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Call of Dreamlands ――異世界の呼び声   作者: べりや
未知なる異世界を夢に求めて
11/70

アーカム・2

 アーカムの町は外から見たのと同様に賑わいを見せている。

 特にアーカムを南北に分けるミスカトニック川の岸辺には漁船や交易船が立ち寄り、愉しげな喧噪に満ちていた。

 ふむ、停泊している船は帆船か手漕ぎのどちらかか。ノーデンスから中世風の世界観であると言われていたから期待はしていなかったが、蒸気船などは見られないな。やはり文化としては未熟と言わざるを得ない。



「ここアーカムの南――このミスカトニック川を下ると外国の船も立ち寄る大きな港があって、そこに卸された荷物が川船でここまで運ばれてくるんです。アーカムはそうした船乗りを中心に発展してきました。あ、あの大きな建物はクセス地方で唯一の大学――ミスカトニック大学です」

「ほぉ」



 ハワトが指さしたのは川の南岸の中程にある石造りの建造物だった。幾重にも塔が立ち並び、荘厳な校舎が数棟連なっている。

 その脇を通過しながらハワトはあれこれと丁寧にアーカムを案内してくれる。

 そんな中、まず向かったのは質屋だ。そこで積み荷を換金し、先立つ物を得るため二階建てのレンガ造りの店の前に馬車を止める。ふと看板を見るとそこには文字では無く円形の図形がいくつか描かれていた。おそらく識字率が低いから文字による標識では無くイラストが使われているのだろう。


 それにしても不思議だ。どうしてこの商店はレンガ造りなのだろう。他所の商店もレンガや石と堅牢な作りの建物が目立つ。対してハワトの村は木造が主であり、その構造から冬は厳しく無いものと思われた。

 だがアーカムの建物は冬に備えるような堅牢な物が多く、暑さ対策が見受けられない。それにハワトの村との距離も馬車で一日程度の距離で特段山や谷に阻まれている訳では無い地形から気候もそれほど変わらないだろうに。

 それなのに広がるレンガ造りの街並みは不自然と言えば不自然だが、”中世ヨーロッパ風の世界”と言う世界観にぴったりマッチしており不思議でしかたない。



「ナイアーラトテップ様?」

「いえ、何でもありません。行きましょう」



 簡素な木戸を開けるとカウンターに腰かけていた初老の店員がチラリと視線を向けながら「いらっしゃい」と言う。そのカウンターの奥にはさらに扉があり、そこから物音が聞こえて来る。他の従業員でも居るのだろう。



「見かけない顔ですが、本日の御用向きは質入れでしょうか」

「えぇ、ダニッチ村から来ました。表に停めた馬車の荷を買い取って頂きたいのですが」



 ハワトは物おじせず堂々と用向きを伝えると店員はカウンター裏の扉を薄く開けると「おい、査定だ」と声をかける。

 すると奥から数人の若い店員が出て来るや、カウンターの店員から事細かい指示を出しながら表の馬車に行く。

 店員たちは馬車に取りつくやテキパキと積荷のチェックを始め、カウンターの店員はその総指揮を執るように私達の隣に立ち、世間話をしながら査定が終わるのを待つ事にした。



「毛皮に酒に服……。引っ越しでもなさるんですか、旦那?」



 店員は胡散臭そうに眉をひそめながらそう聞いて来た。ハワトにやり取りを一任するのも手だが、ここは少し情報が欲しい。

 それに明らかにこの男は私の事を怪しんでいる。物取りか、あこぎな商売でこれらの品を手に入れたとでも思われているのだろう。誤解は解いておかねばな。



「なんと言いますか、事業に失敗しましてね」

「……そうですかい。そりゃお気の毒に。このご時世、クセスは落ちぶれる一方です。まぁ例外は南のキングスポートくらいでしょうか。近々王様も遷都を考えてるって聞きますし、あそこは凄いですよ。まぁあれのおかげでアーカムもなんとか食いつないでいる節がありますからね。

 もっともキングスポートなんて港が出来たせいで北のインスマスは悲惨なものです。一昔前までやれモンスター討伐だ、やれ戦争だで武具の需要が一気に高まってあの町にぽんぽんと工房や精錬所が立ち並んで煙突から煙を出していたものですが、クエスト熱が下がっちまった今じゃ軒並み潰れて金の精錬所が一軒あるだけの寂れた港町になっちまいましたからね」

「噂はかねがね。町にしろ個人にしろ成金は続かないものです。溢れた金で買った家財も今や抵当に入れねば首が回りません。実を言うと家も売り払ってしまって、この機にアーカムを拠点にしようと思っているのですが、良い宿はありませんか?」



 店員は小さく唸るとスッと対岸を指さした。



「見えますかい? あの五階建ての建物。ホテルミスカトニックと言うのですが、一等の部屋はお貴族様向けですが三等なら泊まれるかもしれません。この間、大きな船が出て行ったばかりだから空きはあると思うんですがね」

「では、この後寄るとしましょう。良い話をありがとうございます」

「お気になさらずに。それよりダニッチを引き払ったのなら、仕事に宛ては?」

「それがなんとも。アーカムに出ればどうにかなるかと思いまして」

「ダニッチのような田舎に比べればどうにかなるでしょうが、悪い事は言いません。ここよりもキングスポートに行くことをお勧めしますよ。あぁ、そう言えば親戚筋とかはあたあらないので?」



 ふむ、どうやら胡散臭さは拭えたようだが、私の服から金の臭いを感じ取っているのかもしれない。まぁ周囲を見ても背広にスラックス姿はまったく見られない。どちらかと言うと運河の荷役に着く粗末な作業用ズボンとシャツ姿の労働者が目につく。時折見かける商人らしき者達もフロックコートのような物に袖を通していることから服飾文化もまた成熟を迎えていないようだ。

 ならば私の出で立ちでさえ奇異に見られるか、金持ちの道楽と思われる事だろう。

 もしかするとこの服のせいで胡散臭く見られていたのかもしれない。だがこれは気に入っている服だから他のを着る気にはなれないのだがな。



「いやぁ、お恥ずかしい限りですが、疎遠でして。支援も見込めませんし、路銀の問題もあるのでアーカムで仕事を探したいのですが、難しいでしょうか?」

「この不景気ですからなぁ。強いて言うなら冒険者になるくらいじゃないんでしょうかねぇ。なんでも落ちぶれたお貴族様がお家再興のために冒険者に身をやつす話もよく聞くくらいですから、命さえ惜しまなければ一攫千金を得られるかもしれませんよ。ただ言っちまえば冒険者なんて堅気のやる仕事じゃありません」



 そうですねぇ、と気の無い返事をすると査定をしていた店員が「すいません! これって――」と話しかけてきたため話は中断となった。

 ふむ、これで宿の場所も把握できたし、冒険者がどういう風に見られているかもわかった。つまるところ食い詰めた者が行きつく場所、なのだろう。

 適当に創った身の上話だが、この設定は中々使い勝手が良いかもしれない。

 それからしばらく他愛のない事を話しながら査定が終わるのを待ち、店員が作った諸々の目録を差し出して来た。



「それでは総じて八万ゴールドで引き取らせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」



 そこに書かれた物を一瞥すると、思わず身が固くなるのを覚えた。

 その理由は金額では無くそこに書かれた文字――これは、日本語か。漢字に平仮名。文法まで地球の日本国のそれだ。

 これは驚いた。どういう事だろう? まさか異世界に来て言語そのものが日本語だとは笑わせる。そのような確立など万に一つもないだろうに、それなのにこれはどういう事なのだ?



「――? 旦那? なにか?」

「………………。……いえ、なんでも。それよりこの値段はいくら何でもひどいのでは?」

「しかしそう落胆される額では無いと思いますよ。これでも良心的な価格を提示しているつもりです」



 コイツは私の驚嘆を提示額が想定よりも低い事への絶望ととらえたのか。

 だが本当に良心的か? 瞳の動き、呼吸の速さ、発汗……。ふむ、どうやら私は嘘をつかれている気がする。

 恐らくだがこの店員は私が提示額に難色を示す事を織り込み済みにしているのではないか? 温情で色を付けると言うストーリーを思い描いているのではないか?

 まぁ私としては金がもらえればそれで良いのだが、ここは店員の思惑に乗ってやろう。



「しかし……。それでは立ちゆきません。どうかご恩情を」

「そうは言いますが、アーカムでこれほどの値で買い取る店はうちくらいですよ」

「もう少し値を上げて頂けたら気持ちよく頷けるのですが……。弱りましたねぇ」

「しかしですねぇ……。我々も商いですし、決まった査定額以上のものはお渡しする訳にはまいりません」

「そうですか……。今後とも良い品が手には居ればこちらを使いたいとも思っておりますので、互いの親交のためにも一ついかがです?」

「厳しいですが、そうですね。互いの親交のためになら色をつけてさしあげましょう。では締めて九万ゴールド。いかがです?」

「えぇかまいません。寛大な判断に感謝します」



 店員は出しても九万五千ゴールドと言う顔色をしていたが、その手前で折れる事にした。何事も加減が大事だ。相手にも甘い蜜を吸わせてやる事が肝心とも言える。

 それに金などいざとなれば得る方法などごまんとある。ここで数千ゴールドにこだわる必要などない。



「どうします? お支払いは手形にしますか? それとも現金?」

「そうですね。手元にある方が安心できますし、現金でお願いします」

「では中で少々お待ちください。準備いたします。おい、お前達は荷を運んでおけ!」



 馬車の上を動き回っていた者達に声をかけた店員はにこやかに私とハワトを店内に招き入れるやカウンターの奥に消えて行った。

 そしてしばらく待っていると店主が革袋を携えてカウンターに現れ、その中身を空ける。



「締めて九万ゴールドです。お検めください」



 そこには黄金色に輝く硬貨が九枚。表面には宗教画を思わせる槍を持った男が描かれ、その裏には誰かの横顔が精緻に掘られており、高い冶金技術を伺わせるデザインが施されていた。



「確かに。あぁ、そう言えばホテルミスカトニックの宿泊費は一泊どれくらいなのでしょう」

「いやぁ、最近のは分かりかねますが、五年くらい前と変わらないのであれば三等は一万ゴールド弱だったような。まぁ三等相部屋なんでもう少し安いかもしれませんが」

「なるほど。ちなみに一等は?」

「……旦那。言いそびれましたが、一等に泊まるにはお貴族様専用のようなものですよ。言葉は悪いですが、旦那では門前払いになるかと」

「おや、そうでしたか。では二等は?」

「まさか窮して質屋に行った帰りに二等に泊まるんで? 余計なお世話かもしれませんが節約なさった方が良いですよ」

「女性も居るのでね。それに聞くだけならタダでしょう」

「それはそうですが……。まぁ高くて二万ゴールド以下だとは思いますよ」



 「そうですか」と口走りながら差し出された金貨をスラックスのポケットに押しこみ、礼を言って質屋を後にする。



「さて、ハワトさん。まずは部屋を取りに行きましょう。二等の部屋が空いていればよいのですが」

「え!? 三等室ではないんですか!? 九万ゴールドあっても節約しないと――」

「良いですかハワトさん? 金とは世界を違わず使うためにあるのです。ならば散財こそ金のためではありませんか」



 確かにハワトが心配するように我々は収入が無い。一人二万ゴールドと考えても最長で四泊しか出来ないし、おそらく馬や馬車の預かり代も発生するだろうから宿泊日数はさらに短くなることだろう。

 だからと言って安い相部屋の三等室では著しくプライバシーが損なわれてしまう。そうなると少し面倒だ。



「さて、宿を取ったら冒険者ギルドに向かいましょう」

「分かりました。ですが、本当に良いんですか……?」



 不安を隠せないハワトだが、個室である二等室を選んだのはむしろ彼女のためでもある。これで彼女へのプライベートレッスンも捗るというもの。あぁ今夜が楽しみだ。


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