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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第三部】四分休符
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【第三章】懺悔の歌(四)

 いちごの熱は一日で下がった。少し疲れが出たのだと思う。


 スザクは広場に臨時で設置した舞台を見上げた。五晩で作り上げたにしてはいい出来である。

 突き抜けるほどの蒼が目に差す。最高のライブ日和かもしれない。


 スザクとその部下(表向きは町役人)の宣伝により、広場には予想以上の人間が集まっていた。クレアスとツテシフの子ども達が一緒に歌うと聞いて興味もあるのだろう。


 ここからクレアスとツテシフの、新しい歴史が始まる――と言ったら少し大袈裟だろうか。でも、きっと、何かが変わる。


 舞台裏ではそらが子ども達を集めて最後の調整をしていた。やるときはとことんやるのがそららしい。


 誰も、この後にそらが姿を消すとは考えてもいない。秘密を知っているのは自分とクロノと、そして。


「あとは任せる」


 一番信頼のおける部下に広場を任せ、スザクはクロノとそらと共にそっとその場を離れた。呉羽は抜けるタイミングが見つからないからと言って、ひとりで先に行った。


 この場も大切だが、自分達にはこの王国とツテシフの未来がかかっていた。最後まで見届けられないそらがどれほどの思いを抱えていたことか――。


「リク、俺緊張してお腹痛くなってきちゃった。ちょっと席外す」

「大丈夫かあ?」

「うん。……俺がいない間、あいつらを頼む」


「……」


 リクの二つの瞳がじっとそらを見つめる。行くな、と言っているように思えた。

 そらは視線を逸らすことができなかった。


 ――お願い、止めないで。


 暫く二人は睨むようにして互いを見つめ合った。しかし、そうやって少し経った後、リクは表情を崩した。


「分かった。ちゃんと俺が、最後まで見届けるから、安心して行ってきていいよ」


「リク……」


「お前のことなら何でも分かるよ。くだらねえ嘘つきやがって」


 そらは目の前の額に、こつんと自分の額をぶつけた。二人とも顔をくしゃくしゃにして笑い、今にも泣きそうだ。


「ありがとう……リク」


「ばか。待ってるから、絶対、ぜぇぇぇぇったい、帰ってこいよ」


「うん」




 必ず戻ると決めた今、前を駆けるそらの背に迷いはない。

 スザクはそんな背中を眩しく見つめた。


 数分走ったところで港に辿り着いた。この日のために、スザクはしっかりした船を用意していた。


「さ、乗れよ。……そら?」


 そらは初めて、来た道を振り返った。

 子ども達の歌声がかすかに聞こえてきたのだ。


「始まったのね……」


 合流した呉羽が少し寂し気に呟く。


「……」


  北風はどこか遠くの街から

  子守唄を運んでくる


 船が港を離れていく。かすかに混じる潮の匂い。ゆっくりと吸いこんで、そらは歌い始めた。


「南風はどこか遠くの街から

 楽し気な声を運んでくる」


  隣の君は立ちあがり

  僕の手を取った


「黒い海は黙したまま

 君の背中は遠い」


 それは一番に対する挑戦だった。

 強くありたい。でも、いつだって強くいられるわけじゃない。……それなら一番は、あまりにも無責任だ。


「そら、やめて。今更なんでそんな歌」

「皆に嘘をつかせた。その責任は俺がとる」


 空と海が交わる場所。

 きっとすべてのものが辿り着ける、ひとつの場所がある。約束を交わしたかのように、きっと誰もがそこにやってくる。


  きっと僕らは強くなれる

  声が重なって響くことを知ったから


「きっと僕らは弱いまま

 争いは終わらないと知っているから」


  冬の海は冷たいけれど

  きっと乗り越えてみせるよ


「嘘をついたこと許さないでいて

 きっと抗い続けるから」


 クレアスとツテシフの心に深い溝が残っていることを知れば知るほど、人の心というものが分からなくなる。きっと違うもの同士が分かり合うためにはそれなりの努力が必要なのだと思う。そこに力なんて関係なかった。


 皆で作り上げた三番はもう聞こえてこない。このツテシフとクレアスの広大な大地に、彼らはどんな歌を紡いでいくのだろうか。

 懺悔の歌を歌うそらに対し、波は穏やかで優しかった。




 船にはスザクと、そら、クロノ、呉羽、そしてスザクの部下と思われる船員が二人いた。


「ツテシフに着いたら、まず姫のところに行って事情を説明してみるね」

「ひとりで大丈夫?」

「少し心細いけど……きっとやってみせる。あんたらこそ二人きりで大丈夫なの」

「元々ふたりだったんだ。大丈夫だよ」


 船はぐんぐん波間を切って進んでいく。


「大丈夫だけど寂しいね……」

「これでよかったんだよね?」


 勝手に出ていってしまったことだ。

 本当はとことん話し合った方が良かったのかもしれない。


「……どうせあいつら、ついていくって聞かねえんだから」


 そう言うクロノもどこか寂し気だ。特に彼とマキバは気が合ったようだし、よき相談相手でもあったらしい。


「本当はついてきてほしいよ。でも怖いだろ。もう二度と会えなくなるくらいなら、今、少しの間我慢するほうがまし」

「……そうだね」

「でも……」


 ちゃんと相談した方が良かったのかなあ、とそらが零したのを聞いたスザクが、突然「あー」と耳を掻きながら声を上げた。


「……定員確認するの忘れてた。この船、十人しか乗れないんだった」

「余裕じゃないですか」

「ハニ連れてるだろ?」

「? ハニと俺と、クロノさんと、呉羽ちゃん。スザクさんとあちらのお二人で……えっと」

「あー定員オーバーだわ」

「まさか……」


 クロノとそらは顔を見合わせた。船にはいくつか大きな荷物が乗っていた。その陰から見慣れた狐がひょっこり姿を現したのだ。


「マキバ……っ」


 宙で一回転して人間の姿に戻った彼は、そらに掴みかかった。


「そら!」

「マキバ……」


 続いてユーリとリトが荷物のなかから姿を現した。リトは少し気まずそうに笑いながら、頭に手を当てた。


「お前ら……」

「ごめんね。でも、私達だって同じ。知らないところで三人が苦しんでるなんて耐えられないよ」

「そらの気持ちは嬉しかったけど行くか行かないかを決めるのは俺達だから」


 リトがそらの袖を掴む。そしてクロノを見上げた。


「ね、いいでしょ?」

「ったく……海に放りだすわけにはいかねえだろうが。なあ、スザク?」


 クロノがぞっとするほど恐ろしい笑みをスザクに向けた。


「わ、悪かったよ。これで全員か?」


 思わず、そらは笑みを浮かべた。もうひとつ、動く荷物を見つけたからだ。長い銀髪が隠しきれていない。

 もぞもぞと申し訳なさそうに出てきたのは、やはりこうであった。


「こうちゃん!」


「悪い……定員があるなんて知らなかったんだ」

「こう! お前、残るって……」


 言いながら、スザクが駆け寄り、嬉しそうに肩を抱く。


「こう先生!」


 マキバが慌てて狐の姿に戻る。これで万事解決だ。


「……先生ではない。……こうちゃんと呼んでくれ」


 そらに視線を向け、こうは目を細めた。



ここまで読んで下さりありがとうございます。

次回! ついに第四部突入!! ツテシフの地に辿り着きます!!!!


お楽しみに~~~~

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