不信の種
「それでは改めて邪教徒の討伐クエストについてですが、邪教徒は決まって祝祭の前日――ちょうど明後日の夜に集会を開き、儀式をしているそうです。ですので冒険者の皆さまにはそれを踏まえて討伐をお願いいたします」
受付嬢の言葉に『後は任せた』との意を受けた冒険者達が腰を上げてどうするか、こうするかと話し始める。
ふむ、どうやらギルドはクエスト概要を説明するまでが仕事であり、それをどうクリアするかは冒険者側に一任されているのか。まぁそこまで面倒見切れないという部分もあるのだろう。
「それじゃLvがもっとも高い奴がリーダーで構わないですね? ちなみに俺はLv51なんですが、他は?」
その中で声を上げたのがジークだった。
よく見れば周りは二十代から四十代と年齢層がばらつく冒険者の中から十代後半であるジークが名乗りを上げるのは妙な光景であったが、誰もそれに反応しない。これだけいるのにLv51はそういないのか。
「そう言えばハワトさんのLvはいくつですか?」
「前に測った時はLv30でした。だいぶ前ですので少し上がってるかもしれません」
ふむ、どうやらLvは引き継がれているようだ。と、言う事はLv上げの方法もまた変わっていないという事だろうか。
そう思っていると軽装な革鎧に両手剣を佩いた青年が「【解放者】を越える奴はアーカムにはいないさ」と言いながら周囲に同意を求める。
それに対する反応は概ね二つ。呆れともつかぬ苦笑。煮えたぎる嫉妬。あぁ、隣のハワトはそのどれでも無く無反応だ。彼女にとっては取るに足らない事象なのだろう。
「そう言えばそこのお二人さんは? 異議はあるのかい?」
目ざとい青年剣士に見つかってしまった。中々目星が効くようだ。
「意義はありません。どうぞ我々のような木っ端人にはお構いなく」
「てか、そう言わずにこっちに来なって。同じクエストやるんだからもっと協力関係を築こうよ」
軽薄そうな態度ではあるが、なるほど。
烏合の衆になるのを防ぐために親密度を上げておく訳か。まぁ交渉事は慣れているからなんとでもなるだろう。
――もっとも親密度を上げるつもりはないが。
「では失礼して」
青年剣士に一礼してその隣に割り込むと彼は「そっちの子の方が良かったな」と親し気に肩を落とした。
ふむ、人間はこういう輩を話し上手とでも言うのだろうか。自然と会話の間合いを無視して詰め寄るような無神経さを持ち合わせたグループのリーダー。常に誰かの主役である事を自然体で受け入れる者。
そう考察しているとジークがパンと手を打ち、周囲の注目を集める。
「それじゃ取りあえず作戦は魔法で一撃入れて、その混乱に乗じて前衛職が敵を叩く。それで後衛職その援護って形の基本で良いですね?」
「さんせーい!」
茶々を入れるようなタイミングで声があがるが、ジークはそれに気を良くしたのか、自信に満ちた顔を緩めながら魔法使いや弓使いと言った後衛の組と剣や槍と言った前衛の組に分けていく。
なんとも面白くない――退屈な組み分けだな。もしゲームで言うところのスキップボタンがあるのなら連打してしまいたい。
「――それでナイさんでしたよね。ハワトちゃんと一緒に後衛で良いですか?」
「……そうですね。ハワトさんは後衛組が良いでしょう。ですが私は前衛に入ります」
「な、ナイアーラトテップ様!?」
まず素っ頓狂な声を上げたのは我が従者であった。
それに遅れて周囲からもざわめきが起こる。
どうやらまるで接近戦に適した服装をしていない私に疑義を抱いているようだ。
「なに、これでも腕に覚えがあります。ご心配なく」
「いや、あんた……。どう見たって戦える体していないじゃないか。防具だって身に着けていないし」
ドン引きと言うように騎士が頬を引きつらせている。
「な、ナイさん。言っておきますが、これは遊びじゃないんですよ」
「ジークさん。子供ではないのですからそんな事、百も承知です」
「だったら大人しく後衛組に入ってください。ハワトちゃんの師匠って事は貴方も魔法使いなのでしょ。なら普通に考えて後衛組に入るべきだ」
「ですから腕には覚えがあります。それに足を引っ張るようでしたら捨て置いて構いません。どうでしょう。皆さまの足手まといにはなりませんので、どうかお気になさらずに」
自己責任でやるのだから文句も言われまい。
そう思っていたが、どうも私の思考は甘かったようだ。それを現す様にジークの額に青筋が浮かんでいる。
「良いですか? 例えナイさんが足を引っ張るとかそういう問題じゃ無いんですよ! 命は一つだけだし、失っても取り返しがつかないんだ。それに自己完結しているようですけど、実戦となれば誰かがナイさんに助けを求める事もあるでしょ。でも貴方がそんなのでは安心して背中を預ける事も出来ません。みんなの命を預かるリーダーとして命じます。大人しく後衛組に入ってくれ」
おやおや。逆鱗に触れてしまったか。
「怒られてしまいましたね。では忠告をお聞きして後衛組に入りましょう」
クスクス。周囲から寄せられる視線が心地よい。
どれもこれも敵意に侮蔑。誰もが私の事をトラブルメーカーか何かと思っているに違いない。
このクエストで問題を起こすと警戒されるのなら、むしろ本望。何かの渦の中心にいるのは楽しいからな。
「それじゃ、少しばかり前衛組は前衛組で、後衛組は後衛組で作戦会議をして今日はお開きにしましょう」
ジークの音頭により二つのグループに分かれた。
そのグループ名が表す様にメンバーは私を除いて魔法使い四人、弓使い五人の九名。他は前衛職だ。
そんな後衛組をジークの金魚の糞になっている赤髪の少女――クレアが仕切り出した。
「それじゃわたくしが後衛組で一番Lvが高そうだからリーダーを致しますわ。言っておきますが、わたくし、Lv36ですので……!」
鼻が伸びているのではないかと思えるほど決まった口調でLvを宣言したクレアだが、はて。確か前の世界ではLv33だったはずだ。
時間軸としてはそれほど経過しているとは思えないからLvが三つも上がっている理由が分からない。どういう事だろう?
確か、Lvが高くなるにつれてLvは上がりにくくなるはずだったな。
ふむ、RPG的に考えれば課金による経験値アップアイテムを使ったと考えるべきか? いや、それよりも強敵を倒す事でより多くの経験値を得たとも考えられるか。
どちらにしろ見定めは難しいな。
「それではわたくし達は前衛組が戦う直前に盛大に魔法を一斉射して、それからは前衛組を援護するように個々に攻撃する。これに尽きるわ。攻撃の合図は……。そうね。ジークから合図が来たら、私の命令で一斉に! という形で行くわ。弓使いも弓にエンチャントをかけて補助魔法が出来るでしょ?」
弓使いとの会話が始まってしまうといよいよやる事が無くなってしまった。
いやはや、退屈だ。退屈で死にそうだ……。茶々を入れたいが、ここで入れると先の事もあってクエストから放り出されてしまうかもしれない。
それは一番つまらない。
困ったなぁと思っているとつい、とスーツの裾が引っ張られた。
「どうしました、ハワトさん?」
「あの、先ほどの行いは――」
「あぁ、気にしないでください。ただの気まぐれですよ。心の赴くままに生きる事は神生を豊かにするための秘薬でもあります」
全てにおいて面白くなくては意味がない。
「『人生は短く、苦しみは絶えない。 花のように咲き出ては、しおれ、影のように移ろい、永らえることはない。』まぁ私の生はどこまで続くか分かりませんが、故に死と言う終着点も曖昧でもあるのです。万を超え、億の年月を越え、すでに生と死の境界も曖昧になりました。まるで眠っているのか、起きているか、夢を見ているかも判然としません。
ですので私は刺激が欲しい。永劫の時の流れの中から今を感じるためにも面白い事が無ければなりません。ただ、それだけ」
どうせこの感覚など誰にも理解出来ぬだろう。
そして誰も理解しようとしないだろう。
神の悩みを介する人など存在しないのだから。
「ハワトさんも、人生は面白い方がよろしいでしょう。心のままに生きるのです。人間はちょっとした事で壊れてしまう、脆い存在ですから」
そう。人間は外なる神からすれば脆弱な生き物だ。目を離すとダメになっているかもしれない、そんな生物。故にその存在の壊れ行く様は心をくすぐってくれる。まるで地平線に没する太陽を見るよな、一握りの感動を与えてくれるのだ。
「ちょっとそこ! ちゃんと話を聞いているの?」
「あー。これはクレアさん。失礼を。どうぞお構いなくお話を続けてください」
「構わないって、さっきのジークの話聞いていなかったの!?」
ツンツンと尖った瞳が突き刺さって来る。それに便乗するように周囲も嫌な色を帯びた目で私を、そしてその連れであるハワトを見て来る。
いよいよ熟成された不信感だ。
「いやぁ。すみませんね。人の話を聞くのがどうも苦手で」
「……もしかして冒険者ランクがCになったばかりで浮かれてるんじゃないの? そういうの本当に迷惑なんですけど」
攻撃的な――。口撃的なクレアに眉を寄せたのは言うまでもなくハワトであった。
彼女は嬉しい事に私の悪口が私以上に我慢出来ないようなのだ。まったく出来た従者だ。
「良い? クエスト本番の時はくれぐれも足を引っ張らないでちょうだい! いいわね!」
「はいはい。分かっております」
さて、種は撒いた。
不信の種がどう萌芽してくれるか、楽しみである。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




