテップ様!」

「あぁ、それと聞いておきたいのですが、村を襲う盗賊さんですが、どうするつもりで?」



 まぁ『ネクロノミコン』を使うのならまず()()()な状態で事が解決するとは思えない。生か死かと言う問題では無く、自死がなんと安楽な事であるか思い知らされる羽目になる事だろう。

 もっともそれを望んでいるのは他ならぬ私ではあるが。



「……殺します。お父さんと、お母さんのアリスの――。村のみんなの仇を取ります」

「それは『ネクロノミコン』を使っているとは言え、貴女の手で他者を殺す事に違いはありません。例えれば『ネクロノミコン』の詠唱は剣を振るうのとなんら変わらない。それは分かりますね」

「あの、質問を質問で返すのは失礼と存じていますが、その、それがどうかしたのでしょうか?」



 それがどうしたのか、か。どうやら”死”というものに恐怖こそしているが、それは自分が”死”に直面した時だけで他人に対してはだいぶ無関心になっているようだ。

 話しぶりからして親しい者を殺されたか。復讐と言うのもまた甘美な喜劇だ。これは観劇にも力が入ると言うもの。愉しませてもらうとしよう。



「では『ネクロノミコン』(これ)を」

「はい」



 今度はしっかりと『ネクロノミコン』を受け取ったハワトは嬉しそうにそれを抱きしめる。そしてふと、思い出すように彼女は一本の古木に駆け寄り、姿を隠す。

 しばらく待つと彼女はバレーボールサイズの肉塊を大切そうに抱き抱えて姿を現した。彼女はそれを愛おしそうに私に向け、初めてはにかんでくれた。



「ナイアーラトテップ様。わたしの父です」

「おや、お父様でしたか」

「家は貧しいのでナイアーラトテップ様が満足するおもてなしする事はできませんが、お母さんや妹のアリス共々精一杯歓迎いたしますね」

「それは楽しみです」

「では、行きましょう。こちらです」



 ふむ。どうやら彼女の正気はすでに消し飛んでしまっているようだ。これはしまったな。ゆっくりと時間をかけて壊しいくのが好みなのだが……。はぁ、人間の精神とはなんと脆弱な事か。

 まぁあまり気が進まないがそこは魔法を使って調整していくしか無いか。さて、それより今は彼女がどう私を楽しませてくれるのか、それを期待するとしよう。


補足


『ネクロノミコン』

アラビアの狂える詩人アブドル・アルハズラットが西暦七三〇年頃のダマスカスにて著した魔導書『アル・アジフ』(アラビア語)を西暦九五〇年頃にギリシャ語に翻訳したもの。和名は『死霊秘法』。

内容は著者であるアルハズラットが体験したありとあらゆる忌まわしきモノ共や魔法が詳細に記述されている。

カトリック教会から何度も焚書処分を受けるも密かに出回り、ギリシャ語の他にラテン語版なども制作されていた。著名な訳本として『ヴォイニッチ手稿』がある。

なお、現存する『ネクロノミコン』の多くは17世紀版でハーバード大学のワイドナー図書館、パリ国立図書館、ミスカトニック大学付属図書館、ブエノスアイレス大学図書館などに所蔵されている。

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