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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第三部】四分休符
89/106

【第三章】懺悔の歌(二)

「ライブをしないか」


 様子を見にきて、その出来に驚いたスザクは一つの提案を投げかけてみた。


「え?」

「ミナトだけでも分かり合えるかもしれない。そうなったら市長の嫌味なんて怖くないさ」

「そんなにうまくいきますか」

「やってみる価値はある。お前らは気づいてないかもしれないが、かなりいいぞ、ここから聞こえてくる音は」


 クロノ達が旅を急いでいること、さらに海賊の事情も考慮に入れたうえでスザクは一週間という期間を設けた。


「一週間後、広場に集まってもらえるよう広告を出して、そこで歌うのはどうだ」


 それを聞いてシスターは顔を青くした。


「そんなことをして、クレアスの大人達に傷つけられませんか。それに、この子たちの親だって……」


 シスターは途中で言葉を止めた。一瞬詰まってから、決心したように頷く。


「いえ……、私もこの歌をみんなに聴いてもらいたいわ。クレアスの人にも、ツテシフの人にも」


 上手くいくかどうかは分からない。でも、やらないで後悔するより、やって後悔してみたかった。そら達だって、いつまでもこの地にいるわけではないのだ。


「お願いできますか、そらさん」


 シスターに頭を下げられ、そらは目を見開いた。

 まさか自分に振られるとは思っていなかったらしい。慌てて隣のクロノを見上げる。

 クロノは挑発的な笑みをそらに向けた後、そのままリクに視線を送った。


 ――やってみればいいじゃないか、と。


「やろうぜ、そら!」


 リクがぼんやりしているそらの首に腕を回し、引き寄せた。




 それから皆の雰囲気は一変した。単なる遊びではなくなってしまったが、いい方向に向かっているとクロノは思った。それに、そらが引っ張っていくのである。楽しくないはずがない。


 何かに真剣に向かい合っていると時が経つのは早い。

 丁度週も半分を過ぎたころ、スザクが新しい情報を持って帰ってきた。


「そら、クロノ。吉報だ。船を出せる」

「!」


 スザクはにやりと笑った。


***


 既に時刻は午前をまわっていた。そらとクロノが部屋で談笑していると、蝋燭の明かりに気づいたスザクが足を運んできたのだ。


「おふたりさん、案外遅くまで起きてるねえ」

「なかなか眠れなくて」

「何話してたんだ」


 スザクが尋ねると、そらが照れ臭そうに首を横に振る。どうやら秘密の話をしていたらしい。


「お前ら……」


 前から思ってたけどこの二人、距離感がおかしい。二段ベッドなのになんで一緒のベッドに入ってんだろう。まあ、仲良いのはいいけどさあ……。


 何だか温かそうだ。


「寒い、俺も入れて」

「えええ、狭いですよう」

「いいから入れろ! 寒い!」


 クロノが笑いながら後ろに寄ってくれる。心底嫌そうな視線をそらに向けられたが、気にせずその隣に横になった。


「あんまり掛布団引っ張んなよ。せっかくあったまったのに」

「へいへい」

「うわっ、スザクさんの足冷たい」


 台に蝋燭が一本置かれていて、オレンジ色の炎が揺らめていた。それを見ているだけで、とてもあたたかい気持ちになる。

 冷え切った体があたたまり、落ち着いたところでスザクは話を切り出した。


「そら、クロノ。吉報だ。船を出せる」


 クロノとそらは視線を合わせ、ほっとしたように笑った。


「良かった……ここまで来たのにツテシフに渡れないなんて辛すぎるって、今話してたんです」

「やっぱり待ってみるもんだな。ありがとな、スザク」

「礼を言うには早えよ」


 スザクはそう言ってことの成り行きを話し始めた。


「俺の可愛い子分たちを襲った海賊の行方が分かったから、裏ルートの仲間を引っ張りだして大勢で押しかけたんだ。んで、とっ捕まえて、善良な市民と力を合わせて戦いましたって王国の連中に差し出した」


「怖……裏ルートって何ですか」

「海賊に負けないくらい海で戦ってる連中だよ。商品を輸出するとき世話になってる」

「うわ……そうだ、スザクさんって裏の顔は危ない集団の親玉ですもんね」

「クールだろ?」

「はいはい……。とりあえず、もう船は出せるってことですね」


「ああ。ただ、教会の方だけあと少し助けてくれねえか」

「もちろんです。形になってきましたしね」


 そう言ってそらは暫し黙り込み、何やら考えごとをしている風に眉間に皺を寄せた。

 そして、やや間があってから、


「このこと皆には秘密にしておいてもらえますか」


 と真面目な声で言った。


「……そら?」

「さっきも少し話してたんです。俺とクロノさんがやったことは、クレアス王国とツテシフの滅亡を招くほど大きなことだったのかもしれないって」


「でも、お前らのせいじゃないだろ」


「俺もそう思います。だからこの旅は続けます。でも、みんなまで巻き込むことはできない。俺達にとって大切な人達だからこそ、俺達が戻ってきたとき明るく元気に迎えて欲しいんです」


 そらの言葉にスザクは素直に頷いた。確かにその思いには一理あると思ったのだ。


 やがて、そらはそのまま眠ってしまった。


 クロノとスザクの間に挟まり、すやすやと寝息を立てている。


「さっき、そらと話してたんだ」


 クロノが大きなあくびを一つした。


「帰ったらどうするって」

「生きて帰るつもりか? ……強気だな」

「ははは。俺もそう思う。でもそらがいてくれるなら俺は強くなれるから」


 スザクは目を細め、クロノの次の言葉を待った。


「どこか静かな場所で畑を作るんだ。週に一回そらが遊びに来てくれる」

「てっきり一緒に暮らすのかと」

「こいつは村に学校作んなきゃいけねえからな。気長に老後を待つさ」


 スザクはどこかほっとした気持ちでベッドから降りた。


「じゃあ、俺は安心してお前らのこと、待ってていいんだな?」

「ああ。……俺は生きるよ。そらと一緒に」


***


 呉羽とリトは午前中、市場に出かけていた。


 ツテシフの言葉遣いには独特の訛りがある。それに気づかれると途端にクレアスの民の対応が冷たくなるのはわかっていた。


 二人は普段よりもずっと口数を減らし、それでも買い物を楽しんだ。

 早朝だったから、人もあまりいなかった。


 今診療所にはたくさんの人が居候しているから、それぞれから食費を集め、それで買い出しをしていたのだ。

 買い物を終えた後、二人はそのまま海岸の方へ歩いていった。

 軽く積もった雪を払ってから、堤防に並んで腰を掛ける。


「なんだか嫌になるね。こっちは悪いことしてるわけじゃないのに」


 ぷんぷん怒っているリトを呉羽は眩しく見つめた。


「互いが慣れるまでに何十年かかるかしら」

「確かに最初は呉羽ちゃんのこと怖かった。ツテシフのことをあまり知らなかったから」

「私だってあんた達に出会うまで、クレアスの民は冷たいし信用できないって思ってた。ツテシフでは皆そう言ってたの」


「誤解って怖いねえ……どうしたの、呉羽ちゃん?」


 呉羽は俯き、拳を握りしめた。

 我慢したつもりだった。それでも熱くなった目頭から涙がぼろぼろと零れ落ちる。


「どうしたの?」

「ごめん……信用できないのは、私の方だったね」


 ――私が、あんた達を殺してしまう。


 クレアスの王から預かったあの手紙がツテシフに届けられたとき、きっと大きな戦争が始まると、知っていて皆と行動した。

 ひとりの夜が怖かった。誰かと一緒にいたかった。ツテシフに来るのは危険だと、知っていて何も言わなかった。


「呉羽ちゃん」


 冷たい呉羽の両手をリトもまた両手でふわりと包み込み、柔らかく笑った。


「そんなの、呉羽ちゃんが責任感じる必要ないよ。時が悪かったの。それだけ」

「あんた、私に甘すぎるわよ……」

「そうかなあ」


 そのとき、


「ま、腹は立ったけどな。なんで今まで言ってくれなかったんだろうって」


 という声が突然後ろから聞こえて、ふたりは振り返った。


「水臭いな。俺達仲間じゃなかったのかよ」


 マキバと、その後ろでユーリがいつものように穏やかに笑っている。


「ごめん……」

「まあ、でも……」


 マキバが言葉を止めた。じっと呉羽を見つめ、それからユーリの方に向き直り、彼と頷き合う。


「でも、今は心からお前を信じてる」


 リトがほらね、と目で笑いかけてきた。みんな、優しい。


「あ、クロノとそらだ」


 マキバが指さした方向に目を向けると、少し遠くで笑い合うふたりが見えた。


「まったくもー、朝からいちゃつきやがって」

「まだあの稽古続けてんの。そらもいい加減、自分に厳しいね」

「からかいに行こうぜ」


 マキバとユーリが走り出した。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

次回は【第三章】懺悔の歌(三)です。

よろしくお願いします。


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