這いよる混沌、異世界へ・1
2018/1/27 眩目くるめ様よりステキなファンアートをいただきました。外部URLになりますが、ぜひご覧ください。
この場をお借りして眩目くるめ様に深い感謝を捧げます。いあ! いあ!
https://twitter.com/9071_c/status/956920721497767937
「いやぁ。若者よ。すまない。お主は死ぬ運命では無かったのだが、わしの手違いで死なせてしまった。この通り許しておくれ」
気がつくと白髪の如何にもギリシャ神話に出て来そうな出で立ちの御老人が土下座をし、如何にもどこかで聞いたようなセリフを吐く。
はて? 私はトラックに撥ねられそうになったサークル仲間の吾郎君を庇って死んだはずだが、ここは四方を見渡す限り白一色の世界。白すぎて壁と床の境界さえ分からぬそこで開口一番に謝罪されるとは……。
これがもし知り合いが誰も居ない場所であったら多少の不安を覚えたかもしれないが、眼前の老神は幸いに知神だ。
「あぁ、お久しぶりです。ノーデンスさん」
「ん? き、貴様!? に、ニャルラトホテプ!?」
その言葉に老神――地球を含む世界を管理する神がふと私の顔を見るや驚愕に顔をゆがめる。
彼こそ旧神と呼ばれる現宇宙を支配する種族の一柱であるノーデンスだ。
実は彼とは少し面識がある。
今から数億年も前に星々を巡る大戦争――“大いなる戦争”と呼ばれる戦争があった。それは旧神と、その支配に反旗を翻した旧支配者と呼ばれる神々の戦争であり、紆余曲折あって私は旧神の筆頭神であるノーデンスと組み、旧支配者から理性を奪い取って封印する事に協力していた。
「そ、外なる神の貴様がどうしてここに!?」
はぁ、やれやれ。這い寄る混沌ことこの外なる神の私の方がそれを逆に問いたい。先ほど口走った“手違い”とは一体何の事かと。
そもそも旧神や旧支配者は”神”という存在に恥じぬ強靭な力を手にしているものの、所詮はこの世界に存在する”神”という生命体に過ぎない。それに対し私のような”外なる神”はこの宇宙の創造神自ら作り上げたモノであり、その有りようは宇宙の法則といっても過言ではない。
そんな”外なる神”の一柱たる私がどうして轢死させられねばならなかったのか、私はこの老いぼれに問いたくてたまらない。
「色々と聞きたい事はありますが、それよりもお懐かしい。ノーデンスさんとはドリームランド以来ですね。最後にお会いしたのは……。七、八十年くらい前でしたっけ?」
「お主が変な男をドリームランドでそそのかした時か。あの時も事態を収めるのに散々手を焼いたのじゃぞ! それにお主ときたらあの時ドリームランドに帰って来たたかと思えばまたどこかへと消えてしまうし。そもそもお主が地球在来の神を守るために新世界を創ろうと言ったのじゃから最後まで世界の管理をせんか! おかげでわしは地球とドリームランドの二つの世界を管理しえおるんじゃぞ!!」
「”自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ”ですよ。そうカッカすることないじゃないですか」
だがノーデンスは顔を真っ赤にして私を睨みつけて来る。いやだな。冗談が通じないというのは。ユーモアがなくては神生を豊かに送ることなどできないのに。
そう考えるとこの神はかわいそうな神だな。
「いやぁ。世界を創造しといてなんですが、案外つまらなかったので飽きてしまいましてね」
「何が飽きたじゃ! 貴様も神なのだから仕事をしろ! 仕事を!」
「くすくす。お言葉ですが私は面白いものにしか食指が動ないのですよ。ですからあんな退屈なことなど性に合わないのです。ですが、なるほど。だいたいですが状況は掴めました」
二つの世界の管理で手が回らず、ミスを起こして死ぬべきではないモノが死んでしまったと? なんとチープなミスか。
“大いなる戦争”では率先して旧支配者と戦っていた神も力を失い過ぎてただの老いぼれになってしまたっと言う事か。時の流れはなんと残酷なことだろう。
「まぁ相手が私であったのが不幸中の幸いですね。ですが私は私で困った事がありましてね」
「なんじゃい」
「実は貴方が間違って殺そうとしてしまったあの人間なのですが、オカルトに興味があるらしくてうまい具合に騙して――洗脳できましてね」
「なぜ言い換えた!? 意味変わっとらんぞ!?」
「まぁまぁ。それで彼を使って旧神が封印した旧支配者の一柱たる黄衣の王――ハスター君を解放してあげようと思っていたのです」
その言葉にノーデンスは盛大にむせる。それほど驚くことだろうか。ただ私は昔の友神に会いたかっただけなのだが……。
「なにしとるんじゃ!? そもそもハスターを含めた旧支配者は善なる旧神に反旗を翻した邪神じゃ! 平和と安寧を脅かす混沌なのじゃからこそわしらは”大いなる戦争”を経て奴らを封印したのではないか! 貴様も旧神の理想に共感したが故にわしらと手を結んだのじゃろ?」
「別に私はあなたの主義主張に共感して手を貸した訳ではありません。そう、言うなればあれは気分でした。旧支配者を裏切りたい気分だっただけ。今回もそうです。ハスター君を復活させてあげたい気分だったのです」
「気分で封印を解くでない!!」とノーデンスが怒りを露わにするが、私としてはこれが偽らざる本心なのだ。
まぁノーデンスのような石頭には理解できないだろうが、私は私の意志で友神達を裏切ってしまった。
だがいつまでも昔を思い出しても仕方ない。今はそういう気分ではないのだから。
「まぁまぁ。落ち着いてください。そもそもの話、その計画はノーデンスさんのミスのせいで無茶苦茶になっているんですよ。せっかく下ごしらえした料理を口に運ぶ直前で叩き落とされたようなものです。どうしてくれるんです?」
「どうしてくれるんです? じゃない! むしろこっちの台詞じゃ! せっかく封印したハスターを貴様の気分で復活させられてたまるか! あぁもう! お前がそそのかした人間が過ちを犯さぬように手配せねばならぬな。また仕事が増えたわい。お主こそどうしてくれるんじゃ!?」
「それはそれ。これはこれ。ミスはミス。どうせあの男が死んでもミスだから代わりにどこかに転生させてあげるとか言って別の世界に送りつける予定だったのでしょ」
「――ッ」
おやおや。図星ですか。
「あなたは――いえ、旧神の方々は昔から自分達の考えが全て正しいと思われるような方が多かったので今更言う事はありませんが、アメを差し出せばみんな笑って許してくれるとは思わぬ方がよろしいですよ。現に私は旧支配者の皆さまと友誼を結んでいたのに”大いなる戦争”で旧神に協力したからと封印を免れましたが、私はそれをよしとはしておりません」
「………………」
「くすくす。そう怖い顔をしないでくださいよ。あ、そうだ。せっかくですしその転生させる権利、私にください。今回はそれで許してあげましょう」
「な、なんじゃと!?」
「いやぁ。最近は骨のある人間が居ないせいで退屈なのです。たまには別の世界にも行ってみたいなぁと」
別の世界に行ったり来たりする事など外なる神なる神たる私にとっては朝飯前だが、ここはノーデンスを困らせてしまおう。
なんと言っても他人――他神の不幸は密の味。我ながらに面倒な性格をしているが、すでに億を越える年月を生きている身としては娯楽に飢えていると言わざるを得ない。
ならば遊べる物は例え神でも遊ぶというものだ。
「まぁ別に嫌だと言うなら仕方ありません。大人しく元の世界に戻ってハスター君の復活を待ちましょう。きっと彼ならやってくれるだろうし。あ、その間に他の旧支配者の方々の封印を解いてまわるというのもいいですね。あ、我が父たるアザトースを目覚めさせるというのも面白そうだ」
“大いなる戦争”の結果、旧支配者は旧神に知性を奪われた上、海の底や銀河系の各天体に封印されてしまっている。もっとも勝者である旧神もその戦争と封印に力を使い過ぎてほとんどが休眠状態の現状、旧支配者の封印が解ければ彼ら止められる神格は存在しないだろう。
ついでにこの宇宙を作り上げた盲目にして白痴の王――アザトースの眠りを起こせば世界そのものが消滅するはずだ。
きっとそれはそれで面白いに違いない。天地創造がまた見られるのだ。
「や、やめんか!」
「おや? と、言うことは――」
「……もう好きにしろ。これ以上面倒事を増やさんでくれ」
おや? もう少しごねられると勘案していたが、思っていたより早く交渉がまとまったな。
ふむ、少し妙だがまぁいいだろう。全ては面白ければ文句はない。
「これはこれは。寛大なお心に感謝します。して、新しい世界はどのような?」
「剣と魔法の世界じゃ。魔法も地球よりも普及しておるし、謂わば人間共の間で流行っている中世ヨーロッパ風の世界を舞台にしたゲームのようなもんじゃのう。トファーセボルと言う神が治めておる」
トファーセボル……。聞かぬ名だな。新入りか?
……もしかするとそのトファーセボルとか言う新米の旧神に厄介事を押しつけようとしているのだろうか。そうなれば地球圏における厄介事の九割は減る事だろう。
だが残念ながら神とはいえ所詮、ただの異星人たる旧支配者やノーデンスを筆頭とした旧神よりも格の高い外なる神であるこの這い寄る混沌の力を甘く見ないでほしい。必ずやこの爺を再びからかいに舞い戻ってやる。くすくす。
「それでは行ってきます」
「う、うむ。達者でな……」
あれ? ノーデンスさんがまだ言いたげだ。そう言えばサークルの男が言っていたが、最近流行っている異世界モノのネット小説では転生や転移の際にチートをもらうのがテンプレと言っていたな。
もしかして言えば何かしらくれたのだろうか。
だがそんな物要らない。そもそもゲームバランスが崩壊しては面白くない。私が求めるのは面白い事なのだから。
「それではお元気で。またいつかお会いしましょう」
「うるさい! お前とは二度と会いたく無いわ!」
そう呟くと体が光に包まれていく。くすくす。老いぼれめ。粋がるとはまた会いたくなってしまうではないか。
さぁ異世界よ。外なる神を楽しませておくれ。楽しめなかったらノーデンスで楽しむとしよう。くすくす。
補足
旧支配者
宇宙の混沌を体現した邪神の総称。かつては太古の地上を支配したものの旧神との戦争に敗れ封印されている。例としてクトゥルフやハスターなど該当する。
旧神
宇宙の善を体現した神性の総称。旧支配者との戦争に勝利するものの代償として力を喪失し、多くは休眠状態となっている。ギリシャ神話に見られる神の姿のモデルでもある。例としてノーデンスなどが該当する。
外なる神
宇宙の起源にして宇宙の中心。この世界は盲目にして白痴の王――アザトースが見る夢の世界であり、彼の神が目覚めると夢が終わってしまうため世界が崩壊する。そのアザトースの分身として三柱の外なる神が生み出され、その一柱が使者たる這いよる混沌――ナイアーラトテップ。
”自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ”
マタイの福音書22:39(22章39節のこと)