決闘騒動・2
「それじゃ一週間後! そこの偽魔法使いと決闘よ! 覚えてなさい!」
――との捨て台詞を吐いてクレアは私達のギルドカードを投げ捨てて肩を怒らせながらギルドを出て行ってしまった。やれやれ。パワーのある人間と言うのは見ているだけで疲労を覚えてしまうな。
だがあのような高圧的な外見をしている者の多くは内の小ささを隠すためにわざと大きな態度をとる傾向にある。
それにえらくハワトに喰ってかかっていたのは魔法の修練を積んで来たと言う事にアイデンティティーを感じているからだろう。その上、家族は領主と言う支配階級の出身なのだから平民よりも優れる事を家族から求められて来たのは想像に難くない。むしろ一が出来るのなら十が出来て当たり前。十が出来るのなら百も出来る筈――。きっとそのような無限の努力を追求される家庭環境を過ごしてきたはずだ。
もっとも無限の努力を求められたとてそれが一〇〇パーセント報われる事は無い。必ずやどこかで挫折するものであり、そこから個々人の能力の限界を悟るものだろうが、話を聞くと年少にありながら大学を出ていると言う事だから彼女はまだ挫折を知らない可能性が高い。
つまり彼女にとって『魔法が誰よりも上手く扱えるわたくし』と自己がイコールで繋がってしまったのだろう。ソレを私のようなぽっと出の初心者冒険者にぶち壊された事で初めての挫折を目の当たりにしたはずだ。
ここで反省や己の限界を知った上で躍進を図ろうとするなら成長譚として綴る事も出来たろうが、残念ながら挫折を知らぬが故に後に彼女は引くタイミングを見失ってハワトに無謀な勝負を挑む事になってしまった
くすくす。これでは滑稽な道化と戯れる喜劇になってしまうではないか。なんと矮小な人間だ。だがその矮小さも面白い。自己の依代たる『魔法が誰よりも上手く扱えるわたくし』が崩壊した時、彼女は一体どのような顔をしてくれるのだろうか。あぁ! ぞくぞくする。あの強気に満ちた端麗な顔が歪む様を想像するだけで絶頂を迎えそうだ!! くくく、くすくすくす――。
「あの、すみません。うちのクレアが……」
「あ? あぁジーク君。気になさらないでください。確かに私達も彼女の気に障る事をしてしまいました。謝罪していたと彼女に伝えてくれませんか?」
「分かりました……。でも良かったんですか? 決闘なんて受けて。あ、そう言えばハワトちゃんはLvいくつなの?」
ハワトは「すいません。字が読めなくて」と頬をかきながらクレアが落として行ったギルドカードを拾おうとするが、その前に素早い身のこなしのアウグスタがそれを拾い上げ、端整な顔を歪めた。
「Lv6? 一週間でLv23までいくのは不可能」
アウグスタの差し出してくれたハワトのギルドカードにはLv6と登録時より若干レベルアップした数字が書かれていた。ふむ、確かに一匹のゴブリンは魔法によって殺していたからそのおかげか。
「しかしゴブリン一匹倒した事でLvが上昇するのならLv23まで到達するのは容易いと思うのですが?」
「あー。知らないんですか? Lvは上がれば上がるほど次のLvになるまでの経験値が多くなるんです。だからLv5を超えると段々と伸び悩んでくるんですよ」
ふむ、言われてみればゲームでもレベル上昇に関する経験値は段々と上昇する傾向にある。
そう言えば登録時に受付嬢からCランク冒険者の平均Lvは25ほどと聞いていたな。そうなると通常のクエスト消化で短期間のLvアップは現実的では無い。
まぁいざとなればギルドカードに施されている魔法を書き換えて数字を弄るか、幻惑の呪文で偽装すれば良いだろう。だがそれは最終手段。出来るだけやれることをやってみよう。
「それにしてもハワトちゃんはナイアーラトテップさんに魔法を習う前まで何してたの?」
「え? ただの村人ですよ」
「ふーん。モンスターとか多い村だったの? 村人って高くてLv5とかくらいなのに凄いね!」
「特別何かをしていた訳じゃないのですが……」
ふむ、『村人って高くてLv5』と言う言葉から推察するに村人の平均Lvは高くないと言う認識らしい。
だが何故村人の平均Lvは低いのだろうか? ハワトの村を取って言えば周囲を森に囲まれた閑静な立地のそれであり、結界さえ出ればモンスターに事欠かない環境であるはず。
そのような場所なら何かの拍子にモンスターとエンカウントする確率は少なくないと思われるのだが……。
「そう言えばなんでハワトちゃんのLv上がってるんだろ」
「ですからわたしがゴブリンを操って一匹倒したからです」
「えぇ……」
ジークは信じられないと言わんばかりに口を曲げて返答する。
そう言えばハワトはゴブリンの精神を支配する事で一匹しとめていた。と、なると自ら手を下す必要は無いのか?
ならば毒はどうだろう。毒を仕込んだ餌などをモンスターに食わせて死滅させた場合、経験値は得られるのだろうか? これは研究のしがいがありそうだ。
「くすくす」
「ナイアーラトテップ様?」
「いえ、なんでもありません。それより日暮れですし、夕食としましょう。そう言えば私達に監視をつけるのでしたね。どながなりますか?」
「ボクがする」
沈黙を守っていたアウグスタが小さく挙手する。
「あー。それが良いかな」
「ん。あの状態のクレアをどうにか出来るのは、ジークだけ」
「悪いな、なんか」
「気にしないで。適材適所」
ふむ、見ていてなんとも甘酸っぱい会話だろうか。まるで友のために身を引くような献身ぶりには感動さえ覚える。あぁこの感動を打ち壊したらさぞ面白いモノが見れるだろう。
特にジークはどうもクレアに気があるらしい。あのキツイ性格のどこが良いのかさっぱりだが、もしかするとクレアの内心の弱さをジークは悟ってそれを守りたいと思っているのやもしれない。
それをアウグスタは察して自ら監視役に立候補か? くすくす。この仲良しごっこの終焉をどうしても見てみたくなった。
「ナイアーラトテップ様? 何か面白い事でもありましたか?」
「面白い事があったか? いいえ、違います。私達が自ずから行動して面白い事をするのです。良いですか? 楽しい事や面白い事が天から降って来ると思うのは大間違いです。自ら行動せねばならぬのです。まぁ、いずれハワトもそれを理解するでしょう」
「ならばわたしはそれを早く理解したいです。ナイアーラトテップ様がお考えになられる事を少しでも知りたいので」
キラキラと輝く意欲に思わず純粋な笑みがこぼれる。向上心とは良い心がけだ。どこまでその心が持つのかも気になる。
だがそれは一端置いておいて――。
「それで私達はホテルミスカトニックに泊まっているのですが、あなた方は? 残念ながら監視役の部屋代を出すほど我々は優しくありませんよ」
「あ、それは良かった。俺達もそこに泊まってるんです。部屋は三等ですか?」
「いえ、二等です」
「え? 事業に失敗して冒険者になったんじゃ……」
「人には誰しも最低限度の生活を営む権利があるのです。ですのでその権利を行使した結果、二等に泊まることにしました」
ま、人では無いが。
「分かりました。俺達はクレアの伝手で一等に泊まっているので後で合流しましょう」
「分かりました。では一端分かれて食事にします? それとも親睦を深めるために共にとりますか?」
「せっかくですし、一緒にどうですか?」
「では我々はアーカムに来て日が浅いので良い店を紹介してください」
そして奇妙な組み合わせで夕食に向かうことになってしまった。




