クエスト
朝食を取り終え、冒険者ギルドに足を向ける事にした。
天気は晴朗。少し蒸し暑いくらいか。
「それで教会に邪教徒と認定された人はどうなるのです? 焚刑ですか?」
「いいえ、絞首刑です。弁護人も呼ばれず、控訴も出来ないまま刑に処せられるそうで」
ふむ、魔女として提訴されたが最期、か。それに処刑方法はイギリス流というのは面白い。ヨーロッパ大陸は主に魔女の死体が最後の審判を受けても復活しないように灰にする必要があるからと焚刑が主だったはずだ。
と、言う事はイギリス流――いや、その影響下にあったアメリカ流とも言えるだろうか。
まぁ当時は相手を痛めつければその分、悪しき事をしていた罪が浄化されると信じられていたから親切心から様々な責め苦が行われていたものだ。言うなれば古き良き時代と言うやつだろう。
「さて、到着しましたね」
冒険者ギルドに足を踏みこむと割れんばかりの喧噪がそこにあった。
前の世界よりも活気がある上、どこかピリピリとした空気がある。
まぁ私には関係ない事だし、すぐにクエストが張り出された掲示板に向かうが、その前にハワトが私のスーツの裾を引っ張った。
「あの、冒険者登録はされないのですか?」
あぁ。そう言えばこの世界では冒険者登録をしていなかったな。
もっともしたところで面白い訳ではなかったし……。
「今回は見送りましょう。身分証としてならハワトさんのがありますし、困る事はないでしょう」
それに前の世界と魔法のレベルもそう変わらないだろうし、ならギルドカードの偽造も容易に出来る。あぁ、無からギルドカードを創るのは骨が折れそうだし、適当な冒険者から頂くという手もあるな。
たぶん一人でクエストしている冒険者がいるだろうからそうした不用心な方からなら簡単にギルドカードを得られるだろう。
「分かりました。ではどのようなクエストを受けましょうか?」
「ハワトさんがいつも受けているので良いですよ」
「……申しわけありません。最近はクエストを受けていなくて」
ハワトの話を聞くと『ネクロノミコン』を愛読する会――星の智慧派とよばれるカルト教団染みた組織から『ネクロノミコン』の翻訳や写本を執筆する対価として生活費の援助を受けているためクエストを受けて賃金をもらうような事をしていないそうだ。
少女一人とはいえ、グレードの高いホテルの一室を貸切り続けるほどの財力を投じられる者をバックにつけられるとはハワトも中々上手くやっている。
「なるほど。しかし、今朝のジークさんの話によると熱心に見ていたクエストがあるとか」
「あれは情報収集です。最近は物騒なので変なクエストが出て同志達に危険があるといけないので」
その物騒なクエストが受注される原因が何を言っているのかと言いたいが、面白いから黙っていよう。
「そのクエストはまだありますか?」
「えと……。はい、ありました。あれです」
ハワトが指示した先には『教会への奉仕者求む。戦闘の恐れあり。Cランク冒険者以上対象』と題され、アーカムの治安維持のため邪教徒鎮圧を行う云々と書かれていたが、具体的な襲撃日や作戦等は記載されずにただ今日までに教会に集まるよう記されているだけだった。
ふむ、どうやら詳細は教会で話されるつもりのようだ。
「それでハワトさんは受けますか?」
「受ける気はありませんでしたが……。ナイアーラトテップ様はお受けしますか?」
「そうですね……。ちなみにですがハワトさんの冒険者ランクは? 門前払いは嫌ですので教えていただけますか?」
「わたしはCランク冒険者ですので一応資格はありますが……」
気乗りしないか。それもそうか。自分達が襲われるのかもしれないクエストに赴くなど――。いや、それはそれで面白そうだな。
「せっかくです。このクエストを受けましょう」
「分かりました! では少々お待ちください」
まるで掌を返すように鬱屈とした表情が花開くように明るくなり、張り出された依頼書を元気よく引きはがして受付に向かって行く。
しばらくして受注が完了したのか、ハワトが小走りに戻って来た。
「クエストを受ける事が出来ましたが、ただ他にもパーティーが参加するようなのです……」
「多人数プレイですね。NPCの単調さは辟易するのでちゃんとプレイヤーがいるのはむしろ好ましいです。構いませんよ」
良かったと胸をなで下ろすハワトに思わず魔女帽子の上からその白髪を撫でてやる。すると気持ちよさそうに目を細め、ただ多幸感に身を任せるようにはにかみを浮かべられた。
「では教会に向かうとしましょう」
「……はい、ナイアーラトテップ様」
名残惜しそうに言葉を濁したハワトだが、何をいうでなく教会に足を向けた。
そこはアーカムを南北に分断するミスカトニック河の南岸からしばらく歩いたところに所在していた。
白亜の三角屋根の建築物。天にそびえる鐘楼を備えたそこがアーカム教会と呼ばれる神の家だ。
ふむ、何か足りないと思ったが、宗教的なシンボルの類が見当たらない。キリスト教であればナザレの大工の倅の受難を象徴するように十字のシンボルが書かれているが、異世界故かそのようなものは見当たらない。
「この教会ではどのような教えを広める施設なのですか?」
「……邪な嘘を平然とつく教えです。この教会は偽りの天地創造を真実のように弘め、誤った神を信奉する愚か者の集まりですので至高の存在であらせられるナイアーラトテップ様がお気を止める必要などありません」
おやおや。随分な言いようだな。
まぁその目で天地創造の瞬間を目の当たりにしているのだからさもありなん。その上、『ネクロノミコン』を愛読している彼女は戦慄を覚えるほどおぞましい深淵の世界を覗いている。
故にこの世界の宗教がまやかしにしか見えぬのであろう。
だが――。
「ハワト。私はどのような教えか知りたいと言ったのですよ」
「す、すみません!! この教会は父なる星が世界を創ったから星――神から遣わされたその子たる星人の教えを信ずるのが星神教の教えです」
ふむ、どうやら宗教モデルは中世ヨーロッパ風なだけあってキリスト教のようだ。
父なる星――キリスト教で言うところのヤハウェであり、子とは救世主と呼ばれた男の事のようだ。他にも父なる星が遣わした星の精と言う聖霊のような存在もあるらしい。
完全に模倣だな。きっと前の世界を創ったノーデンスが考えるのが億劫になったに違いない。
もっとも違いとしては星々の神である父なる星は寛容な心を持っているらしく、他の宗教の神々も天に散らばる星の一つにすぎず、それら全ての頂上にあるのが父なる星という位置づけのため他の宗教も容認しているらしい。キリスト教を模倣しながらも多神教を認める、か。ますます訳が分からない。ノーデンスは一度宗教学を学ぶべきだな。
「しかし他の宗教にも寛容と言いましたが、現にハワトさん達――星の智慧派は弾圧されているのでは?」
「それがナイアーラトテップ様へ捧げる御祈りが野蛮だとかで、アーカムの町長が教会に討伐クエストとして宗教裁判をするようにって要請を出したそうなのです。そもそも魔女の告訴は町長の許可が無いとできませんし……。失礼な話ですよね」
その私に捧げる祈りというのがどのような内容なのか非常に気になる。一緒にそのお祈りに参加して楽しみたいものだ。
それにしても町長の許可が無ければ宗教裁判も行えないとはな。教会権力が非常に弱いのか、それとも行政と密接に関わっているのか。興味深い事だ。
「では参りましょう」
「はい」
教会に足を踏みいれると内装もキリスト教の教会を連想させるような間取りになっていた。すらりと並んだ横長の椅子――会衆席。一段高い場所に立つ説教台。その奥には神体を模したと思わしき五芒星の飾り。
ふむ、意外とシンプルな内装だな。カトリックと言うよりプロテスタント系のそれを感じる。カトリック風の聖像を置かないのはただ単に創造主の想像力不足だったのかもしれないが。
「おや? あなた方は?」
説教台に立つ黒の法衣姿の神父――見た目で言えば三、四十代の柔和そうな男がよく通る声で訪ねて来た。
その周囲――会衆席にも何人か人の姿があるが、一様にして神へ祈りを捧げるような面々では無く、どこか粗野っぽい印象をうける。恐らくクエストを受けた冒険者達だろう。
「私達は邪教を討伐するクエストを受けたのもです。どうかよろしくお願いいたします」
「これは、これは。私はアーカム教会で司祭をしているヨハネと申します。この度は私達のクエストに御協力くださり、ありがとうございます。ささ。約束の時までしばし猶予があります。おかけになってお待ちください」
ヨハネさんに進められるままに手近な席に身を滑らし、何をするでなく時の流れに身を任せていると外から賑やかな声が聞こえて来た。あぁ聞き覚えのある不快な声だ。
「こんにちは。討伐クエストを受けに来た――。って、ハワトちゃんも来たの?」
「………………」
相変わらずツンツンとした態度をとるハワトに思わず苦笑してしまう。
と、言うのもジークの方は彼女の嫌悪の滲んだ無視を照れか何かだと勘違いしているように同じく苦笑を浮かべているのだ。これは笑える。笑えてしまう。
「ちょっとジーク! なにそんな奴に構ってるのよ!」
「ん。クレアの言うとおり」
その後ろには頬を膨らませる少女が二人。
一人は赤髪に灼熱色の瞳を持つ勝ち気そうなお嬢様――クレア・クセス。まだ十五、六歳ながらにしてミスカトニック大学を主席で卒業した才女であり、魔法に一家言ある女だ。
一人は緑の髪をボーイッシュに決めた青瞳の少女――アウグスタ。RPGで言うところの斥候らしく軽装で寡黙な性格をしているが、夜事に敏感なムッツリでもある。
「なんだよ、お前等。なに怒ってるんだよ?」
「ジークのバカ!」
「……はぁ」
やれやれ。端から聞いていて苛立たしい会話だな。コイツ等の口をまとめて縫い合わせてしまいたい。そうすれば三人一緒。永遠に口づけが出来る上、静かになるだろう。
「お待たせしました!」
痴話喧嘩に辟易していると白のブラウスに黒のベストに小型のトランクケースを持った女性が教会にやってきた。
ふむ、見覚えのある顔だ。どこかで会ったような……。
……あぁ、思い出した。前の世界でギルドの受付嬢をしていた女だ。
「受付嬢殿。この度はご足労頂きありがとうございます」
「いえ、仕事ですから。冒険者の方はこれで締め切られてよろしいですか?」
「結構。では皆様。定刻になりました。まずは天にまします我らが主のためにお集まり頂いた事に感謝を。それではクエストの詳細について受付嬢殿から」
受付嬢の話によると近々、教会から邪教の集会があるため討伐するようクエストが入った。今回の目的は邪教の生け贄にされた市民の救出と邪教徒達の捕縛が目的。報酬は基本一人当たり二十万ゴールド。それから人質救出や捕縛した邪教徒によって賃金がプラスされる。
そうした話が終わるといよいよこのクエストに参加するか否かを問われた。
「また、相手の人数は教会の内偵によると二十人ほどだそうです。これを踏まえて参加されるかどうかをお尋ねいたします。参加される方は起立を」
もちろんと言うべきか。全員――私とハワト以外――が立ち上がる。立ち上がったのは全部で二十三人か。
そしてゆっくりと立ち上がればハワトも慌ててそれに続いた。
「それでは全員クエストを受けると言うことでよろしいですね。ではクエスト参加を登録いたしますのでギルドカードを準備してください」
すると受付嬢はトランクケースを説教台の上に置き、それを開ける。中には魔力を帯びた水晶球が入っており、それは前の世界でギルドカードの情報編集を行うための端末として使われていた。
なるほど。クエスト参加をあれで決定させ、それから襲撃の日程を知らせるということか。
それを順々に行っていき、最後はハワトの番になった。
「どうぞ」
「はい……。ありがとうございます。それではギルドカードをお返しいたします。では最後に貴方――」
「あぁ、私は冒険者ではありませんのでギルドカードを持っていません」
「え?」
ふむ、明らかに困らせてしまっているな。だが私は困っていない。
まぁこのままギルドカードを持っていない者はクエストに参加できないと駄々をこねられては困ってしまうから上手く言いくるめてしまおう。
「ご心配なされずに。私の身分はこのハワトが証明してくれます」
ハワトの背後に立ち、その丸みを帯びた小さな肩を両手で握る。どうもハワトの肩の高さは手を置くにちょうど良い位置だから思わずここに手をかけてしまう。
「なに、ご迷惑はおかけしません。よろしいですね」
じぃと受付嬢の瞳をのぞき込むと、その黒い瞳孔に私が目一杯に映し出されている様が見て取れた。そしてその可憐な瞳に映る私の深淵を湛えた目が私を見返している。
すると受付嬢の瞳から光りが消え、震えるような声で言った。
「なにも、もんだい、ございません」
「……それは良かった。ではよろしくお願いいたしますね」
朗らかに笑みを浮かべてやれば登録は完了だ。
いささか強引だったのは反省すべき点ではあるが、せっかく面白そうなイベントが起ころうとしているのだからその過程の面倒事はスキップしてしまいたい。
さぁここまでしたのだ。私を楽しませておくれ。クスクス。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




