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Call of Dreamlands ――異世界の呼び声   作者: べりや
未知なる異世界を夢に求めて
18/70

決闘騒動・3

 ジーク達との食事が終わり、ホテルに戻ってきた。

 ふむ、ジークは飯屋を選ぶセンスが無い。そもそも酒場と言う選択肢は悪くは無かったが、連れて行かれた所は粗野っぽい冒険者がその日のクエストを語らうような煩雑とした店であり、控えめに言って女性を伴って入店するのに抵抗を覚えるような場所だった。



「それじゃ俺は部屋に戻るよ」

「ん。おやすみ」



 ホテルのロビーでジークと分かれると後はアウグスタとハワトと私と言う状況になった。

 口数の少ないアウグスタの事だから部屋に招いても良いのだが、それをされると夜のレッスンに滞りがでるやもしれない。

 どう言って彼女を外に追いやるか考えているうちにホテルより宛がわれた部屋にたどり着いてしまった。

 そのドアをあけると木の温もりあふれる内装が私達を出迎えてくれた。

 部屋の隅の机には世界を橙色に染めてくれている澄んだ石――原始的な光の魔法が付与されている――を抱いたスタンドのようなオブジェがあり、その反対には昼の間に準備されたのかダブルベッドが一つとイスが二脚。そのイスも丁寧な木彫りが施された高級感溢れる作りとなっており、ホテルの質が垣間見えた。

 ……本当に中世風の世界なのか?



「さてアウグスタさん。貴女は夜どうされます?」

「イスを貸して。廊下で寝る」

「分かりました」

「え? ナイアーラトテップ様、それは可哀想なのでは――」

「ハワトさん。よくよくお考えください。今夜は村を出て初めて屋根のある清潔的な環境で横になれるのですよ。その意味をよく考えた方が良い」

「……はッ!?」



 ボッと顔を朱に染めるハワト。ちらりとアウグスタを伺えば彼女も頬を赤らめながらそっぽを向いていた。くすくす。気になるお年頃だからな。



「では良いですね。出来ればハワトさんとだけの時間を過ごしたいと思っているのです。ハワトさんはイヤですか?」

「いえ! いえいえ!! むしろナイアーラトテップ様と二人きりで過ごしたいと思っておりました!!」

「ではそう言うことでよろしいですね」



 有無を言わさぬ口調をアウグスタに向ければ彼女はコクリと小さな反応を返してくれた。聞き分けの良い娘で助かった。

 これでいらぬ説得をする手間が減ったと言うものだ。



「それじゃ、明日」

「ん、また明日」



 イスを片手に出て行く少女の背を送り、部屋のドアに鍵をかけ――。いや、止めておこう。



「ではハワトさん。早速始めましょう」

「は、はい!」

「ではまず言語からですね」

「……はい?」

「プライベートレッスンですよ。貴女はまず学を得るべきだ」



 ハワトに致命的に足りないのはLvや魔力では無く知識だ。

 何をするにつけても知が無くては物事を理解する力が決定的に不足してし、得る物が減ってしまう。

 行く行くは『ネクロノミコン』が無くても魔法が唱えられるレベルになってもらうためにはまず言語を知らねばならない。それさえ理解出来れば副次的に他の情報も取り込めるようになり、より知識を成長させてくれる。



「……分かりました」

「おや? 何かご不満でも?」

「いえ、そんなことありません! ナイアーラトテップ様が与えてくれるものなら全て喜んでいただきます!」



 くすくす。ハワトも年頃の娘だから期待もあったのだろう。まぁヤれない事は無いし、体を女のそれに作り替える事も出来るから様々な体験をさせてやる事は出来る。

 だが人間風情と交わっても満足出来ないし、ハワトを悦ばせるのなら性的興奮よりもまず知的好奇心の方が良いだろう。



「しかし残念ながら人間の第二言語を覚えられる臨界期は十五、六歳ほどと言われていますし、今から詰め込みで文字と文法を教えても身になるまで幾月かかるか分かりませんね」

「そんな! でもわたし、がんばります!」

「くすくす。私との姦淫を望んでいたはずなのに良い心がけです」

「そ、それは――! わ、わたしは、その……。この肉体の全て――髪一本から爪の一枚まで全てをナイアーラトテップ様に捧げる所存です。ですので、先ほど言った通りナイアーラトテップ様からいただけるものはすべからく喜んで受け取ると決めています!! 例えそれが苦痛でも、その、勉強でも……」

「素晴らしい!! 非常に素晴らしく感動的です。そのモチベーションが臨界期の年齢を底上げするでしょうし、貴女は有望ですので私の期待に必ずや応えてくれる事でしょう。しかしここは時間短縮のために少々チートを使います」

「ちーと? ですか」

「えぇ。これから貴女の脳髄に私の言語記憶を直接植えつけます」



 ”え”に濁音をつけたような音がハワトの口から漏れると共に彼女を抱えてベッドに放り投げる。干し草の上に敷かれたシーツの上で軽く彼女の体が跳ね上がると共に嗜虐心を刺激する悲鳴が響く。それに頬が緩むのを感じつつ彼女の脇に腰掛け――。



「まずその手にしている『ネクロノミコン』を預かりましょう。では行きますよ」

「――は、はい!」



 ”はい!”か。”はい!”と答えたか。

 待ったの声が聞こえるかなと思ったが、”はい”か。何も疑わずに私から施しを受けるとは純真無垢な返事をしてくれるのか。

 そう思いながら彼女の手から『ネクロノミコン』を受け取り、それを枕元に置く。

 さていよいよか。まぁ少し考えれば分かる事だが言語記憶とは幼少の頃より反復して脳に染み込ませるものであり、一朝一夕で身につくようなものではない。それを一晩で行うのだから――。

 くすくす。まぁ精神が崩壊したところで調整すれば問題ない。



「目を閉じて」



 彼女の額に右手を重ね――。



「ひゃあッ!? な、なんで、なんれすかこれッ!? あぁッ」



 線の細いハワトの体が跳ね上がらんばかりに暴れるが、頭の位置だけは変わらない。まぁ動くと面倒だから動かないように暗示をかけただけだが。



「んあッ!? は、はいって来ます! な、ナイアーラト、てっぷさまぁ! あんッ。お、おかしく、あたま、おかしく、なっちゃいそうれす……!」

「当たり前です。貴女の脳を直接イジっているのですから」



 ハワトの農作業に慣れた指が整えられていたシーツをぎゅっと掴み、脚が生まれたての子鹿のようにガクガクと震える。自制を失った口元から涎が一筋流れ出て汗と共に彼女の頬を光らせる。



「あッ……。あッ……。ヒギぃ。あぁ! あ、頭のなか、し、白くなってましゅ。ナイアーラトテップさまぁ! ナイアーラトテップさまぁ!! あぁ……! んあッ!!」



 ビクっと盛大に彼女の四肢が震えると共に体が弛緩し、余韻を楽しむようにハワトの体の芯が震える。

 額から手をどかすととろんと瞳孔を開いたハワトと目があった。もっとも焦点を結んでいるのか怪しい瞳だ。



「ハワトさん? 終わりましたよ。気分はどうですか?」

「………………。すっごい、です」



 湿り気を帯びた声音に満足を覚える。

 これで彼女は自由に読み書きできるはずだ。

 それに危惧していた精神崩壊も起こっていない。普通なら正気を失って発狂しているところだが――。いや、そもそも彼女の精神は私との邂逅ですり切れているからもう壊しようが無いのかもしれない。



「さて……」



 ちょうど読み書きできるようになったのだ。何か読ませてみたいが……。生憎部屋には本はおろかメモ用紙さえ無い。

 仕方なく枕元に置いた『ネクロノミコン』のページをランダムに開く。



「この一節をこの世界の言語にて言ってごらんなさい」

「……死せるクトゥルフ。ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり」



 良い出来だ。私の言語記憶をそのまま流し込んだから地球のありとあらゆる言語をハワトは理解できるだろう。これで読めぬ魔導書はこの世に存在しないはずだ。後は適当に魔法をいくつか暗記すれば『ネクロノミコン』無しでも魔法が扱えるようになるだろう。



「さて、貴女も消耗しましたし、今日のレッスンはここまでにしましょう。明日は貴女のLv上げですのでしっかり休んでください」

「ナイアーラトテップ様……」

「何か?」

「ありがとう、ございます」



 ハワトは袖で汗の浮かんだ顔を拭いながらはにかむ。



「わたしはご存じの通り、ただの村人です。服を買うのも苦労する家でした。文字も自分の名前しか知りませんでした。そんなわたしに、服を買ってくださり、知識を与えてくださり、本当にありがとうござい、ますぅ……」



 最後は寝息と共に口から言葉が抜けていった。

 ふむ、愛らしい事を言ってくれるものだ。さて――。

 音を立てぬようにベッドから立ち上がり、ドアの前に立つ。やはりぴったりと聞き耳を立てる気配がする。



「やれやれ。寂しいのか?」



 扉を壊さぬように注意を払った上でそれに鋭く握り拳を叩きつけると四十キログラム代の重さのモノが転げ落ちるような音が廊下から響いてきた。くすくす。


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