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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第三部】四分休符
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【第二章】繋がる歌(四)

 正午、スザクの言った通り雲行きが怪しくなってきた。

 そんなとき、診療所に教会の子ども達がやってきたのだ。


 リトと呉羽が玄関の方へ駆けていく足音を聞き、リクは首を傾げる。


「今日も遊ぶ約束してたのか? 嵐だろ」

「いや……夕方行く約束はしたけど」


 まだそんな時間ではない。

 こんな会話を以前にも交わしたことがある――そんな既視感。


「これ終わってから行こうぜ」

「うん」


 そして、そらとリクが札遊びをしていたところにリトが勢いよく入ってきた。


「大変っ、くうとクレアスの子が岩場に足を滑らせたらしいの。穴から抜け出せないんだって!」

「!」


 そらはすぐに荷物を引き寄せ、中の物を確認した。

 リクの頭にも同じことが過ぎっただろう。


――まるであの時みたいだ……。


 二人は顔を見合わせ頷くと、すぐに立ち上がり駆け出した。


「いちご、ついてくんな!」


 風が強くなってきた。

 背後に向かってそらが怒鳴ると、珍しくいちごが言い返してくる。


「私がいないと、場所が分からないよ!」

「……っ」


 確かにそれもそうだと思い、そらは無言でいちごを背負った。彼女の足では自分達に追いつけないと思ったのだ。

 前を走るリクがひどく取り乱しているのが伝わってきた。リョウタのときの記憶と重なる。自分だってもうあんな思いはしたくなかった。

 雨がぽつり、ぽつりと降り出した。


「くう!」


 いちごの指し示す穴の中に声をかけると、ちゃんとした返事があった。


「リク兄、そら兄!」


 そらの隣でリクが大きく溜息をつき「良かった」と呟いた。

 そらはいちごを注意深くおろし、荷物の中から繩を取り出した。そして、慣れた手つきで近くの岩に縄をくくりつけ、リクに片方を渡した。リクがそれを腰に巻き、穴の下に降りていく。

 村にいた頃、よく山の中を探険していたリクとそらにとって、これくらいは朝飯前であった。


「そら、引いてー!」


 リクの声が岩に響く。そらはいちごにも縄を持たせた。


「せーの、で引っ張り上げるんだ。ゆっくりな。足元気を付けて」

「うんっ」

「せーのっ」


 穴の中にも届くくらいの勢いでそらは叫んだ。

 リクと大声で確認し合いながら、ゆっくりと引き上げていく。いきなり引っ張り上げて頭でも打ったら大事だからだ。


 ようやくリクが穴から上がってきた。一人の少年を腕に抱え込んでいる。


「そら、もう一回な。いちごちゃんもよろしく頼むよ」

「うん」


「気をつけろ、リク」

「分かってるって」


 軽い会話を交わして、再びリクが穴の中に入っていく。

 こうしている間にも雨はさらに強くなっていった。遠くで雷が鳴り始める。

 リクの合図で再び縄を引き上げた。


「この嵐の中帰るのは無理だぞ」


 無事に二人を救出したところで新たな問題にぶつかり、そらとリクは頭を悩ませた。

 雷が近くに落ち始め、とてもじゃないが高い木々に囲まれた小道を抜け、教会や診療所に戻ることなどできそうになかった。


 考えていると、クレアスの少年がぐいとそらの裾を引いた。


「こっちに山小屋があるよっ」


 来た方向とは反対側である。

 土地勘のないそらとリクは素直に頷き、彼の案内に従った。


「ほら、くうも」

「……」


 先程まで喧嘩していた相手についていくのが悔しいのだろう。だが、かなり近くで雷が鳴ったのを聞き、渋々といったように頷いた。

 いちごも息を切らせながら走った。そらが背負おうとすると首を横に振ったのだ。

 数分走ったところで山小屋に辿り着いた。




「はー、助かった。ありがとな」


 リクが笑いかけると、ツテシフの少年は戸惑いながら彼に尋ねた。


「……お兄ちゃんたち、ツテシフの人?」

「いや、クレアス生まれだけど?」

「俺はツテシフかもしれないけどな」


 そらはさっさと常備されている薪を並べ、火打石を鳴らした。澄んだ音は木造の建物に吸収されていった。


「そっか……」

「なんでそんなに拘るんだよ」


 炎が上がった。薄暗い壁をオレンジ色の光がゆらゆらと照らす。

 外の風はごうごうと唸り、雨音がぱたぱたとせわしない音を立て地面を揺らした。


「リクと俺も見た通りだし、この間の姉ちゃん逹だって生まれた場所も立場も全然違うけど仲良い」


 少年は、信じられない、という顔をこちらに向けた。

 そらも同じように、信じられない、という瞳を少年に向けてやった。普段から子どもには優しくをモットーにしているが、それでも、どうも譲れないところがある。

 ここは譲れないところだ。


「逆になんで仲良くできないのか不思議でたまらない。くう、お前にも言ってるんだからな」

「……」


 はあ……、と大きなため息をひとつつき、そらは炎に新たな薪をくべた。

 リクが目じりを下げて笑う。


「確かに積み重ねてきたものを突然崩すなんて難しいよなあ……」

「そうかな」


「そらはそういうの無いからなあ。俺は分かるぜ。確かに相手のことをちゃんと知らないときって怖いから、とりあえず避けちゃおうって思うよな」


「でもさ、リクは突然やってきた俺に話しかけてくれただろ」

「そりゃあ先入観ゼロだもん。こいつらは周りから吹き込まれた情報が沢山ある」


 分かったような分からないような、そんな曖昧な気持ちでそらは頷いた。


「ははは、珍しくお怒りだなあ」

「茶化すなよ……」

「なあ、ぶっちゃけお前ら、互いの何知ってるの」


 リクは真面目な顔になり、くうとクレアスの少年に順に視線を向けた。




 リクの質問に二人の少年は黙り込んでしまった。そらも黙って二人の回答を待っている。


「……あのさ」


 耐え切れなくなったのかクレアスの少年が口を開いた。


「ツテシフの大人達はクレアスの子どもを連れ去って殺そうとしてるって本当?」


 子どもの口から出た言葉にしてはあまりにも残酷でそらはしばし言葉を失った。同じようにくうも口をパクパクさせている。


「そ、そんな訳ないだろ……、人なんか簡単に殺すかよ」

「だ、だよなあ……?」


 少し緊張気味にクレアスの少年は頷いた。


「俺、本当は何にも知らないんだ。お前らのこと。大人から、ツテシフの人間に近づくと怖いぞって言われて……」

「俺もだよ。クレアスの人間は冷たくて意地悪だって」

「ひどいな」

「……悪かったよ」

「いや、俺こそ……」


 気まずそうに俯く二人に、事情を飲み込めたそらは白湯を手渡した。


「俺こそ、何も知らずに怒ってごめん」




 クレアスの少年の名はミツキといった。緑色の短髪と瞳が印象的な少年だった。

 それから五人は暫し互いのことについて語り合った。嵐で山小屋から出られない状況が続いたのが不幸中の幸いだったかもしれない。


 二人が事あるごとに喧嘩していたのは、実は互いのことが気になっていたからかもしれない。……本人たちは決して認めようとしないが。


 子どもの間で流行っている遊びや友達のことなど、二人は思う存分話したようだ。

 オレンジ色の暖かな炎を囲み夜更かしするという経験も子どもにとって大切なことなのかもしれない。


 嵐の夜は静かに更けていった。




 翌朝、嵐が去ったのを確認して、五人は早くに山小屋を発った。

 送る、とそらはミツキに言ったが、周りの反応を気にしたのだろう。仲良くなったばかりのくうに気を遣ったのかもしれない。頑なに首を横に振る。


「本当に大丈夫か?」

「へーき、へーき。……今度教会にも遊びに行っていい?」

「来いよ。皆にも紹介する。な、いちご」

「うん」


 子どもの友情が築かれるのは大人のそれよりずっと早い。すっかり仲良くなったミツキとくうに、いちごとそらは目を合わせて笑った。

 一晩でかなりの雨に降られたらしい。海も荒れたようで、帰り道に昨晩二人が落ちた穴いっぱいに海水が溜まっているのを見てぞっとした。


 診療所に戻ると、まず一番にリトと呉羽が廊下を駆けてきた。


「そら、リク!」


 リトは帰ってきた四人が元気そうなのを確認し、へにゃりと座り込んでしまった。

 呉羽が「シスターさん!」と奥に呼びかけると、シスターが台所の方から駆けてくる。


「皆、一体何があったの」

「ちょっと嵐に巻き込まれて……」


 とにかく冷え切った身体を暖めるのが先決だとこうが風呂を沸かしてくれる。

 いつの間にかそらの隣に笑みを浮かべたクロノが立っていた。


「……何笑ってんですか。こっちは大変だったんですよ」

「でも、昨日より少し明るい顔してる」


 よく気づいたな、と思った。


「くく……仲間が増えるって素敵ですね」


 クロノはその言葉に肯定も否定もせず、ただ、そらを眩しそうに眺めた。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

次回は【第二章】繋がる歌(五)です。

よろしくお願いします。

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