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旧支配者と外なる神・5

 破壊の波が過ぎ去ったせいか、潮騒に混じって悲鳴や怒号が聞こえる。

 だが波止場は依然と静かであり、泣き疲れたハワトが月に吠えるモノたる私に身を預け、ただ黒い世界を眺めていた。

 最早、興もそがれ戦意の欠片など残っていない。そんな夜明け前の空間に漂う何かの余韻に身を任せていると彼女はぽつり、と言葉を紡ぐ。



「イゴーロナク様と繋がり、色々な景色が見えました」

「……茶々を入れるようですが、それで正気が保てているとは、少し驚きですね」

「クスクス。確かにそうですね。その中で、イゴーロナク様が見ていたナイアーラトテップ様がおりま、した」



 ハワトは言いにくそうに――。いや、実際言いにくいのだろう。

 魔力を失いすぎ、ハワトに体の主導権を取り戻されたイゴーロナクが賢明に彼女の舌を止めようと躍起になっているのだ。



「イゴーロナク様は、憧憬を抱いて、おられて、おりました」

「……なんとも面はゆい」

「それで、そんなナイアーラトテップ様が大いなる戦争で旧神に組みされた事に、深く、傷つかれて――」



 ……そうだろうな。



「でもノーデンスに封印を解かれ、ナイアーラトテップ様を封印する協力をした際に、自分以外の旧支配者も同じく封印されている事をお知りになられました」



 その時、彼が抱いたのは”安堵”であったという。



「封印を解けば昔のように皆と会える。そう思われていました」

「ですから、感謝されたわけですか?」

「イゴーロナク様も、他の旧支配者のお歴々も旧神と戦っては滅びは必須とお考えのようでした。それでも己の矜持のために戦は避けられない、と」

「……愚かな連中だ。愚かで、愛おしい」



 それでもイゴーロナク君は私を恨んだ。恨まざるを、得なかったのだろう。

 いくら命を長らえたといっても、私が彼らを裏切った事に変わりはないのだから。



「さて、エンドロールも終わりです。我が従者ハワト」

「はい」

「お前の中に閉じこめられたイゴーロナクは今でこそ魔力を失い、弱体化しているが、時がくればお前の身を喰い、お前という存在を奪い取るだろう。故にお前に記憶処理を施し、イゴーロナクに関わる記憶をすべて切り取る」



 脳の記憶野の一部を物理的に切り取り、完全にイゴーロナクという存在を消去せねば彼女の体はいつまでたっても彼の影におびえ続けなければならない。

 多少の催眠や魔法で記憶を曇らせたとしても彼の存在が消えた訳ではないのだ。いずれ少しずつハワトの存在を奪いながらついには『グラーキの黙示録』を完成させてしまうかもしれない。

 それを阻止するには精神外科的な療法をもって完全な対処せねばならぬだろう。



「恐れながらナイアーラトテップ様。わたしはこのままで良いです」

「……なぜ? いずれ貴様の存在はイゴーロナクに塗りつぶされ、消えてなくなるだろう。それで良いのか? あいつの慈悲に二度がある保障はどこにもないぞ」

「はい。そちらの方が、御身を慰める事になるかと」



 いつ旧支配者――それも私に敵対的なものへと変貌するかわからないジョーカーか。

 なんとも面倒な存在か。

 それに身の内に旧支配者を留めおくなど正気の沙汰ではない。そんな壊れきったものなど――。



「なるほど面白そうですね。良いでしょう。それに旧友が消えるのはまた、忍びない」

「ありがとうござ、『お、おい、テメェふざけんな! チキショウ!!』」

「おや。イゴーロナク君。出てきましたか」

「『くそ。もう少しだったのによ。あーあ。負けちまったぜ』」

「くすくす。残念ながら貴方では私にはいつまでたっても勝てませんよ」

「『っるせー! 次はオレが勝つ。首洗って待ってろ。寝首を掻いてやる』」



 相変わらず元気そうで何よりだが、それよりも彼に聞きたい事があった。



「そういえばなのですが、どうしてわざわざクトゥルフ君を復活させようとしたのです?」

「『あ? んなもん決まってるだろ。テメェをぶん殴るためだよ』」

「それはおかしい。だって貴方が星辰の運行を狂わせたのでしょ?」



 そう、儀式を止めて深きものを呼び寄せ、彼らと協力してインスマスの町おこしをする。それが私のプランだったのだが、イゴーロナク君は自身の魔力で無理矢理クトゥルフ君を復活させてしまった。



「どうして星辰を狂わせておいてクトゥルフ君を復活させたのか、疑問に思いましてね」

「『は? 星辰をずらしたのはテメェの自作自演じゃねーのか?』」

「え?」

「『え?』」



 つまり、星辰を動かしたのはイゴーロナク君では、ない?

 では誰が? こんな稚拙な魔法しか存在しない世界で天体の運行を狂わせる魔法が使えるものなど私以外にイゴーロナク君くらいしかいないはず。

 そう思っていると背後からパチパチという拍手が響いた。

 振り返れば焦げ茶のシックなスーツを身にまとった男がいた。その男は顔を包帯で覆い、楽しそうに手を叩いている。

 それは以前会ったことのある旧神だ。



「すばらしい。とても素晴らしい演目だ」

「……まさかトーファセボルか?」



 その名をトーファセボルといい、ノーデンスが作り出した私を封印するための世界の主神をしていた。

 だが私が会った時は何も言わぬ包帯男であったはずだが……。



「『あ、カーター! テメェ何しにきやがった!?』」

「……カーター?」

「『あ? テメェも知り合いじゃねーのかよ。テメェの知人のランドルフ・カーターって名乗ってたぞ』」



 すると男は顔の包帯を外していく。顎の長さが目に付く細長い出で立ち。神経質そうな相貌。

 そして確信した。

 彼とは八、九十年ほど前のアメリカにて会っている。いや、正確に言えばここドリームランドで邂逅を果たしている。

 あの時、彼は異世界への扉を開ける銀の鍵を持ち、未知なるカダスへと向かう道中であった。



「これは挨拶が遅れた。黒き男。あの時はよくもシャンタク鳥に私を乗せてくれたな。危うくアザトースの玉座まで連れて行かされるところだったぞ。もしノーデンスがいなければどうなっていたか……」

「あぁ。なるほど。君でしたか。トーファセボル。英語の綴りで言えば『T』『F』『A』『R』『C』『E』『V』『O』『L』。逆から読めば――」

「おっと。本名は止めてもらおう。それにトーファセボルという名も好きではない。ノーデンスが勝手に名付けたものだからな」



 黒き男ね……。そう言えば彼と初めて出会ったのは彼がまだ子供の頃だったな。私は彼の夢に一度だけ姿を現した事があり、それが縁で彼を玩具にしていた時期があった。



「それでランドルフ・カーターを名乗っているのですね。ですがおかげで謎が解けました。どうして星辰が乱れたのか、この生まれたての世界に『ルルイエ異本』がどうして存在したのか――そもそもこの異世界においてダゴン秘密教団のような邪な神々を祭る教団がすでに存在しいたのか。町の名前もそうですね。ダニッチ、アーカム、インスマス。どれもこれも貴方が作った――心に描いていた世界なのですから、存在して当たり前ですか」

「最初はノーデンスがちまちま作っていたが、途中で飽きてしまったようでね。ワタシに投げて来たからつい熱が入ってしまったよ。なに、文章添削は私の得意とするところで、好きなようにやらせてもらった」



 確か、彼は趣味として文章添削を生業としていたな。時には作品そのものを作り変えてしまうほど――ゴーストライターの如く文章を作り変える事もあったようだからノーデンスはこれ幸いと思って彼を使っていたに違いない。



「それで、貴方も私への復讐が目当てですか?」

「復讐……。どうかな。復讐というより黒き男と決着をつけるために、というほうが適切かな? まぁ今回はお前のおかげでノーデンスが弱体化したおかげで彼の神の束縛から抜け出す事ができた上、私の原点たるドリームランドと至る事も出来た。そのせいでワタシは人間を辞めざるを得なかったがね。ともかく君には感謝している。この筋書きはそんな君へのささやかな贈り物だ」



 ……つまりまんまと手のひらの上、か。



「あぁ、そうだ。最後に批評を聞いても良いだろうか? 物書きは批評というものが気になって仕方のない生き物なのだ」

「そうですねぇ。次回作を期待している、とでもしておきましょうか。またお会いしましょう。銀の鍵を持つ者」

「では次の執筆を楽しみにしていたまえ。我が悪夢に出てきた黒き男」



 そして彼は懐から銀色に輝く鍵を取り出し、中空でそれを捻る。

 すると空間が裂け、闇夜よりも濃い異界への扉が開いた。

 あれこそ空間と空間を繋ぐ我が兄上――ヨグ=ソトースを開ける真の銀の鍵だ。



「では不幸な星辰がそろうその日まで。ご機嫌よう」

「あぁ。お前に不幸があるように。ご機嫌よう」



 カーターが闇の中に消えると共に門は静かに閉じる。

 まるで先ほどの邂逅が夢の中であったかのような――。



「ナイアーラトテップ様。あの方は――」

「おや? ハワトさんに戻りましたか? なに、イゴーロナク君よりは新しいですが、彼もまた古い知り合いです。中々骨のある人間で、私のお気に入りでもあります。そう言う意味では貴女に似ていますね」



 すると彼女は「わ、わたし以外にもそういった人が――!?」とショックを受けたように狼狽える。

 その様がおかしく、笑みを浮かべそうになってしまう。

 さて、今回はなにやら奴に仕込まれてしまったが、これはこれで面白かったな。

 エピローグが残るが、執筆者の奴はもういない。ならば私がゴーストライターとなってしまおう。クスクス。

次の話がエピローグとなり、本章は終わりです。

この度は不幸な星辰の導きに連載再会となりましたが、旧神の陰謀により本作は再び長い眠りにつくことになります。しかしいずれ忌まわしき封印は解かれ、冒涜的な本作がなろうの影に蠢く日が来るでしょう。いあ! いあ! くとぅるふ!!(訳:今回はモーニングスター大賞において一次通過なれど、二次通過ならずと悔しい思いをしましたが、これをバネに修正を入れて次の大賞に備えようと思います。三章はまだ未定ですので気長におまちください)


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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