決闘騒動・4
今日も良い天気だ。
澄んだ空に気温も程良く、風も心地が良い。
「あぁ、ハワトさん。あの屋台ではサンドイッチが売っているようですね。あれを朝食にしましょう」
「………………」
「ハワトさん?」
「は、はい!」
やれやれ。朝から心ここに有らず、か。どうもハワトは昨夜のレッスンの時に嬌声をあげしまった事が恥ずかしくて仕方ないようだ。もっともあの程度聞いてて何も感じないから彼女も気になければ良いのに。
「ハワトさん。はっきり言いますが、恥ずかしがっているのは貴女一人だけですよ。それに私は昨夜の事を痴態とは思っておりません。本音を言えば私の手を煩わせないでほしいのですが――」
「いえ、そうでは無くて。わたしはせっかくナイアーラトテップ様から文字を授かったと言うのにそれよりも獣欲の赴くがままになってしまいました。ただの村娘であれば一生手に入る事の無かった知識をいただいたのにわたしはただの獣になってしまいました。その事がせっかく従者にしてくださったナイアーラトテップ様に申し訳なくて……」
ふむ、従順な従者と言うのは好ましいが、ここまでくると信者とも言えるな。悪い気分ではない。
「ハワトさん。私はその程度気にしておりません。それよりも私達はLvと言う大切な目標があります。まずはそれに注力しようではありませんか」
「……はい」
まだギクシャクとした感じが否めないが、まぁ良しとしよう。それに自己批判と言うのも一つの成長法でもある。
進歩しているのならそれで良いのだ。
「さて、アウグスタさんも昨夜はお楽しみだったようですね」
その言葉に背後についてきていた監視役のアウグスタが肩を振るわせる。昨夜は彼女のパーティーメンバーであるジークがクレアに付きっきりだったため廊下の外で寂しい夜を過ごした事だろう。そんな彼女にハワトの喘ぎ声がダメ出しとなって自分を慰めていた事は把握ずみだ。
ツイッっと視線をずらしてクールぶっているが、昨夜の事を思うとただのムッツリとしか思えないのが可愛らしい。
「せっかくです。今日の討伐クエストのパーティーメンバーになっていただけませんか? ジークさん達は恐らく別行動でしょうし」
「……ん。かまわない」
「ありがとうございます。では報酬としてご飯の保証をしましょう」
「報酬はいらない。どうせクレアの面倒をジークがみないといけないから、討伐クエストはソロにならざるを得なかった。気にしないで」
「貴女こそ気にしないでください。幸い手元には腐るほどの金があるのです。ぱーっと使いたい気分なのですよ」
すでにもう二泊分の金をホテルに出している。あとの金は景気よく使い切って宵越しの銭を持たぬようにしたい。
「やはりナイアーラトテップ様は浪費家じゃありませんか?」
むすっと抗議するハワトには苦笑がもれてしまう。
「ハワトさん。これは浪費では無く投資です」
「あの、どこがですか?」
「アウグスタさんと討伐クエストが出きるのです。きっとLvの秘訣が見てとれる事でしょう。その手間賃ですよ」
「なるほど! さすがナイアーラトテップ様です!」
ついにいつもの調子に戻ったハワトに朗らかに笑みを向けると彼女も嬉しそうに頬を緩めてくれた。
良い朝になりそうだ。
「………………」
――もっともアウグスタからは敵意を向けられているようだ。やれやれ心が枯れている者の僻みは止めてほしいものだな。
「……ん? そう言えばハワト。髪の色、変えた?」
「え? そんな事してませんけど?」
「そう? 昨日より白くなってる」
アウグスタの指摘で気づいたが、確かにハワトの金の髪の五割ほど白化していた。
ふむ、いつもハワトの事を見ていたからそのような些細な変化には気づかなかったな。
「鏡を見ないのでよく分からないのですが……。本当ですか? ナイアーラトテップ様?」
「えぇ、確かに。ですが私でさえ気づかぬものですし、気にしなくても良いのでは?」
「そうですね!」
あぁきっと昨日の言語の強制ダウンロードによる後遺症だな。まぁ精神が無事でも肉体の方には少なからず負荷が蓄積していると言うことだろう。自然とゆっくりと、気づかれぬうちに壊れていく様は見ていてゾクゾクする。もう少し放置しておこう。
「では朝食にしましょう」
そして屋台でサンドイッチを食した後、アーカムの薬屋に向かうことにした。
「Lv上げじゃ無いの?」
不満そうに口をへの字にするアウグスタ。まぁ彼女としてはLv上げのために早々に森に行きたいのだろうが、色々と準備する必要がある。
「まぁまぁ。私達は昨日冒険者登録したばかりで色々と物が足りません。まずはそれを揃えましょう」
その言葉にアウグスタは不承不承付き合ってくれた。
もっとも必要な物はそう多くはない。
ゴブリンを解体するためのナイフ。魔石をしまうための肩掛けバッグ。最後におまけの毒物だ。
この毒物は見つけるのに苦労した。治安上の観点からかアーカムでそれを扱っている店は非常に少なく、なんとか薬師を名乗る店でドクゼリに似た植物が得られた事くらいだ。本当ならトリカブトくらい欲しかったのだが、仕方ない。現地調達出きる事を願いつつ森に出る頃には昼を過ぎてしまっていた。
場所は昨日と同じ森。さっそく門を出て結界の施された街道から外れた獣道に向かう。
「でも城門の近くに屋台が出ていて良かったですね。昨日は気づきませんでしたが、これでわざわざご飯を食べに町の中心まで戻らなくてよくなりました」
「ん。あの屋台は毎日やってる訳じゃ無い。それよりハワト。お昼、そんな食べてないでしょ。体調悪い?」
「――? そんな事はありませんよ? ただあまりお腹が減っていないだけです」
「そう。疲労も残ってない?」
「……? なんの事ですか?」
なんとも華やかな空気だろう。パーティーに女性が増えるだけで空気が華やぐのおだから不思議だ。やはり女性には魔性が宿っているに違いない。
「さ、行きましょう」
「待って。陣形を組む。ボクが偵察するから二人は援護」
索敵のためにアウグスタが先頭。次いで彼女を支援するためにハワト。そして後方警戒を私がすると役割分担をした後、縦列にて森の中を進むことにした。
しばらく進むとアウグスタが立ち止まり、静かに座り込んだ。それに音を立てぬように習って彼女に近づくと小声で「前方、何か居る」と手短に必要な情報を伝えてくれた。確かに前方五十メートルほどの場所の木々の向こうで何かが動いている。
ふむ、人形のように見えるが、ゴブリンだろうか?
「どうする? ハワトがやる?」
「う、うん。Lvのためですからね!」
「……いえ、待ってください。私がまず無傷での捕獲を試みます」
「不可能。そんな事、出きるわけ無い」
「そう言う魔法に覚えがあります。ハワトはその後に――。良いですね?」
二人が頷くのを確認してから冒涜的な呪文を唱える。
「 」
その気色悪い言語が解き放たれると同時に林の向こうからドスンと何かがのし掛かるような音が響いた。
「ナイアーラトテップ様。この呪文は?」
「クトゥルフの鷲掴みと言う呪文です。相手は不可視な触手に巻き付けるように動けなくなってしまうのです」
これで対象の身動きは封じた。さて、実験タイムの到来だ。くすくす。




