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Call of Dreamlands ――異世界の呼び声   作者: べりや
未知なる異世界を夢に求めて
23/70

時間遡行

 あれから数日。

 活気に満ちていたアーカムだが、今では倒壊した家がパチパチと火が木材を食む音しか聞こえない。

 いや、私の触腕が地をこする無様な足音と今一つだけ荒い息遣いが聞こえる。瓦礫の山の影から響くそれに何度目かの期待を抱きつつ触腕を振るって瓦礫を吹き飛ばす。

 そこには豪奢な全身鎧を着込んだ青年騎士が焦点の定まらぬ瞳を震えさせながら私を見ていた。



「手間を取らせたな人間! 冒険者共の討伐隊は発狂してまともに戦える奴は居なかった。その後にやって来たお前等――王国騎士団と言ったか? お前達も私に傷を与えるどころか狂い死にするばかりで飽き飽きしていたが、お前はどうだ? この外なる神と刃を交わせるか? それとも――」



 だが言葉を紡ぎきる前に騎士は穴と言う穴から液体を垂れ流しながら立派な剣を己の首に突き立てて息絶えてしまった。



「お前も、か……」



 周囲を見渡してもそこには瓦礫と化した街並みが広がるばかりで鳥はおろか虫たちのさえずりさえ聞こえない死の町。破壊の限りを尽くしたそこにはついに生命と呼べるものなど存在しなくなってしまった。

 はぁ。誰もが私に傷一つつける事無く恐怖と怯懦に飲まれながら死んでいった。

 ハワトのように最後の最後まで立ち向かう事をせず、ただただ外なる神との力の差の前に奴らは死んでいった。



「……面白くない」


 あぁ!! 面白くない、面白くない面白くない!!

 ハワトのように絶望を踏破する人間は他にいないのか!?

 これはまるで飢えだ。腸はらわたが千切れそうなほどの退屈な時間が我が身を苛める。


 ずぶずぶ、と体を縮こまらせ、人間の身に変化した時、ふと足元に一冊の魔導書が転がっているのに気がついた。どこからか吹き飛ばされて来たのか、それは燻るように煙を上げ、風と共にその灰を飛ばしていく。



「ハワトに施した全てが無駄になったな」



 彼女は『ネクロノミコン』を与えたその日から熱心にそれを読み解こうとしていた。

 言語さえ理解していないのに、それでも食い入るようにあの本に目を通し、少しでも身に着けようとしていた。

 それが言語を理解してからはより熱をいれて『ネクロノミコン』を読み解こうとしていた。

 私がそうしろと言ったから、彼女はそれを遮二無二してきた。

 その姿がふと蘇り、言いようのない感情の奔流が沸き起こる。



「……それにしても、ここまで暴れたのは久しぶりですね」



 ここまで暴れたのは……。そう、あれは私が人間の救済に失敗した二千年前の、あの日以来だ。

 その日まで私は根気強く”主の御業”という名の魔法を披露して人々の心に確固たる主への信仰という種を蒔いてきた。

 時には水をワインに変え、業病を癒し、不完全ながらも死者さえ蘇らせてきた。面白いと思える奇跡は惜しみなく疲労してきたものだ。

 だがそんな奇跡に意味はない。私はその奇跡を通して主への信仰を訴えてきた。誰もが一つの神を信じ、人々の心に共通の信仰が宿ればそこから心と心がつながり、それは双方が抱く心の壁さえ通り越した一つの共同体へと昇華される。

 そうなればそうなれば他者への恐怖も怒りも不信も存在しなくなる。そう私は、信じていた。



「あれも全て無駄であったな」



 だが人間共が求めていたのは神による救済ではなく即物的な奇跡だけを欲していた。

 神の御業を目の当たりにし、真の信仰に自ずから目覚めるよう成長を期待していたが、それは間違いであった。

 私はあの日、人間が救いようのない生物であることを知り、絶望した。

 この地上にあれほど貧弱で、愚かで、なにも学ばない種族がいるとは思わなった。

 私の十二人の弟子達でさえ例外でなく、あの人間でさえ、私の期待には沿えなかった。

 だからこそ私は奇跡ではなく絶望によって人間共に神の存在を知らしめることにした。

 深淵より打ち寄せる恐怖に神の威光を見出せるように、私は人間を堕とすことに面白みを見出し、この二千年間を過ごしてきた。



「とはいえ、これはやりすぎましたね」



 瓦礫の山を見渡し、思わず自戒の念を抱く。さすがにこれはやり過ぎた。

 完全な破壊はなにも生まない。それこそ絶望も希望も生じえない。様々な感情が、主への信仰さえ生まれない。

 そんなつまらない世界を忌み嫌っていたのは他でもない私なのに、怒りに身を任せてこの様だ。



「これではまるで生ける炎――クトゥグアと同じではないか」



 消える事の無い炎の化身たる奴は区別する事無く万事を焼尽に帰してしまう旧支配者だ。

 奴の通った後には何も残らず、ただ焼けただれた大地が残るのみ。

 そんな完全なる破壊の権化たる奴の事が私は嫌いで仕方ない。完璧な破壊など、無と同義ではないか。それは面白くない。



「まったく……。どうしたものか」



 とりあえず別の拠点を確保しようか。

 それで、その後は? ハワトのような従者を新たに探すか?

 だがあれほどの者は稀有すぎて二人目は存在しないだろう。



「ハワトを蘇らせるか?」



 それこそ二千年前に奇跡の一環として死者を復活させたことはあったが、あんなもの、紛い物でしかない。

 つまるところ外なる神の私が知るありとあらゆる魔法を駆使すれば限りなくハワトに近い生物を生み出す事は出来るだろうが、それでは意味がない。ただの人形に興味はないのだから。

 それに生命の蘇生が不可能だと言う事を誰よりも知っているのは私だ。死の影に取りつかれた哀れな研究者に魔導書を与えてさも死と言う不可逆的な現象を克服できると思わせ、そしてそれが叶わずに絶望する様を私は好んで見て来た。

 だからこそ、それがどれほど無意味な事かも知っている。



「……二千年前は踏みとどまったが、その間に絶望を踏破したのはあのアメリカ人の作家くらいしかいなかったな。次となると、いつ現れるか分からない、か。それは面白くない」



 突然の喪失がここまで響いているとは思わなかったが、それでも次を待つなどと悠長なことはしたくない。




「仕方ない。時間遡行をするか」



 ハワトが生きている時間軸に移動し、彼女の死を回避する。ゲームで言うなればシナリオの分岐点やセーブポイントに戻るといったところか? 同じ時間軸での跳躍ならば次元を超えるよりも遥かに楽に出来るが――。



時間(なわばり)を犯すモノをティンダロスの連中は良く思わないからな」



 遥か昔。時間さえ生まれぬ超太古。おぞましい行為によって生み出されたティンダロスの連中は不浄の角を祖とするモノであり、時間の監視者でもある。連中は常に飢えており、清浄なる曲がった時間を祖とする我々を憎んでいる。

 だから曲がった時間の民が尖った時間を――連中の縄張りを犯した場合、その臭いを辿って時間と時空を超越して永遠と追って来る厄介な習性を持っている。



「いささか面倒ではあるが、ティンダロスの猟犬程度を恐れては外なる神の名が廃るか」



 それに猟犬に追われていた方がまだこの退屈な世界で過ごすより面白いかもしれない。



「さて、さようなら世界。さようなら、ごきげんよう。我らは行く。我らは行く。面白きモノを求めて――。          」



 詠唱と共に足元にぽっかりとした穴が出現する。時間の歪みだ。そこに足を踏み入れれば視界が黒に染まり、そして気がつくと数日前の訓練所にクレア達と向かうところに居た。



「――? ナイアーラトテップ様? どうかされましたか?」



 濃紺のローブに身を包んだ白髪の少女が怪訝そうに私の顔を覗きこんでくる。

 ふむ、時間の跳躍は成功か。



「なんでもありません。それよりハワトさん。良いですか? 貴女は勝って当然です。ですので、貴女に縛りをいれます」

「縛りですか?」

「あの女を殺してはなりません。それに、そうですね、見せ場も作りましょう。相手に魔法を使わせ、そのカウンターで仕留める。くれぐれも即死させてはなりませんよ」

「……? ナイアーラトテップ様がそうおっしゃるのなら、分かりました! 頑張りますね!!」

「良い返事です」



 自然と口元が緩んでしまう。

 あぁ戻って来た。簡単に。容易に。造作も無く。

 そして気がついた。

 私は安堵を覚えている。私に心の底から敬意と信頼と好意を寄せるハワトを見て、私は安堵を覚えてしまった。

 ふむ、このような感情は久しぶりだ。旧神と旧支配者との覇権を争った大いなる戦争以来ではないか。

 あの戦争、以来……。いや、あれはあれで良かったのだ。そう自己弁護しておこう。



「嫌な事を思い出してしまったな。まったく……」

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