モンスター討伐へ・1
なんとか登録を終えて壁際の掲示板に向かうとそこには各ランク別に依頼書が張り付けられているようであった。
もっともSランクやAランクの掲示板に貼られた依頼は指で数えられる程度であったが、逆にC以下は余るほどの依頼が張り出されている。
ふむ、これは冒険者の人口比にも当てはまるのだろう。
「ナイアーラトテップ様、どのようなクエストを受けますか? 手始めにEランクの雑用系のクエストにしますか?」
「安パイを切るのは好きでは無いのですが……。しかしEランク以外受けられるかと言えば疑問ですね」
受付嬢の話ではランクに応じたクエストを受けられるとの事だが、それだと私達ではEランクの依頼――荷運びや店番、手伝い……アルバイトの求人の方がまだ魅力的に見えてしまうものしか受ける事ができない。
ふむ、こんな面白みにかける事しか出来ないのならば無理に登録しなくても良かったのやもしれないな。
「ハワトさん。貴女が決めてください。どのような依頼でもかまいません」
「分かりました。えと……。あ、あっちのはどうでしょうか。討伐クエストです」
ハワトが指さした掲示板には指定のランクが記入されておらず、ただモンスター名と剥ぎ取る部位と数だけが書かれた依頼書が張り出されている。それも部位をギルドに持ってくる事で報酬が支払われるらしいから、倒せればランクは関係ないようだ。
なるほど。謂わば害獣駆除か。
「私はモンスターについて疎いのですが、討伐対象の特徴は分かりますか?」
「はい、だいたいですが……。一角狼にゴブリンとかは村でも警戒していたので剥ぎ取り方も習っています」
「それは頼もしい。では行きましょう」
「でも装備はどうしましょう……?」
ふむ、そう言えば私は背広にスラックス姿だし、ハワトはエプロンドレスと言う村娘風の姿である。これでは雰囲気が崩れてしまうな。
私はともかくハワトくらいはそれらしい恰好をしてファンタジーらしい空気を醸し出してもらいたい。
「確か向かいにお店がありましたね。覗いて行きましょう」
ギルドを出て向かいの店に入るとそこには剣や槍に鎧と言った武器達の他に杖や丈夫そうな衣服なども売られていた。
「ナイアーラトテップ様! あれ、魔導書では?」
そこには盗難防止のためか、それとも立ち読み禁止のためかガラスケースに治められた本が数冊置かれいた。
だが本から魔力を感じ得ない事から本当にただの書物のようだ。まさかハウツー本か何かのつもりか?
「……はぁ。期待していませんでしたが、失望という感情は生まれるのですね」
他のマジックアイテムに関しても原始的なものが多く、私からすれば有っても無くても変わらないものばかり。やはり魔法が遅れていると言うか、これを魔法と言い張る者に微笑みさえ浮かべられそうだ。
「仕方ない。服だけでも買っていきますか。ハワトさん、なにか欲しい服はありますか?」
「服ですか? でも……」
あぁ村娘として過ごしてきた彼女は今のままで良いと言うが、それはあまりに可哀想だ。
故に服が並べられているコーナー無理に彼女を連れて行くことにした。
「でもお金もそれほどありませんし、ここで無理にお買い物をしなくてもーー」
「いいえ、身だしなみは重要です。特に女性は、ね」
さて、どれが良いだろうか。
だが服の多くはデザインよりも麻のようなもので作られた耐久性に重点が置かれている上、値段が高い。手作業で一々制作している事を思えば単価の上昇は押さえられないか。
「あの、ナイアーラトテップ様! わたしはただの村娘です。そんなわたしに服だなんて」
「勘違いしないでください。私が散財したいのですよ」
ふむ、だが言った手前どうしようか。私が選んでしまっても良いが、それでは新鮮味に欠ける。出来ればサプライズが欲しい。
ふと店内に目をやると暇そうにしている女性店員を見つける事が出来た。
「もし、そこの貴女」
「はい、なにかご用命でしょうか」
「彼女に服を一着頼みます。あぁ魔法使い風にお願いしますね」
「かしこまりました」
我ながらに適当な注文だったが、それでも店員は慣れているらしくハワトを連れて服を選び出す。もっとも当人は戸惑うばかりで見ていて面白い。
それからしばらくして服を見繕ったのか、店員からご試着は? と聞かれたので頼みますと即答した。
「あの、ナイアーラトテップ様? 着なければなりませんか?」
「なにをそう渋るのです。では考えを変えてみましょう、我が従者よ。主たる私のために着てくれませんか?」
「わ、わかり、ました」
可愛らしい反応をのぞかせるハワトが試着室に消えてしばらく。そこを覆っていたカーテンがやっと開いた。
「ど、どうでしょう」
プリーツの入った黒のスカートから延びた細い足。くびれを持つ腰回りを隠すように羽織られたフード付きの濃紺色のローブ。その下には丸みを帯びた肩を大きく露出させたキャミソールに似た草色のインナー。そして極めつけは白と金が混じる頭を飾る魔女帽子。
ハワトの細い線を隠すように大きめのローブが纏われているのがポイントだろう。なかなかよい目をしている店員だ。
「あの、ナイアーラトテップ様。わたし、こういう服は初めてで、その、恥ずかしいです……!」
「くすくす。そんな事言わずに。実にかわいらしいですよ」
「そ、そんな!」
顔を赤らめて身を震わせる様に満足感を覚える。ふむ、これでどう見ても魔法使いだ。
「お客様。ご満足いただけましたか? ローブには防御のエンチャントが施されており――」
「あぁ。それよりこれ一式買いましょう。いくらです?」
店員の話をぶつ切りにしてしまう形になったが、所詮人間風情が施した魔法など高が知れている。聞くだけ時間の無駄だ。
「あ、ありがとうございます。セットですので一万八千ゴールドになります」
こめかみを震わせる店員に笑顔で支払いを済ませるとポケットには二千ゴールドが残った。この二千ゴールドは何に使おうか。
「ナイアーラトテップ様! さすがにその、このような服を買っていただくのはちょっと――」
「従者に服も買い与えられないでは立つ瀬がありません。ただの自己満足ですからハワトさんはお気になさらずに」
それに先ほどからポケットが重かったからこれで軽くなってちょうど良い。
「あの、失礼ながらナイアーラトテップ様は浪費家なのでしょうか」
「違いますよ。私は浪費家ではなく投資家です。面白そうなモノに手間と暇と金をかけたくなるのが私の性分。貴女もその対象に過ぎません」
「むぅ。その言い方はその……。いえ、なんでもありません」
くすくす。面白い反応だ。からかいがいがあって、何より可愛らしい。
「さて、では準備も整いましたしさっそくモンスター討伐に行きましょうか」
「はい!」
場所としてはアーカムの西。街道から外れた森に向かう事にした。ハワトの話だとモンスターとは自然界の魔素が濃く寄り集まると生まれて来る存在であり、深い森や洞窟、打ち捨てられた都市などを主に発生するらしい。
ふむ、生殖行為をせずに増殖するのか。あぁ、だから討伐クエストはランクによる指定は存在せず、出来高制となっているのか。
「ですから街道や村や町には結界を張ってモンスターがやってこないようにしているんです」
「なるほど」
アーカムの城門からしばらく歩いた森に行くと獣道のように整備された道とは違う道が森に向かって伸びている個所があった。恐らく冒険者達が頻繁に足を踏み込む事で自然と出来たのだろう。
「では行きま――」
「おーい! そこの冒険者達!」
その声に振り返ると城門からプレートアーマーを着た騎士然とした男が駆け寄って来た。
「何か御用でしょうか?」
「いや、見たところ君達、前衛職は?」
ぜんえい?
「はぁ。さては初心者冒険者か。良いか? 戦闘の基本はモンスターと直接戦う前衛とそれを援護する後衛組みに分かれるだろ。主力となる前衛職ならまぁ単独でもなんとかなるもんだが、後衛――それも魔法使いだけだとモンスターに接近された際に対処できないだろ」
「あぁなるほど」
「それに杖も持っていないようだし、どうやってモンスターと戦うつもりだったんだ? 悪い事は言わない。武器屋で剣なりなんなり買うか、近接職の冒険者とパーティーを組んでから出直すべきだ。まったく、最近のギルドはこんな事も教えないのか」
どうやら親切心で絡んで来てくれたらしいが、余計なお世話だ。
「御忠告感謝します。ですが心配無用。これでも心得があります」
「……本当か? どう見ても武技に覚えがあるようには見えなのだが」
ふむ、確かに私の恰好では荒事に向いているとは言えないな。だがここまで引き返すつもりはないし、たかが人間の忠告になぜ外なる神たる私が従わねばならないのか。
「お気遣いに感謝します。ではハワトさん。参りましょう」
「お、おい! 冒険者の死因の多くはそうした油断から生まれるんだぞ!」
「はいはい」
「ったく。ま、最近は街道の結界が敗れたせいでモンスター討伐のクエストが増えて冒険者の数も多くなってるから何かあったら大声で助けを求めるんだぞ! 運が良ければ他のパーティーが助けてくれるかも――。って聞け!」
彼の言葉を無視するように森に足を向ける。すると背後からハワトが小さく「失礼な人ですね」と怒りを露わにした。
「ハワトさん。一々そのような細事を気にかける事はありません」
「さすがナイアーラトテップ様です。御心が広い!」
「それより早速お客様ですね」
木々の隙間から殺気の込められた視線が飛んでくる。それにハワトは手にしていた『ネクロノミコン』を力強く握る。
そしてソレは現れた。
ソレは人間の子供の形を思わせる容姿をしているものの肌は人にあるまじき事に灰緑色をしており、ギョロリと見開かれた異形の双眸には知性が欠片も宿っていない事を示す様にただ飢えた視線だけを送ってきている。
その奇怪で醜い生き物は手にしたこん棒を手に爛々とこちら見つめている。
「ハワトさん、あれは?」
「ゴブリンです! 一匹一匹の戦闘力はそうでも無いんですが群れになると――」
ハワトの説明を断つようにゴブリンはパックリと口を開け、黄色に変色した牙を露わに耳障りな咆哮を上げる。威嚇か、それとも群れ作ると言う話だから仲間を呼んでいるのかもしれない。
「なんとなくではありますが、群れると不味いのですね。さて、どうしましょうか」
周囲から向けられる殺気の数が増えた。ぐるりと首を回すと木の陰に隠れるように一匹、二匹とゴブリンが姿を見せて来た。
やはり先ほどの遠吠えで仲間を呼んだか。
もっともハワトは私が何を言う間も無く『ネクロノミコン』を開き、完璧な発音で狂気を孕んだ呪文を読み上げる。これは……。精神的従属の呪文か。
これは相手の精神を乗っ取り、支配下に置く洗脳の呪文でもあり、例えば仲間を殺せと命じれば対象は寝食を共にした仲間を手にかけるえぐい呪詛である。
「 !」
「おっと危ないです、ね!」
もっとも精神的従属の呪文は詠唱に時間がかかる。故に待つ事を知らないらしいゴブリンがこん棒を振り上げてもっともか弱い存在であるハワトに向かって行く。
それを横合いから殴りつけ、攻撃を阻止するもそれは一瞬。自らに敵意を向けて来た私を近くしたゴブリンがよろめきながらも横合いにこん棒を振り回してくる。この体では避けられないな。
「ぐ……!」
迫りくるこん棒が頭部を捕らえる直前、その隙間に左腕を滑り込ませて橈骨と尺骨で一撃を受け止める。水気を含んだ何かが折れる音が響くと共に前腕が中ほどからぐにゃりと曲がってしまった。
そう言えばハワトには私が加護を与えていたからわざわざ庇いだてする必要は無かったな。だがたまには骨折も悪くない。
「さぁ詠唱を続けなさい」
「――! ……。 」
ハワトが余計な言葉を発する前に忠告すれば、彼女はそれに素直に従ってくれた。それで良い。さすがは我が従者だ。
「くすくす。さてさて。楽しくなってきましたねぇ!」
目の前には一撃を入れた事で距離を取ったゴブリン。その背後にもう二匹。左の藪の中にも一匹隠れているな?
くすくす。良いねぇ。実に良い。
本来なら自から手を下すのは主義に反するが、真っ向から敵意を向けて来る相手を迎え撃つのは実にスリルがあって楽しい。いささか残念なのは連中の体が人間に劣らずに貧弱そうなところか。きっと殺し続けてしまうと歴然たる力の差に飽きてしまうだろう。ならば飽きる前に堪能しなければならないな。
「では今度はこちらから参りましょう」
革靴が大地を蹴る。すでに左腕は使い物にならないから残った右手でジョブを入れて牽制――。と思ったがその前にゴブリンがこん棒を横合いに払うように振るったために一度距離をあける。向こうも簡単に攻めさせてくれないか。
だが良い。
「 ! ナイアーラトテップ様! 腕が!?」
「くすくす。詠唱完了ですね。ならば腕くらいどうでもありません」
先ほどのゴブリンの瞳から光が消える。ただ腕はだらりと垂れさがり、戦意が掻き消えてしまった。
「さぁハワトさん。命じなさい。貴女はゴブリンに何をさせたいですか?」
「仲間を殺せ!」
躊躇いのないハワトの命令一下、ゴブリンがくるりと背後に居た仲間に振り返るやこん棒を振るった。
その不意打ちは一匹の仲間の頭に直撃するや頭骨が砕かれ、それに包まれていた柔らかな脳がかき混ぜられる。刹那、スイカを地面に叩きつけた様なみずみずしい音を響かせて一匹のゴブリンが力無く倒れた。
「ギャギャ! ギャギャギャ!!」
その隣に居た個体が懇願するように何かがなり立てた。もっともそれを聞く者など存在しない。
精神的従属を強いられるゴブリンがハワトの命令に従ってこん棒を再度振り上げた瞬間、悲鳴を上げていた方もこん棒を振るって応戦の構えを見せた。
「くすくす。ハワトさん。御覧なさい。見物ですよ! くすくす!」
「それよりナイアーラトテップ様! 腕が! 腕が! な、何か、呪文! 怪我を治す呪文!!」
せっかくの闘犬ならぬ闘ゴブリンなのだ。ゆっくりと見物すれば良いのに。それに腕の怪我などいつでも見れるが、ゴブリン同士の仲間割れはいつ終わるか分からないのだからそっちを見た方が価値があると思うのだがな。
「ギャーッ!!」
それは殺し合いを演じるゴブリン達の鳴き声では無かった。左手側の茂みに潜んでいた奴だ。
突然の仲間割れに私が見とれる隙をつく形だが、生憎それくらい対処は容易い。
小声で素早くヨグ=ソトースの拳と呼ばれる見えぬ手が対象を打ち付ける呪文を詠唱しようとした時、「ファイヤーボール!」と言う声が聞こえた。
すると襲って来たゴブリンが発火した――いや、火球が直撃したと言うべきか。
一瞬で炎に包まれたゴブリンはその絶え間の無い痛みと熱さに苛まれるように体を崩して地面をのたうち回り、そして静かになってしまった。おやおや、これではせっかくの催しの一匹が減ってしまったではないか。
「危ないところだったわね」
がさがさと先ほどのゴブリンが飛び出して来た茂みから一人の女性が出て来た。
赤髪に勝気そうな灼熱色の瞳。野外活動で使い込まれた茶色いローブに身を包んでいるものの気品さのようなものが見て取れる美しい十四、五歳ほどの少女。
「ふん。感謝しても良いんだからね!」
ふむ、なんとも絡みづらそうな女が出て来たものだ。




