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Call of Dreamlands ――異世界の呼び声   作者: べりや
未知なる異世界を夢に求めて
25/70

世界の真実

 決闘の日から数日。

 私とハワトはミスカトニック河のほとりにあるオープンテラスを備えた喫茶店でゆるりと遅めの朝食を楽しんでいた。

 と、言ってもハワトはモーニングセットに供された薄く切られた黒パンに挟まれたハムとレタスのサンドイッチに手をつけず、カモミールを主としたハーブティーの注がれたカップを握るばかりで食事をする気配も無い。その上、私はそもそも食事を必要とする体では無いため同じく熱々のハーブティーのカップを手に無為に時間を潰していた。



「ナイアーラトテップ様? なんだか楽しそうですね」

「決闘の日の事を思い出していましてね。あれは面白かったですねぇ」

「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます。全てはナイアーラトテップ様がお力添えあってのこと」

「謙遜することはありません。あれは貴女の実力です。胸を張ってください」



 テレっと魔女帽子を目深に被って恥ずかしさに身もだえするハワトだが、数日前の決闘でクレアの心をズタズタに引き裂いた張本人だと思うとより笑みが浮かんでくる。

 決闘の後、精神衰弱したクレアを抱えて帰って行くジーク達の唖然とした顔も愉悦を感じさせてくれるものであり、あの連中は最後まで私を楽しませてくれた。


 もっとも前の時間軸では己が身に何が起こったのかも理解せずに死んだクレアだが、この時間軸では命こそ長らえるも心は死んだも同然の状態となって訓練所を後にする事になったのはまさに皮肉としか言いようが無い。

 どちらが残酷なのかは本人やその周囲次第だからとやかく言う気にはならないが、それでもクレアを殺さなかった事でハワトも生き残る事ができたし、最高の演目を観賞する事が出来たのは何よりも行幸だた。

 ここまでは私の思い描いた構図通りなのだが――。



「――しかし妙ですね」

「妙? 何がですか? もしかしてわたし達を尾行する連中の事ですか?」



 決闘の一件以来、ハワトの急激なLvアップの秘法を知ろうと複数の冒険者がつきまとうようになってしまった。

 これはこれで面倒なのだが、私が気にかけているものほどではない。



「いえ、そいつらの事ではありません。別の厄介な追跡者が気になるだけですよ」

「追跡者? ――って、あれ、ジークさん達じゃありませんか?」

「どれどれ。本当ですね」



 先方もこちらに気づいたらしく、通りの先から会釈してくる。

 そして【解放者(リベレーター)】と呼ばれた一行がやってくる。少年と見間違いそうになるアウグスタ。アーティファクトを腰に下げたジーク。そのジークが押す車いすに乗ったクレア。灼熱色の瞳からは正気が抜け、悪夢に苛まれたせいで眠りが浅いのか皮膚はかさかさに乾き、目も落ちくぼんでいる。自慢の赤髪も手入れされていないのかぼさぼさだ。

 ふむ、ハワトも不健康加減で言えば変わりないが、こちらは精神的に追いつめられて衰弱しているのが見て取れる。

 己のアイデンティティーであった魔法の記憶を封じられ、毎晩悪夢にうなされているのだから人としての精神が残っているのかいささか疑問ではあるが、少なくとも非常に好みの顔をしている。

 あの自信に満ちていた顔がやせ衰えている様などため息をつきたくなるほどだ。



「や、これは皆様。本日はお日柄も良く。で、その後のお加減は?」

「……見ての通りですよ。これからクレアの実家があるキングスポートに帰ります」

「そうですか。ご回復を祈らせていただきます」



 もっともそれを為したハワトは無関心そうにハーブティーに口をつけ、雲の移ろいゆく様を眺めていた。

 いや、むしろ私との時間を奪われて少々、苛立っているか? これはこれで面白い反応だ。時を巻き戻したかいがあるな。



「あの、これは魔法でなんとかならないんですか? ナイアーラトテップさんは魔法の研究をしていたんですよね? クレアを元通りにする事は――」

「ジークさん。貴方は誰に向かってそれを言っているのです? 我々はクレアさんに散々詐欺師だの偽魔法使いと罵倒されたのですよ。そんな人を助ける義理が、私達にあると? クスクス。なんと虫の良い話でしょうか」

「――ッ」



 まぁ彼女を元の状態に戻すことは容易いが、この状態の方が面白いから絶対に正気に戻すような事はしないがな。まさに良い気味だ。

 あれほど魔法に一家言あった娘の心を砕いたハワトの手並みに感動するが、それ以上に敗者となって打ちひしがれているクレアの様がたまらなく胸をくすぐる。使い捨ての玩具にしては良い感触だ。



「くすくす。そう睨まないでくださいよ。余計にこう思ってしまうではありませんか。”天罰が下ったのだ”と」

「……あんた、性格悪いな」

「素が出ていますよ。それにその言葉は私にとってほめ言葉でもあります。友神(ゆうじん)からそうよく言われました。あぁ懐かしいな」



 ジークは悪意を込めた舌打ちを残して去ってゆく。その後ろ姿を見送るとハワトが小さく「なんですかアレ。性格悪い人ですね」と言うから思わず吹き出してしまった。

 やはり時間遡行したのは間違いでは無いようだ。



「それでナイアーラトテップ様。先ほど言われていた妙とは一体なんの事ですか? もしかしてジークさん達が逆恨みして襲ってくるとかそういう事ですか?」

「その可能性は捨てきれませんが、私の言う追跡者とは人間ではありません。私が気にしているのは猟犬ですよ」

「猟犬ですか?」

「えぇ……」



 ふと、石畳に視線を落とす。平ら気味に作られているが、僅かにツンツンとした鋭角があるそれ。それから道行く冒険者の腰に吊られた鋭い剣を、そこにあるありとあらゆる百二十度以下の鋭角を見る。

 ふむ、やはりおかしい。

 本来、時間に干渉すると”尖った時間”を横切ることになる。するとそこに住まう不浄の種族――ティンダロスの猟犬に補足されてしまう。

 連中は縄張りをまたいだモノを執拗に追い続ける性質を持っており、百二十度以下のあらゆる鋭角から襲ってくる。

 その上、奴らはイヤに知恵の働く種であり、連中の巧みな追跡から逃れるには奴らの概念に存在しない角度の無い曲線のみで作られた部屋にでも籠もるしか助かる方法がない。



「何故だ? 何故連中は現れない?」



 如何に私が外なる神とはいえ、時間の神秘の解明には至っていない。だから先のように時間に干渉した場合、どうしてもティンダロスの民達が支配する領域を通らねばならず、連中の追跡を受けてしまう。

 それなのに一向にティンダロスの猟犬が現れないのはどういうことだろう?



「ふむ、分かりませんね。ハワトさん。もしですが、貴女が追われる身になったのにその追跡者が現れない場合、何が起こっていると思いますか?」

「そうですねぇ……。相手が忙しいとか?」

「クスクス。なかなかユニークな答えですね」

「な、ナイアーラトテップ様!」



 病的に白い頬を薄ピンク色に染めるハワトの頭をなでてやると、唇を尖らせながらも次の可能性を彼女は提示してくれた。



「追えない理由があるって事ですよね。もしくは追えない場所に対象が居るとか」

「追えない場所、ですか……」



 この世界がティンダロスを寄せ付けない? そんな訳――。

 ………………。

 いや、まさか――。だとするとこの世界の違和感についても説明出来る。



「ハワトさん。朝ご飯は終わりです」

「ふぇ!? 分かりました!」

「さて、冒険に出ましょう」



 会計を済ませ、アーカムを出て森に入る。ついでにぞろぞろと冒険者達も気配を消しながらついてきているのを知覚している。

 まったく、余計な好奇心が身を滅ぼす事もあるのを知らないのか。



「さて、ここらで良いでしょう。ハワトさん。モンスターの解体用のナイフをお持ちですね」

「はい、こちらに」



 ハワトが一振りのナイフを鞄から取り出す。



「ではそれで私を殺してください」

「分かりました」



 くすくす。疑問を挟まずに言うとおりにしてくれるのはありがたい。

 そしてハワトは躊躇いもなくナイフを私の胸元に突き刺した。

 そして傷口から液体とも気体ともつかぬ黒いモノが噴出し、体を覆っていく。

 自在に伸縮する触腕、鋭い鉤爪、無定型の肉。深淵を湛えた円錐形の顔。這い寄る混沌としての姿が露わになると同時に森のあちこちで悲鳴が立ち上る。やれやれ。好奇心が猫を殺すとはよく言ったものだ。



「な、ナイアーラトテップ様! あぁなんとお美しいお姿……!」



 もっともただ一人、頬を薄ピンクに染め、内からわき起こる情欲に身悶えするようにスカートを越しに股を押さえる我が従者だけが嬌声を上げていた。まったくこの娘は……。



「ハワト。少し星間に帰る。お前はここで私の帰還を待て」

「かしこまりました!」



 一気に大地を蹴り、空気の層を突き破るように上昇する。もちろんこの程度で次元の壁を越えられる訳ではない。本格的に帰郷するなら門の呪文を使って世界と世界を繋げる必要があるからだ。

 だが私が立てた仮説を証明するならこの程度で十分なはず。


 そもそもこの世界は不自然な箇所が多すぎる。

 この世界に私を送る際にノーデンスは『中世ヨーロッパ風の世界を舞台にしたゲームのような』世界と言っていた。

 確かにただのゲームであればそこまで世界観を作り込む必要が無い上に実際の中世の世界では制約が多すぎてストーリーが陳腐になってしまうから近現代の要素を盛り込んでアレンジされたものだ。

 しかし実際に生活する者にとってはその制約さえ当たり前の事であり、そうした不便の積み重ねが文化を一握りの天才が推し進める事で歴史を作る。

 だがこの世界にはそれが無かった。

 その違和感の正体を解くべく体は宙を飛び、空気抵抗が皆無になるそこに到達する。



「なるほどな。この星も地球と同じで丸いのだな」



 ぐるりと辺りを見渡せば青い海に緑の生い茂る森や山、砂漠が見て取れた。

 そう、大地が全周に渡り存在しているのだ。

 もし今までの星が地球と同じく惑星の一種であったのならここは宇宙空間であり、球形の星を眺められたはずなのに眼前に広がる光景は球の中心から眺めるように世界そのものが内へと反ってしまっている。

 つまり私は球状の星に居るのではなく、球の中に閉じ込められてしまっていた。



「くくく、くすくすくす。なるほどな。世界が丸く閉じてしまっているから尖った時間の存在であるティンダロス共が干渉できないのか。だがしてやられた」



 世界が内に閉じているということはこの世界から脱出出来ない事を意味する。

 つまり私はノーデンスに一杯食わされ、この世界に閉じこめられた――封印されてしまったということか。なるほど、最初から騙されていたわけだ。

 何が誤って善良な青年を殺しかけただ? 最初から狙いは私だったのでは無いか? 今思えばハスターの召喚に興味のある青年などそうそう出会えるものではないし、奴も仕込み人だったに違いない。

 そして私の性格上、旧神の落ち度に食いついて弄らねば気が済まないし、何より異世界などと面白そうな事を言われれば絡まずにはいられない事くらいノーデンスは知っている。


 ――そう、全てはめられた。


 だから封印さえしてしまえれば良いのだから世界の作り込みも甘く、そして難易度調整のためにアーティファクトを散りばめたのだろう。

 まんまと私は、騙された。

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