モンスター討伐へ・3
初めての討伐クエストを不本意ながら中断してアーカムの城門を目指す事になった。その際、同じくアーカムに帰るからと旅の共になってしまったのがジークと言う少年をリーダーにしたパーティーだった。
機を見て森に戻ろうと思うが、そのタイミングは現れてくれるだろうか。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。俺はジーク。ニューベリーポートって言う南の港町の生まれです。三年くらい前に【勇者】に覚醒して、それから旅を続けてます」
「勇者?」
「身体能力とかを向上させるスキルの一種です。知らないのですか?」
怪訝そうな顔をするジークを無視して背後に付き従うハワトに小声でスキルとは? と聞くと彼女は千人に一人の割合で現れる不思議な能力だと答えた。
その話によると身体能力の向上の他、経験値取得の優遇、魔力量の向上など様々な物があるらしいが、詳しくは知らないとの事だ。
「それで貴方達は?」
「私の名は――」
偽名を使おうか一瞬だけ迷ってしまう。だがすでにハワトが名を告げていたな。
「私は 。よろしくお願いします」
「え? なんて言いました?」
不快な音にジークが顔を歪めながら聞き返したので「これは失礼。ナイアーラトテップと言います」と答える。
どうせ人間には発音不可能な音だ。適当に名乗っておこう。
「ナイアーラトテップ? 聞き慣れない名前ですね。それにその肌の色! もしかして生まれは海外ですか?」
「えぇ。遠くからやってきました。大分昔の事です。その後はダニッチ村で商いをしていたのですが、事業が頓挫してしまいましてね。当座の資金を稼ぐために冒険者になりました。あなた方は私の事を貴族と勘違いされていたようですが爵位などはありませんよ」
遠くと言っても次元の彼方だし、古代エジプトでファラオをしていた事もあったから王族と答えても良いのだがな。だがそれを今話しても仕方がない。
ちらりとハワトを見ると話を合わせますと言いたげに頷かれた。良い反応だ。
「彼女はハワト。ダニッチ村の娘で、彼女の父親と私は懇意でしてね。数年前、彼女の父親が亡くなって身寄りが居なくなってしまったので屋敷に住まわせていたのですが、最近事業に失敗してしまって屋敷を売る事になったので共に冒険者をしています」
「……ハワトと言います」
ふむ、どうやらハワトは先ほどの一悶着の事をまだ根に持っているようだ。不機嫌さが伝わって来る。まぁ他人を許容出来ないのは若さ故の所作だから言っても詮無きこと。
「ハワトちゃんね。よろしく」
「え、えぇ。よろしくお願いします」
「ははは。さっきはキツく言ってごめん。それより君、魔法使いなの? どんな魔法が得意?」
するとハワトは私の背後に隠れるように身を潜めてしまった。どんな魔法が得意も何も、彼女はただ『ネクロノミコン』を読んでいるだけだからそのような物は無いのだろう。
これも含めて教育してあげねばならないな。
「ジーク。そんな質問をしちゃ可哀想じゃない。なんたって似非魔法使いなんだから」
「おい、言い過ぎだろ」
「本当の事じゃない。本当の事を言って何が悪いの?」
「だからってお前な――!」
まったく聞くに耐えない幼稚な会話だ。罵倒に罵倒を返す中身の無いやりあいに耳が腐ってしまいそうだ。
それに呆れていると緑髪の少女が小さく「すいません」と口を開いた。
「二人ともうるさくて。いつもこんな感じ」
「おや、そうなのですか。えーと。貴女は確か――」
「アウグストタ」
「アウグストタさん。どうぞよろしくお願いします。あなた達は三人組のパーティーですか?」
「そう。ボクとジークが前衛。後衛はクレア」
「クレア? あぁあの赤髪の」
「ん。性格はちょっとアレだけど、魔法の腕は誰よりも優れてる」
仲間からもそう思われているのか。よく軋轢が生まれないものだ。
そう関心しているとアウグストタは口論をしている二人を盗み見ながら言った。
「気を悪くしたのなら代わりに謝る。とくにハワトには」
「わたし?」
「クレアはミスカトニック大学を最年少で卒業した天才。だけどそれに見合う努力をしてる。だから魔法に一家言ある」
やれやれ。努力に裏打ちされた天才というのは良い話だが、最後の一言がそれらの長所を殺している。それに苦笑しそうになるのを必死に押さえているとアーカムの城門が見えてきた。
「たく、だからクレアは――。って城門か。ナイアーラトテップさん達もギルドに寄りますよね?」
「そうですねぇ……」
適当に城門で分かれて森に戻ろうと思っていたが、気がつくと日が大分傾いていた。
ふむ、こいつらから離れるタイミングを見失ってしまった。それに今思えば昼食を取り忘れたな。
「ハワトさん。我々も今日はこれまでにしましょう」
「分かりました」
「それじゃみんなでギルドですね!」
「ちょっとジーク。まだ関わるの!?」
「旅は道連れってね。良いですか?」
えぇと頷くとジークはしきりにハワトに質問をしたり、討伐クエストの基礎のようなものを話し出した。お節介焼きだと思ったが、実はただのお喋りなのかもしれない。
そうこうしているうちに冒険者ギルドに到着し、ギルド内の討伐系クエストの換金カウンターに向かった。すでに日の傾きを察知した冒険者達が列を作って今日の報酬をもらっている。
その列に加わると周囲のざわめきが聞こえてきた。
「おい、あれ【解放者】じゃないか?」
「全員Bランク冒険者って噂のか? まだガキじゃないか」
「だが数十匹のオークの群に襲われた村を犠牲者無しで守りきったり、王様の暗殺を防いだ上、それを企んだ宰相から証拠を見つけて捕縛に活躍したって話だ。たぶんLv三十越えだろうって話だ」
ふむ、こいつらは結構な有名人らしい。
そんな話に耳を傾けているといつのまにかジーク達――【解放者】の順番が回ってきていた。
登録の時とは違う受付嬢がにこやかに「お疲れさまです」と彼らを迎えた。
ふむ。様相としては登録をしたカウンターと変わらないが、受付嬢の手元に魔術を帯びた水晶球がある。あれはなんだろう。
「本日はどうしでした?」
「まぁまぁですよ。ここらのモンスターも減ってきたし、そろそろキングスポートに戻ろうかと思ってます」
「それは寂しいですね」
そう言いながらジーク達はそれぞれ魔石をカウンターに乗せていく。どれも大小異なり、個体差がある上、色味もそれぞれ濃かったり薄かったりしている。
「全部で十個ですね。鑑定しますのでギルドカードを準備して少々お待ちください」
受付嬢はカウンターの下から魔法陣の描かれた羊皮紙を取り出すとそれに魔石を乗せ始めた。あの文様は調査系の魔法か? あれで魔石の価値を計っているのか? あんな単純な術式なら外からの工作でなんとでも出来そうだが……。
「お待たせしました。この純度の魔石ですので八万ゴールドですね。こちらの金額でよろしいでしょうか?」
「はい。それでお願いします」
「では規則ですのでギルドカードを失礼します」
「いつもの事ですから気にしないでください」
三人がそれぞれカウンターにカードを置いていく。それを確認した受付嬢はにっこりと「大丈夫です」と言いながらカウンターの下に手を伸ばし、そこから今度は金貨を置いていく。
「それではこちら八万ゴールドになります。お確かめください」
「確かに。いつもありがとうございます」
「こちらこそいつもありがとうございます」
それから受付嬢は手元の水晶球を何やら操作し、それから「ではお次の方」と顔をあげた。私達の番か。
「すいません。今日冒険者登録をしたばかりでして。お手数でしょうが換金がどのようなシステムか教えていただけますか?」
「わかりました。こちらのカウンターでは冒険者様が狩ったモンスターの部位を換金する部署になります。換金に関しましてはその素材の状態により買い取り価格が上下しますので一概には言えませんのでご了承ください。そしてこちらの提示した金額に冒険者様が同意していただければ換金が成立します。その際ですが、ギルドカードの提示をお願いします」
「ギルドカードですか?」
「はい。当ギルドは加盟員以外との取引は出来ない決まりになっておりますのでその確認のためにギルドカードの提示をお願いしています。また討伐達成をこの水晶に書き込む事で冒険者ランクの昇級を判断する材料として使わせていただきますので初心者の方は積極的にお使いください」
ふむ。成績表と言うことか。そう言えば登録の際にクエストの達成報告は最寄りのギルドで行えると言っていたが、この水晶の情報を各ギルドと共有する事で情報を一元的に管理しているのだろう。中世風の世界の割に進んでいるものだな。
「わかりました。お手数を取らせてすいません。ではこれの換金をお願いします」
ゴブリンから取った魔石一つと個人的に作ってみた魔石をカウンターに乗せる。どちらのピンポン玉程度のそれだが、私が作ったものはどこか紺青色を思わせる深みが加わっていた。偽物だと注意されたら魔石のような物が落ちていたから拾ったとでも言っておこう。
「では失礼します」
受付嬢が先ほどと同じ手順で魔法陣の上に魔石を置いて呪文を唱える。
すると「え!?」と周囲の者達が振り向くような驚嘆の声をあげられた。
「あの、何か?」
「こ、この魔石は一体!?」
「あぁ、それですか。探索途中に落ちていたのを拾ったのです。一見魔石のようでしたので」
すると受付嬢は「本当ですか!?」と顔を強ばらせながら震える手で私の作った魔石を持ち上げる。
「こんな所でこれほどの純度の魔石が得られるなんて。これがモンスターになっていたらどうなっていたか」
何やら意味の分からぬ事を呟いた後、彼女は我に返るように咳払いをして取り直すと改めて金額を伝えてくれた。
「申し訳ありません。これほどの高純度の魔石を見たことがなくて興奮してしまいました。心苦しいのですが、総じて十万ゴールドでどうでしょうか。これほどの物ならもっと高値で売買出来ると思いますが、これが魔石に出せる当ギルドでの最高額でして」
やけに興奮した声がギルドに響いたせいでここに集まっていた冒険者達が一斉に私達を見てくる。
ふむ、変に注目されてしまったな。
「かまいません。ですがそれで良いのですか? 私達が出した魔石は二つだけですよ。それで【解放者】の皆様のより多くの額をもらってしまうのは心苦しいのですが」
「いえ、本来ならもっと高値で取引されるべきもので、むしろこの額で本当によろしいのですか? 市井の工房に持って行けば十五万ゴールドほどで取引されるはずです」
「そうなのですか。しかし私達はアーカムに来たばかりで工房の伝手がありません。ですのでここで換金をお願いします」
まぁ今から工房を探すのも面倒だ。五万ゴールドくらいどうでも良い。
「分かりました。ではギルドカードの提示をお願いします」
「はい。どうぞ」
ハワトと共にギルドカードを提示する。もっともあの灰色のものだ。それを出したとき、受付嬢の顔に疑問を浮かべたのが目についた。
何やら怪しんでいる。まぁ登録の際に一悶着あったから仕方ないか。
「なんでも登録の際に不良品を引いてしまったらしく。その事については登録カウンターの方に聞いていただければ」
「そうなのですか?」
「ちょっとそのギルドカード見せなさい!」
受付嬢が納得しそうになる直前にその無粋な声が飛んできた。
「それ、偽造のギルドカードじゃないの?」
「……クレアさん。何を訳の分からぬ事を――」
「怪しいと思っていたのよ。ダニッチに屋敷を構えていた? わたくしの記憶だとあそこはただの寂れた農村よ。屋敷を構えるほどの名主が居るなんて聞いた事なかったもの。それにその子は魔法が使えないのに魔法使いを詐称しているし。やっぱり貴方達、詐欺師ね!」
「濡れ衣です。このカードは不良品だと説明したはずです」
「ならギルドが無料で新しい物と交換してくれるはずじゃない。よく見せてみなさいよ!」
有無を言わさぬ口調。それに受付嬢が手元のカードを反射的にクレアに渡してしまう。
「ほらやっぱり。ギルドカードが登録時点でここまで劣化するはず無いじゃない。それに劣化したのならすぐに取り替えられるし。ってあれ? こっちのギルドカード……」
今度はハワトのそれを凝視したクレアは鬼の首をとったような笑みを浮かべた。
「これ何? 魔力29/5? あり得ないわ! なんで総魔力量より現魔力量の方が多いのかしら? これこそ偽造の証拠じゃない!」
そう言えば登録の際にハワトの魔力量の項目は分子の方が分母を上回っていたが、私の登録騒動で無視されてしまっていた。
まぁ、彼女に施している加護のせいで彼女自身が持つべき魔力量を上回る魔力を付与しているから分子の方が多いのだろう。
「言いがかりも甚だしい。それほど初心者虐めがお好みですか? 私が事業に失敗したのがそれほど面白かったですか? 不愉快です! いくら有名パーティーの方とは言えこのような辱めを受けるとは心外としか言えません! 冒険者ギルドとはこのような暴挙が横行している野蛮な組織なのでしょうか!? なんと嘆かわしいことか!」
恐らくだが、【解放者】は有名パーティーのようだからそれ相応の人望を得ているだろう。だが私達は名無しの駆け出し。信用度で言えば大きく劣る。
だからせめて弱者のフリをしてみよう。新人いびりだと思われたらそれはそれで特だ。
「ふん。それも嘘ね。そもそもダニッチ村にそんな名主はそもそも存在しないって言ってるじゃない」
「しかし現にここに居るではありませんか!」
「それ嘘でしょ。まぁ嘘をつく相手が悪かったわね。私はクレア・クセス。クセス領を治めるアルバート・フォン・クセスの娘よ。お父様のお仕事の手伝いをしていたけど、ダニッチ村の記録にはここ数年商人が何かしているって話はまったく無いもの。貴方はいつから何の事業をしていると言うのかしら?」
……領主の娘だと? はぁまったく。この小娘め。やってくれたな。まったくもってそんなこと想定していなかったし、ただの娘だと油断していた。だがよくよく考えれば私が『お嬢さん』と言った時の驚きよう、それにアウグストタがミスカトニック大学を最年少で卒業と言っていたではないか。
見ず知らずの男から『お嬢さん』と身分を無視するように声をかけられたのだから何を言っているのだと驚くだろう。大学に行くには基本的にそれ相応の金が要る。そして高飛車な言葉遣いだ。裕福な家庭である事を考えつかぬとは私のミスでしかない。
くすくす。まったく、まったく、まったくまったくまったく! くすくす。
人間は度々こうした想定外を起こしてくれる。神の手によるコントロールさえ受け付けない愚かな生き物。
だからこそ、人間は面白い。




