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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第三部】四分休符
88/106

【第三章】懺悔の歌(一)

コガレ「セキ。……向こうの旅の準備は整ったか」

セキ「はい。大体は整いました。短い間でしたが、今までありがとうございました」


コガレ「そうか。まあ、またすぐに会えるさ。この弁当を持って行け」

セキ「えっ……いいんですか! ありがとうございます」


コガレ「これが着替え」

セキ「コガレさんってお母さんみたいですね」


コガレ「これがマップ」

セキ「マップ……?」


コガレ「はい、ランニングシューズ。図鑑は研究所でもらうんだよ」


サフラン「待って。どこに行かせるつもり」


 ふと、何かを感じたのか細く窓を開けたそらに、既に布団に入っていたクロノは声をかけた。


「朝弱いんだから、早く寝ろよ」


 文机の上で明かりはゆらゆらと揺れている。長い間そらはノートに向かって一生懸命、何やら書いているようだった。


 先ほど、スザクに暫くは船を出せないと聞かされた。今日、クレアスとツテシフを繋ぐ海で悪質な海賊集団が現れたらしく、スザクの手下達の船――蜜の密輸船が襲われたのだという。


 先を急いでいるのは重々承知だが、今船を出すのは危ない。海の上で海賊に勝つのは難しい。

 ……それがスザクの考えだった。


「すみません。出航の時期を見誤りました」

「いや、お前のせいじゃない」


 それでも、そらは申し訳なさそうにしゅんとなる。


 違う。運が悪かっただだけだ。


 賭けで負けたからというだけでなく、ミナト……否。王国の存亡にも関わることであるから、スザクは急ぎ海賊の動向を調べてくれるということだ。

 それを聞いてから、突然そらは文机に向かい出した。そしてかれこれ二時間は経つが、彼が筆を止める様子はない。


 夜中、そらの「できた」という小さな呟きで目を覚ました。


「ん……まだ起きてたのかよ」


 クロノは顔を上げ、その満足そうな背中に視線を向けた。


「クロノさん!」


 そらは振り返り、ノートをひらひらとクロノに揺らして見せた。


「楽譜です。初めて曲、作ったんです」

「!」

「聴いてもらっていいですか……?」


 夜中だったのでクロノは小さく、でも期待を込めて拍手をした。

 そらの歌声は、大分音量を落としていたにも関わらず、まるで子守歌のようにひどく切に響いた。


 メロディは明るく優しい。その節は童謡のような覚えやすさがあった。聴いているうちに身体を揺らしたくなるような、そんな心地良さ。


  北風はどこか遠くの街から

  子守唄を運んでくる

  となりの君は立ちあがり

  僕の手をとった


  戦いの終焉 僕らは強くなれる

  声が重なって響くことを知ったから

  雪の海は冷たいけれど

  君と乗り越えてみせるよ


 楽譜には二番も書かれているようだった。

 しかし、そらは一番だけ歌い、ノートを閉じてしまった。


 それについては何も言わず、クロノは頷いた。


「それ、教会の子ども達に?」


「……誰も知らない歌を教えてって言われたから」


「良い歌だった。きっと喜ぶさ」


 クロノの言った通り、子ども達はこの歌が気に入ったらしい。

 明るいメロディが教会に響く。


 マキバやユーリも楽譜を見て、ひどく興奮していた。


「すごいな、そら! これで俺達も安泰だ。自分で曲が作れるなんて!」


 まだ楽団にそらを引き込むつもりであるらしい。


「いっそこいつを俺達の持ち歌に……」


 そう言ってノートを奪おうとするマキバの襟をユーリが引く。

 緊張していたそらの顔が緩んだ。


「また作るね」


「絶対?」


「……うん。必ず」


 今まで交わしてきた約束を、自分はいくつ果たすことができるだろう。


 教会にはミツキ率いるクレアスの子ども達も遊びに来ていた。あの一件があってからミツキとくうはよく一緒に遊ぶようになった。

 きっと本当は、長い間気になっていたのだ。そしてまた、子どもながらに他の子と違うことをやってみるのが楽しかったのかもしれない。


 ミツキとくうが楽しそうにしているのを見て、自然と教会に人が集まるようになった。最初は心配していたシスターも、今では和やかな表情で子ども達を見守っている。


 手拍子をしながらみんなで一つの歌を歌う。それだけでそれぞれの抱える鬱な気持ちは満たされた。

 マキバが格好いい和音を加えたことにより、音楽はさらに盛り上がった。

 こうなると一番だけでなく二番もつくり、繰り返したり、最後を盛り上げたりしてみたいという気持ちになる。


 続きは作っていないのか、と周りはそらに尋ねるが、彼は苦笑し首を横に振るだけである。

 じゃあ、といちごが口を開いた。何かいいことでも思いついたのか、目が輝いている。


「続きを作ろう」


 これにはそらも予想外だったらしく、目をまんまるくしたが、すぐに顔をくしゃくしゃにして笑い、何度も頷いた。

 何やら面白そうな声が聞こえてくるとスザクやこう、さらにエレミスやシトラまでが教会にぞろぞろとやってきた。


 くうとミツキは仲良く隣に座り、このメロディーに想像を膨らませた。

 エレミスやシトラ、そしてクロノは大人げなく喧嘩しながら、固い頭で歌詞の続きを考えている。

 そらはリクと共にマキバ達と集まっていた。


 皆が一つの部屋に集まり、黙々と、時には興奮して語り合いながら曲の続きを考えた。


 ――ふと、クロノが視線を向けるとそらはどこか心痛そうに笑っていた。


 この歌詞に全てがあるわけではないとクロノは何となく気づいていた。

 そらは確かにのんびりしているし変にポジティブなところがあるが、二国の問題を、この歌詞ひとつで片付けるほど能天気な人間でもない。

 彼はいたって真面目だ。この数日間、誰よりも心を痛めていたに違いない。


 二番はきっと、痛みだ。


(でも、作った二番は子どもには教えられない)


 それでいいとクロノは素直に思った。

 二番を――歌詞を自分達で作らせるなんて、最高のサプライズプレゼントである。


 現に子ども達は夢中で真っ白の紙に向かっていた。

 彼らの物語は彼らが紡ぐ。いいんだ、たまには大人のいうことを無視したって。


 シトラが「そら来てくれねえかなあ」と零したのをきっかけに、クロノは立ちあがった。


「そら、頭の固い大人に力を貸してくれ」


 肩を軽く叩くと、そらがこちらを見上げてきた。

 少し呆れたような視線を向けられるが、悪くない。


「何考えてんのか知らねえけど、お前だけに責任は負わせたくない。この二番でチャラだ。いいな?」


 こっそりと耳打ちすると、そらは弾かれたように目を見開いた。



ここまで読んで下さりありがとうございました。

次回は【第三章】懺悔の歌(二)です。

よろしくお願いします。


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