決闘騒動・完
ギルドが指定したLv23をハワトが超えた事で決闘の条件がやっと整った。
そのためギルド裏手にある訓練所と呼ばれる施設にて決闘を執り行う事になったのだが――。
その訓練所とは文字通り冒険者達の技術向上のために組み手などが行えるように整えられた施設であり、学校の体育館のようにただ広いだけの空間に砂が敷き詰められた場所であった。
「ここならどんな魔法を使っても問題無いわね!」
キリリと表情を引き締めたクレアの言葉に思わず吹き出しそうになる。まさか建物を壊しても弁償せずに済むと思っているのだろうか?
なんたる愚物か。物事の分別もつかぬ愚考は正されるべきであるが、何分面倒だ。彼女との関係もそろそろ飽き始めたところだし、今日は彼女の罪深き行動を終わらせてやろう。
「ハワトさん。貴女の力を見せてもらいましょう。好きなようにやってください。私から強いて注文をつけるのなら出来るだけ派手に、くらいですかね」
「はい! ナイアーラトテップ様!!」
二人が端と端に立つとそれを遠巻きに見ようとギルドに屯していた他の冒険者達も集まり出し、騒音がひどくなっていく。
誰もが一週間でLvを飛躍させたハワトを見ようとしているのか、それとも有名パーティーの一員であるクレアを見ようとしているのか判断がつかないが、それでも浮ついた空気だけが漂ってくる。どちらが勝つのか賭けでも始まりそうだ。
「ふん。良い? ルールは相手を戦闘不能にするか降参させるかよ! どう? 恥をかく前に降参したら? 今なら許してあげる!」
強気をまとったクレアの言葉が投げかけられるが、当のハワトは先ほどからぶつぶつと何かを呟いている。それは人間が聞くには堪えぬ音の羅列であり、冒涜的な音階が彼女の口か絶え間なく溢れて行く。すでに彼女の瞳に正気は無く、ただ薄暗い瞳が焦点を結ぶ事無く虚空を見据えている。
それの素晴らしいところはハワトが『ネクロノミコン』を見ずに祝詞を摘むんでいるいるところだ。早速教育の成果が表れてくれた。
「む、無視!? 良い度胸ね! 覚悟しな――。カハッ……!」
クレアが言葉を紡ぎきる前にその小さな口から血があふれる。それと共に顔が恐怖に支配され、両手がもがくように自身の胸をまさぐる。
「な、なにし――。く、ぐるじぃ……! し、心臓が、あ、あ……。わたくしは、魔法……。ぐ、あ、た、たすけ――」
若くして才能を開花させた才女はその才能の一欠片も見せる事無く、ただ顔に苦悶を浮かべ、人の口から漏れるにはあまりにもおぞましいな絶叫を撒き散らせる。
まるで人間性の欠片も無い叫びは一秒とも一時間ともつかぬ時間を埋め尽くし、決闘を見守っていた冒険者達を凍り付かせた。
ふと、気がつくと鼻にじゃ香の臭いが漂ってくると共に濃厚な血臭が届く。
それと同時にハワトの口元には一仕事終えたかのような満足そうな笑みが宿り、彼女の節くれた手には深紅の輝きを放つ肉塊が握られていた。
――どさり。
案外軽い音と共に糸が千切れた人形のようにクレアが倒れ、それが決闘の終わりを告げた。
「……終わりましたよ。ナイアーラトテップ様!」
この臭いにハワトの手に握られたわずかに脈動する臓器……。ニョグタのわしづかみを使ったな。
この呪文は対象の心臓を文字通りわしづかみにし、最終的に心臓を身体より引きずり出す呪文だ。
これは相手に魔法的素養が無い限り回避の出来ない極めて攻撃的な呪文であるが、逆に言えば相手に魔法の素養があれば回避は易いし、何より相手と会話できるほどの距離でなければニョグタのわしづかみは発動しない。
故にその有り余る破壊力に反して非常に使い勝手の悪い呪文と言えた。
だがこの世界の魔法は未熟であり、決闘と言う儀礼的な戦闘のため戦闘開始時の距離も近いとあってまさにおあつらえ向きの魔法ではある。その上、相手の心臓を引きずり出すと言う派手なパフォーマンスは私の要望通りだが――。
「はぁ……。ハワトさん。確かに私は派手にと言いましたが、これではギリギリ及第点と言ったところですね……」
「え? え!? な、何か不味い事でもしましたか!?」
「良いですか? 私が貴女に与えた力を行使すれば買って当たり前ではありませんか。これでは面白味を十二分に引き出したとは言えないでしょう」
確かに圧倒的な力の差を見せつける事はできた。だがそれを見せつける対象はギャラリーでは無く、喧嘩を売って来たクレア本人であるべきだ。
それなのに彼女は己に何が起こったのか知覚する暇も無くハワトに心臓を奪われてしまったのだからこれでは何のための決闘だったのか疑問に残ってしまう。そんな結果では諸手を上げて喜べるはずもない。
「良いですか? 貴女なら素晴らしい演目をこなせる地力があります。それを一瞬で決着をつけてしまうとは勿体ない! 演劇とはストーリーに山と谷があるから面白いのです。派手なアクションが見たいだけならサーカスに行けばよろしい。それを貴女は――」
「す、すみません……」
「まったく。ですが私も演出に関しては言いそびれていましたし、何よりハワトさんの全ての物事に全力で挑む姿勢は大好きですよ。まさに長所とも言えましょう。しかし同時に短所でもあります。これからは機微を学ばねばなりませんね」
「ナイアーラトテップ様――!! はい! わたし、これからも精進いたします!!」
「よろしい」と微笑むとハワトは子犬が主人にじゃれつくように恍惚とした表情を浮かべはにかんでくれた。
ふむ、謝罪を浮かべていた時はこの世の絶望の全てを見たかのような顔だったのに今や乙女のそれだ。表情がコロコロと変わってくれるのは見ていて楽しいし、何より華が生まれる。非常に良い事だ。
「な、なにをしたんだ!!」
「クレア!? クレア!! ジーク! クレアが――」
おやおや。まったく。外野が騒がしい。そう思う間もなく脇を二つの影が駆けて行く。ジークとアウグスタだ。
二人は仲間の下にかけよると回復魔法が使える者は云々とかわめきだす。
まったく、まったく! まったく。これからエンディングなのだぞ。それをかき乱そうとするな。せめてスタッフロールのNGシーン集であれば許しもしたが、これはいただけない。
「ジークさんにアウグスタさん。一体何を騒いでいるのです?」
「な!? なに言ってるんだ!? クレアが倒れたんだぞ! は、ハワトちゃん。こ、これはなんの魔法なんだ? 早くクレアを起こしてくれ!!」
なんて無茶ぶりをするのか。チラリとハワトをうかがうと彼女は彼女で困惑気味にこちらを見返してくる。
もっともな反応だ。
様々な凶事とあらゆる神話知識を内包した『ネクロノミコン』とて死者の完全なる復活の方法など記されていない。何故ならそのような魔法が存在しないからだ。
そもそも死者が生前と同じように復活するのなら宗教などいらない。まぁその自然の摂理を履き違えたバカと言うのは地球において一定数存在する。そうした連中が勝手に死者を冒涜して破滅する様など見ていて飽きないが、まさか異世界にも存在するか。実に興味深い。
「ハワトちゃん! なんか言ってくれ! クレアを、クレアを返してくれ――!」
「えぇ……。そんなこと言われましても……」
本気で困るハワト。仕方ないので助け船を出すつもりで彼女が手に抱える肉塊を指さす。
「ハワトさん。ソレは不要ですし、返して差し上げては?」
「はい! ナイアーラトテップ様。あの、ジークさん。これを」
すでに脈動する力の潰えた臓器をハワトは落とし物でも拾うかのような気軽さでジークに突きだす。だがジークやアウグスタはそれが何であるのか理解出来ていないようだ。
もしかしてこの世界の医学レベルが低くて臓器の何たるかを知らないのだろうか? それとも、どこにでも居そうな――人の良さそうな少女が親友の心臓を差し出してくると言う非現実的な行為を目の当たりにして正気を欠いているのだろうか?
くすくす。
「ハワト、ちゃん……?」
ぽた、ぽたっと訓練所に敷き詰められた砂を濡らす手に視線が集まり、それは憎悪とも悲哀ともつかぬ絶叫の元となった。
「……お、お前……! お前お前お前ッ!!」
「……え?」
刹那。ジークの腰に吊られていた剣が音もなく引き抜かれ、ハワトの胸に吸い込まれる。
ずぶり、と。
ずぶずぶ、と。ずぶずぶと、だと――?
見間違いかと思った。だがジークが突き立てた剣はハワトの薄い身体を貫き、新たな鮮血が床を汚している。
「なッ!?」
何故だ!? ハワトには加護を与えていたではないか。私が与えた加護は物理的な攻撃を肩代わりする機能があり、あんな攻撃程度ではかすり傷さえつけられないはずだ。
だがあの剣は加護をものともせずハワトに致命傷を与えている。
「……そうか、神代の遺物か!?」
旧神と旧支配者が覇権を争った大いなる戦争の頃、それぞれの陣営が今では再現出来ないマジックアイテムを作っていた。その一部は現代にも伝わっており、唯一人間が我々――神格に対抗できるアイテムとして密かに出回っている。
その効果は絶大であり、ある物は術者に永遠の魔力を供給するものであったり、幻惑の呪文を打ち破って真実の姿を映す鏡であったり、不可視の存在を可視化させる秘薬であったりと様々なものがある。
あの剣もその類のものだろう。恐らく”切断”という概念が付与されているのか?
そうでなければ私の加護を貫通するなど出来るはずがない。
いや、それよりも――。
「ハワト、さん……!」
血の海に沈んだハワトを抱き起すが、その淀んだ瞳に光はない。
もう、手遅れなのは一目瞭然だ。なにか、抜け出た魂を呼び戻す魔法はないか? 蘇生の方法は?
……くくく、くすくす。蘇生だと? 死者を蘇らせるだと? なにをバカな。そんな方法あるわけないだろうに。
斬られた耳をくっつける程度ならいざしらず、完璧な蘇生の法など、あるわけない。
強いていうなら紛い物を作ることくらいは出来るが、それだけだ。それは贋作であって、本当の意味での蘇生ではない。
そんなことまで忘れ、この外なる神の心が乱されてしまうとはな……。
「ジークさん。貴方、自分が何をしているのか分かっているのですか?」
だがジークは獣のように肩を怒らせ、荒い呼吸をするばかりで問いに答えてくれたない。
まったく、シナリオブレイクをしておいて弁解も無いのか。
「良いですか? ジークさん。私はね、我ながらに面倒な性格をしています。ゲームで言うところの地道なレベリングが嫌いですが、チートコードを用いてエンディングを迎えるのも嫌いです。誰かの未来を壊すは好きですが、私の思い描いたストーリーを他者が逸脱してしまうのが嫌いです。誰かの幸せを奪う事に幸せを感じますが、私から何かを奪おうとするモノは許せません。つまり他人を傷つけるのは良くても私を傷つけるのは許せないという救いようのない自己中心的で人格破綻しているのが私の性格なのです。
さて、ジークさん。お前は今、何をしたのか分かっているのかクソガキがッ!!」
久しぶりの怒りに心が高揚する。今まで否定していた破壊衝動が異様に高まっている。胸の底から湧き上がる憎悪を解き放ちたくて仕方ない。
こうなればタダでは殺さん。未来永劫、苦痛以外の知覚を奪い、次元の彼方に――。
いや、落ち着け。
ただの死じゃないか。無数にある死ではないか。確かにハワトは替えの効かない我が従者であったが、それだけだ。
「ふぅ……。怒鳴ったりして、申し訳なかったですね。もう怒ったりしていませんから、まずはその剣を納めてください」
それより、今後のことだ。
もうここで冒険者を続けることはできないだろうし、続ける意味もない。いっそのこと、一度元の世界に戻って気晴らしでもしようか。
そんな事を考えながら立ち上がると、未だ剣を捨てないジークがそこにいた。
その瞳には怒りと共に悲しみ、戸惑い、様々な感情があと一息で破裂する風船のように詰め込まれている。
「ジーク君……! 剣を納めるんです。”あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる”」
「う、うああああッ!!」
私の最後通告がトリガーとなり、彼は狂戦士のような雄たけびと共に剣を振るってきた。せっかく忠告を与えたというのに……。
人間とは愚かな生き物だ。
「やはり、私は人間さえも救えないのか」
大上段に振りかぶったジークが目にもとまらぬ速度でそれを振り下ろしてくるが、回避などしない。
常人なら避けるのもやっとなそれの軌道を正確に見抜き、剣の腹を拳で打ち、受け流す。
彼にとって必殺の一撃を仕損じ、大きな隙がでたところでその胸元に掌底を放って肺に溜まっていた空気を全て吐き出させる。
「警告はしたというのに……。まったくお前達人間ときたら貧弱で、愚かで、なにも学ばない……」
黒のスーツに包まれた体が膨張を始め、黒く泡立ち、全身を覆ってゆく。
「あぁ! 醜い! なんと醜悪に腐りきった我が身か! 父よ! 父よ! 白痴にして盲目なる父よ! あなたの息子は何よりもおぞましい身として産み落とされた! あぁ! 見ておられますか。この冒涜的な姿を! 貴方が作り出した我が身を!」
ぞろぞろと動く触手。洞のような穴の空いた円錐形の頭部。口に出すのも憚られるこの姿!
なんと気持ちの悪い姿なのだ! どうして父はこのような惨めな姿を私にしてしまったのだろうか!
「な、なんだ、こ、これ――!?」
「私は警告したぞ? お前は剣によって滅びるのだ……!!」
鈎爪のついた触腕を鞭のようにしなり、ジークの剣を奪い取る。
だが神格たる私の姿を直視したせいか彼は動く事を――闘う事をしない。ただ茫然と成り行きを見守るばかりだ。くそ、こんな奴にハワトは壊されたのか。散り際でも私を楽しませられないとはつくづく救いようのない男だ。
なんと殺すに値しない存在か。だがそれ以上に生存させる理由が無い。
彼から奪った剣で、ハワトを刺したその剣の切っ先をその心臓に向け――。
「ジーク! 危な――」
突き刺すが、その直前で小さな影がジークと剣の間に割り込んだ。彼の仲間であるアウグスタの身体を剣は易々と貫き、絶命させる。
黙って見ていれば死なずにすんだものを、愚かな娘だ。だがその愚かさは嫌いでは無い。
「アウグスタ! あ、あ、あああぁあああ!!」
「くくく、くすくすくす! 仲間のために命を捧げたか。意味もないし愚かな行為だな。だが”人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない” さぁ人間! お前はどうする? 心臓を引きちぎられた女のために、お前のために命を投げ出した女のために、お前はどのようにあがいてくれるのだ!? ――ん?」
そこには血だまりの中に崩れ落ちたジークがいた。
その眼から生気は消え、ただ赤子のように間抜けな表情で私を見ていた。
度重なる仲間の死と、この世のものとは思えぬ冒涜的な私を見た事で正気を失ってしまったらしい。
「……仕方がない。終いにしよう」
一振りでジークの首を落とすと、空虚な落下音を最後に沈黙が訪れた。
決闘を見物しにきていた冒険者のうち、ここに残っているのは正気を失った者ばかりで、そうでない者は逃げて行ってしまったようだ。
「ふむ、つまらなくなりそうだ……」
思わずそう、言ってしまった。
ヒロイン死は好きなシチュですが、今作のヒロインはクトゥルフ系ヒロインなので明日の更新でクトゥルフ的復活を遂げさせますので安心してください(安心できるとは言っていない)。
それではご意見、ご感想をお待ちしております




