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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第四部】王国崩壊
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【第一章】目覚め(四)

大変遅くなり申し訳ありませんm(_ _)m

 今、リトの目の前には銀色の髭を撫でながら、姿勢よく堂々とした様子で椅子に座っている男がいた。目は吊り上がり、眉間から額にかけて皺が深く走っている。


(これが、ツテシフの王……!)


 彼はまず初めに自分をじっと見つめてきた。よそ者を調べるような目つきだった。


「呉羽。この娘は」

「リトといいます。怪我を負った私を助けてくれました。他に、四人の仲間がいます。共に海を渡ってきたのですが、死者たちの戦争に巻き込まれ、離ればなれになってしまいました」

「なるほど……。リトよ。うちの者が世話になったな」


 先ほどの視線よりもずっと優しいものを受け、リトは頭を下げた。


「しかしどうして、クレアスの者がツテシフなどにやってきたのだ」

「――」


 リトは答えに詰まった。

 なぜかクレアスに仕えていたツテシフの少年が亡くなり、彼の師範であった人物が王国に追われながらもこの地に手紙を持ってやってきた――。

 こんなことを言って、彼はわかってくれるだろうか。いや、ツテシフの少年がクレアスに仕えてきたという部分で、もうおかしい。言うべきではない。

 考えていると、呉羽が代わりに答えてくれた。


「迷宮神殿に封印されていた魔が蘇ったのはご存じですよね」

「ああ」

「憑代にされた男が、魔を葬るために迷宮神殿に向かっています」

「なに――。なぜ殺さなかった」


 当然の質問を受け、どうするのかと見守っていると、呉羽は一寸の迷いもない瞳で答えた。


「彼の名はクロノといいます。彼は私が山賊にに銃で撃たれ、殺されかけていたところを助けてくれました。そして彼の恋人に怪我の手当てをしてもらったんです。どうして彼を殺すことができるでしょう」


 リトは思わず笑みを浮かべた。自分はそういうことに疎いのだが、成る程、そういうことだったのか。

 細かな事情を知らない王が頷く。


「……そうだな。道理に合っている。しかし、クロノというやつはまだ魔に喰われていないのか」

「そろそろ危険です。私とリトもすぐ合流したいと考えております」

「分かった。お前に任せよう。それよりも、クレアスは一体全体、どうなっているのだ?」

「……」


 呉羽は、そらやエレミスから聞いたことを全て正確に説明した。全ての元凶が《闇の方》にあること、クレアスの中でも王国に反感を持つものが増えていること。……何より、民はツテシフに戦争をしかけるなんて考えてもいないこと。


「そうか……慌てて兵を出さなくて本当に良かった。ただ、そうも言っていられないことが起きているようだが」


 王の落ち着いた態度を見、言葉を聞いていると彼が極めて聡明であることが分かった。呉羽や自分の話から、一を聞いて十を知る、という言葉通り、色々なことを悟ってくれる。


 彼が事情を理解するのにそう時間はかからなかった。倒すべきは《闇の方》――フォグ=ウェイヴ。しかし、海を越えてクレアスに行くのは難しい。間に合うどころか辿り着けないかもしれない。


「さて……一体どうしたものか」


***


 結局、ウサの家族に会わぬままそらとクロノは先を急いだ。

 クレアスからずっと北に、北に、進んできた。そして自分達は今、世界の最北端に向かっている。


 ひどく陰鬱な森だった。月は雲に隠れ、そらの持っている明かりだけが足元を照らす。何か、恐ろしいものに追われるような気持ちでクロノは駆けた。迷宮神殿に辿り着くまで止まるつもりはなかった。今日が九十三日目である。


 結局そらは最後まで傍にいてくれた。無言のまま、ただただ隣を走ってくれている。


 やがて開けた場所に辿り着いた。

 覆いかぶさるように木々がぽっかりと広く丸い空間を作っている。雲の切れ間から月が一瞬、顔を覘かせた。


「――」


 そらが地面に膝をつく。

 声も出なかった。

 そこには迷宮神殿などなく、ただ、大きな湖だけがぽつりとあるだけだったのだ。




 迷宮神殿がないとわかると、そこで一夜を明かすことに決めた。ずっと走り続けたのだ。ひどく疲れていたし、何より気持ちの整理ができなかった。


 そらは何も言えなかった。

 涙さえ出てこない。

 これから一体どうしろと。


(大人しく、死を待てと……?)


「そら」


 少しだけ不自然に上ずった声で名を呼ばれ、顔を上げると、クロノは何とも言えぬ、泣き笑いの表情を浮かべていた。その笑顔に胸がきりと痛む。


「悪かったな。ここまで付き合わせて」

「……」

「今日は休もうか。次のことは明日考えよ」


 嗚咽を飲み込み、そらは頷いた。

 血が滲むほど拳を握りしめている間にクロノはさっさと水狩布を被り、木に寄りかかって顔を隠してしまった。どうしようもなく溢れてくる感情を隠すつもりだったのだろうが、すぐに眠ってしまった。


 そらは来た道を振り返った。

 先ほどまで厚い雲に隠れていた月が、今は冴え冴えと道に冷たい影を落としている。

 クロノはこれから一生、いなという切なく悲しい闇をその体に宿して生きていかなければならないのか。


(いや、もう長くはもたない……)


 《闇の方》は動き出している。これで終わるはずがない。いなはこれからその大きな闇でクロノを浸食していくだろう。


 九十三日。

 約束は果たした。ウサの手紙はしっかりと、家族の元に届けられたのだから。


 目的がなくなってしまった今、自分達は一体、どこを目指して行けばいいのだろう。

 ウサの手紙が自分達を繋ぎとめていたということを、今になって思い知らされる。


(もう一度……!)


 そらはじっと、月光に照らされた道の先を見つめた。


 風の音もない、静かな夜。

 何かに導かれるようにウサの家まで戻ったそらは、古い木の扉を小さくノックする。


「誰……?」


 こんな夜遅くに、と恐る恐る出てきたのはちょうど、ウサの母親らしい人物だった。


「手紙、届きましたか」


 その真っ直ぐな眼光が女を射止めた。

 暫し口をぱくぱくさせた後、女は家のなかにそらを入れた。


ここまで読んでくださりありがとうございます。


死ぬほど忙しい毎日を送っておりますが書くことだけはなんとか続けております…。

今日は久しぶりにゆっくりでき、のんびりホットケーキを三重塔にし、コーヒーを豆から挽いて飲んでいました。んまかったです。(12時間以上外にいる日が続いてIQが下がっている)


次回は【第一章】目覚め(五)です。

よろしくお願いします!

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