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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第四部】王国崩壊
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【第二章】セレステブルーとそらの歌(二)

 想像以上に悲惨だった。

 そらとクロノはその現状を見て、息を止めた。

 

 朝の陽ざしを受け、何千、何万もの刃が光っている。広い海を埋め尽くす程互いに勢力を上げ続け、被害だけが大きくなり。

 屍がなんの意志も持たずに、ただ憎しみだけで動いているのが悲しかった。


「《闇の方》……許せない」


 屍たちの悲鳴や呻き声がそらの耳に流れ込んでくる。その殆どが、本当はこんな争いに参加したくなかったというやりきれない思いだった。


 殺らなければ自分が殺られる。

 大切な人を守るために戦う。


 でも、自分が殺した相手を待っている人がいるかもしれない。


 ……いや、そんなくだらない感情は消してしまえ。

 自分だって死ぬのは嫌だ。相手も散々殺してきたんだ。殺される理由がある。


 そらは錆びた血の臭いで何度も咽び込んだ。意志の通じ合う人間同士で殺し合うなんて、とても残酷だと思った。

 ふと、旅の最初に赤髪の男に短刀を刺したときを思い出した。まるで、自分にも痛みが伝わってくるようで。


「そら」


 名前を呼ばれてそらは顔を上げた。


「しっかりしろ。あんまり感情移入しすぎるな」


 気が付くと、呼吸が荒くなっていた。眩暈がする。気持ちが悪い。


「……おい。吐くなよ」

「ちょっと……やばいです」

「仕方ねえなあ」


 クロノは片手で水狩布を外し、そらの頭に掛けた。


 クロノの温かさがまだ残っている。彼に包まれているようで少しばかり落ち着いた。

 慣れていない馬に揺られ続けて酔ったのかもしれない。クロノの背中に額をつけ、そらは呼吸を整えることに専念した。


「少し休むか」

「駄目、です。早く……」


「……」


「お願い、早く、連れてって……」


 必死だった。今は一刻も早くこの戦いを終わらせたかった。マキバ達のことも心配だったし、何よりも、早くしなければクロノが壊れてしまうような気がした。


「……分かった。しっかり掴まってろ」

「はい」


 クロノが刀を二本抜いた。


「振り落されんなよ!」


 そらは無我夢中で腰を低くし、クロノの腹に手を回した。

 馬の駆ける速度が上がる。全速力で駆け出したのだ。何かにぶつかる衝撃が度々伝わってくる。クロノの低い怒鳴り声を何度も聞いた。

 顔を上げた瞬間、クロノの刀が屍の胸元を貫いたのが見えた。何も言わず、そらは腕に力を籠め、その背中に再び顔を埋めた。


「着くぞ、そらぁっ!」

「っ……」


 次の瞬間、ぐるりと体が反転した。クロノと馬が急停止し、自分だけ塔の中に転がり込んだのだ。

 顔を上げると、クロノが目を見開いていた。彼は数度、こちらに手を伸ばした。そらはその両手を取り、引っ張ろうとしたが、クロノの手は塔の中に入れない。結界に邪魔されているようだった。


(まさか、いなの存在が……)


 屍たちもこの中には入ってこられないようだ。


「早く行け!」

「クロノさんッ……」

「無駄にすんな、そらァッ!」


 クロノの背後から無数の腕が這い寄ってくる。その腕に絡めとられた瞬間、クロノの目が赤く光った。


「いな……」


 手が、離れてしまう――。


「クロノさんッ!」


 屍たちに揉まれ、クロノの姿が見えなくなった。



 そらの頬にぼろぼろと涙が伝った。しかし、早くしなければ、ということだけは頭の片隅できちんと分かっていて、泣きながら目の前の螺旋階段を上りはじめた。

 銀色の石で作られた階段だ。薄暗く、足元を確認するのが精一杯だった。乾いた足音を残して、そらは無我夢中で上っていく。この先に、クロノがいるのだと何度も自分に言い聞かせた。


「クロノさんっ……」


 ちっとも頭は働かなかった。ただただ、何が何だか分からないまま自分は泣いている。まるで知らない町で迷子になった子どものようだ。帰り道が見つからない。


 遠くに一点の光が見えた。苦しくて、死んでしまいそうだった。


 ――そら。


 何度も自分を呼んだクロノの声を思い出す。挑発するような笑みも、そっと自分の背中を支えてくれるあの大きな手も、全て、リアルに思い出せる。

 言葉では言い表せない程に、彼のことを愛していた。


 あの光に手が届いたならば。

 あなたにまた、会えますか――。


 その光のなかにそらは転がり込んだ。次の瞬間、金色に光る太陽が、そらの目に飛び込んできた。


「あ……」


 昨晩、鏡に映っていた月と、同じ色をしていた。


「うう……」


 そらはしゃがみこみ、溢れ出る涙と一緒に思いを心に閉じ込めた。全ての感情を押し殺して、歌うことだけに集中する。

 そらは立ち上がり、息を大きく吸い込んだ。


***


 ユーリはマキバと共に大きな岩の影に隠れていた。呉羽やリト、季姫とはまたはぐれてしまったが、互いに傷だらけで、今生きているのが奇跡のようだった。


 この惨状を目にするまでは、人間の力で止められるものだと思っていた。だが何だ。この、怪物たちは……。


 結局皆、逃げることしかできなかった。

 逃げる途中、恐ろしいものをたくさん見た。追いかけてくるのは原型を留めぬ、恐ろしい怪物で、それに殺される人間もまた、苦痛に顔を歪ませた。


 血の海と化した村をどうにかマキバと共に逃げ延びた。


「リトを探しに行かねえと……」

「僕も行く」


 ずっと二人でやってきた。これからもマキバがいない世界なんて考えられない。


 でも、もうひとり、自分達にはかげがえのない存在ができたわけで……。


 マキバが立ちあがったのを傍で感じ、ユーリも足に力を籠めた。背中からごつごつとした岩の冷たさが伝わってくる。

 気が、緩んだ。


「ユーリ、後ろ!」


 振り返った瞬間、飛び出してきた狐がユーリの目の前で血を吹いた。


「マ……」


 金色の太陽を背にして、恐ろしい魔物が襲ってくる。


 ユーリは持っていたナイフをその影に思い切り刺した。ぐしゃり、と嫌な感触がした。腐臭が鼻の奥を刺激する。


「あ……」


 大きな体がこちらに倒れてきて、ユーリは咄嗟にマキバを守るように抱えこんだ。

 腕のなかで狐はぐったりとしていて、ひどい怪我をしたのか鮮血が噴き出している。


「マキバ……。ねえ、マキバ……」


 どうすればいいのか分からない。


「マキバ……死なないよね。こんなところで……ねえ、そらとまた、旅するんでしょ。リトも一緒に来てくれるって言ってた。僕たちの音、沢山の人に、聴いてもらうんだよ」


 マキバは動かない。

 自分の息も止まってしまいそうだった。


「マキバ……」


 背後に何者かが忍び寄ってくる気配を感じ、振り返ると、もうすぐそこまで錆びた刃が迫ってきていた。いつの間にか、岩の周りを囲まれていたのだ。


 ユーリは咄嗟に目を閉じ、マキバを奥に押しやった。

 もう、終わりだと思った。しかしいつまで経ってもその終わりは来ない。今から死に向かうための大きな苦しみが襲ってくるのだと思うと、早く終わらせてほしいとも思った。


「ユーリッ、大丈夫っ?」


 はっきりと声が聞こえた。その声を聞いたとき心から安堵する。

 助かる、と思った。


 ――私、何の役にも立てなかった……。


 いつか、そう言って泣いた少女。

 ただ、そこにいてくれるだけで、皆の行き先を照らしてくれるのだ。


「リト……」



ここまで読んで下さりありがとうございます。


次回【第二章】セレステブルーとそらの歌(三)もよろしくお願いします。

それではみなさん、よいお年を~~~~



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